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毛玉転生 ~ユニークモンスターには敵ばかり~ Reboot  作者: すてるすねこ
第4章 大陸動乱編&魔境争乱編
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01 毛玉の優雅な魔境生活



 瞳に映す。眼に収める。

 カシャン、カシャン、カシャン、と。

 一枚ずつ。一瞬ごとに。


 まるで写真でも撮るみたいに、ボクが視るすべてを記憶していく。

 あるいは、記録しているのかも知れない。


 そいつは、ずっと密かに蠢き続けていた。ボクの内に現れた時から。

 一度だって解放はしていない。

 嫌な予感、背筋が冷たくなるような禍々しさまで覚えたから。

 その選択は間違っていなかったはずだ。

 だけど、眼を閉じたまま生きていくのは無理だった。

 そもそも、気づいたのだって、つい最近になってからだ。


 例えるなら、体内に潜む寄生虫やウィルス―――、

 異常が起こらなければ、その存在を感じることさえない。

 だから、まあ―――放っておくしかない。

 無害だ。当面。いまのところは。

 そいつに、頼らなければいいのだから。

 たとえコツコツと積み重ねて、なにもかもを巻き込んで、

 ”破滅”へ向かおうとしていても―――。


 その”いつか”は、ボクの意志で選べるのだから。








 ◇ ◇ ◇


 ひゃっほーい!

 思わず小躍りしたくなる。

 実際、甲冑の中で小躍りして、ちょっぴり妙な動きを見せちゃったよ。おかげで「呪いの鎧が勝手に暴れて」っていう余計な中二病的設定がまた増えた。


 だけどまあ、毛玉だってバレるよりはいいよね。

 帝国騎士の人たちも納得してくれたみたいだし。

 哀れみ混じりの眼差しもあった気がするけど、忘れることにしよう。


 ルイトボルトさんだっけ? あの人は、いいひとだ。

 ニワトリを譲ってくれたし。

 これからの取引やら、あれやらこれやらの打ち合わせをしたんだけど、その際に、お土産を渡してくれた。


 正式名称はドムドムン鳥とかいうらしい。

 ジェットストリームアタックとかは使わない。

 渡してくれたのは二羽だけ。大人しくて、見た目は完全にニワトリだ。

 雄と雌の区別はない。ツガイがいなくても、勝手に増えるそうだ。

 普通の白いタマゴは毎日のように産んでくれる。そっちは食用になる。

 一ヶ月に一個か二個、黄色のタマゴを産んで、そっちからは雛が生まれる。

 便利だね。

 正しく、人間に飼われるために生まれてきたような鳥だ。


 でも冷静に考えると、この繁殖力は怖いかも。

 単体生殖ってそれだけでホラーでしょ。

 まあ、増えすぎないように気を配っておけば大丈夫かな。


 他にも小麦粉やら蜂蜜やら、貴重な食材を持ってきてくれた。

 いや、小麦粉はあんまり貴重でもないか。

 だけど苗とか種とか、そういった物品はさすがに持ち込まれていないらしい。

 栽培までしてる余裕はないってことだね。

 ボクの方の拠点だと、最近は野菜も採れるんだけどねえ。


 アルラウネが頑張ってくれてるおかげで、食生活の改善は進んでる。

 そこにタマゴも加わった。

 残念ながら牛乳とかは手に入らなかったけど、ここまで食材が揃ったんだから挑戦しない訳にはいかない。

 お菓子作りだ。


 タマゴと小麦粉を混ぜて、少々の蜂蜜で味付けして、しっかりと掻き回す。

 あとは薄く広げて焼くだけ。

 果物でジャムも作れるから、それを包んで出来上がり。

 生クリームがないのが残念だけど、とりあえずの形にはなってる。


『これが、クレープというものですか?』


 いいえ。実はもっさりした卵焼きです。

 うん。やっぱり牛乳やバターが無いのがマズかった。

 乳製品の偉大さを思い知らされたよ。

 おまけに、小麦粉が所々でダマになってる。元から粉の質がよくなかったのも原因だね。


 あと、なにより足りないのは砂糖だ。

 大陸では作られてるって話だから、その内に手に入れたいね。

 だけどまあ、タマゴとジャムの組み合わせは悪くない。

 食感はいまひとつだけど、一応はお菓子になってるよ。

 アルラウネやラミアの子供たちには、そこそこ好評だったし。


 次はクッキーにでも挑戦しようかな。

 オーブンもちょっと手間を掛ければ作れるでしょ。

 パサパサのクッキーになっても、子供なら喜んでくれるんじゃない?

 むしろ、あんまり贅沢を覚えさせるのもよくないかも。

 甘やかすのは禁止で。


 って、なんで子供の教育方針まで考えてるんだろ。

 どうでもいいよね。お菓子は大切だけど。


 ともかくも、しばらくはのんびり過ごしたい。

 人間との取引も順調に滑り出したし。

 少し面倒事も増えたけど、平穏って言えるくらいだし。

 魔境とか呼ばれてる島でも、やっぱり生活の潤いって大切だよね。







 ファイヤーバードとの戦いは一大イベントだったけど、その後、ボクの拠点に大きな変化は起こっていない。

 籠の中で赤鳥がピーチクパーチクうるさいくらいだね。

 餌をやるとひとまず大人しくなる。


 たまに散歩もさせてる。

 散歩というか、空中遊泳?

 人間の感覚だと逃がしちゃうのが怖いけど、ボクやメイドさんたちだって飛べるから問題なし。


 アルラウネやラミアも通常運転。

 人間と喧嘩したって話も聞かないね。


 そう、人間だ。

 いよいよ本格的に人間との交流が始まろうとしてる。

 まだ大きな変化とは言えないけど、若干、拠点内でも困惑した空気が流れてる。

 ボクはあんまり気にならないんだけどね。

 魔獣でも人間でも、誠実な取引ができるなら大歓迎だし。

 ボクが魔獣だってバレなければ、上手く付き合っていけるはず。

 きっと。たぶん。希望は捨てない。


 べつに仲良くしたいワケじゃないんだけどね。

 むしろ放っておいて欲しいくらいだし。

 独りの部屋でゴロゴロしてるのとか大好きだし。

 暇潰し用の本でもあれば、もっと良かったんだけどね。残念ながら、そういう娯楽用品は街の方でも貴重らしい。

 でも、この世界の事情とかも少しずつ掴めてきてる。


 このムスペルンド島はずっと人の手が入っていなかった。北には大陸があって、大雑把に言ってしまえば東西の国家連合同士で啀み合っている。

 ボクたちと交流があるのは西側だね。

 西側の大国、ゼルバルド帝国。大陸の半分近くを占めてる。

 もうひとつ、西側南端のリュンフリート公国も、この魔境の探索に協力してる。

 公国の方は比較的小さな国で、ほとんど兵力を出す余裕はないそうだ。だけど海に面しているから、物資の輸送では重要な役目を負ってる。


 まだ確定情報じゃないけど、どうもこのリュンフリート公国が、ボクが使い魔として呼び出された場所みたいだ。

 機会があれば、戻ってみるのもいいかも。

 使い魔”候補”から抜け出すのは抵抗あるけどね。


 だって使い魔って、下手したら使い潰されそうなイメージあるからねえ。

 簡単に考えるなら、ペットか奴隷?

 一部の業界の方なら喜びそうだけど、ボクにはそんな趣味はないし。

 ただ、相手次第では協力くらいならしてもいいかなあ、とは思う。

 衣食住と、おやつと、お昼寝できる生活が保障されるなら。

 そりゃぁいざとなれば、雑草から『吸収』してれば生きるのに支障はないんだけど、やっぱり一度贅沢の味を覚えちゃうと、ねえ?

 時折、無性にジュースとかお菓子とかラーメンとか食べたくなるんだよね。


 まあ使い魔云々は後回しだね。

 それよりもいまは、この魔境での、人間との取引だ。

 面倒な部分もあるけど、得られるものも大きい。

 他人任せで色々な物品をゲット。これが理想だね。

 ボクが出て行くのは最初の挨拶くらいでよさそうだし。

 細かい部分はメイドさんに任せて大丈夫そうだし。

 冒険者ギルドとの遣り取りも、ほとんど丸投げしちゃったからね。


 いまは城壁上から、建築途中のギルド支部とやらを眺めてる。

 帝国軍の一団はいくつか話をしただけで帰っていった。

 どうやら冒険者ギルドとやらは、同じ帝国に属していながらも、けっこう独立色の強い組織らしい。

 まあ、冒険者には荒くれ者が多いみたいだし、さもありなん。

 土木作業をやりながら、うおー、とか、ぶおー、とか汗臭い男たちが暑苦しい声を上げてる。


『外部見張り塔の設置が完了しました。冒険者が常駐できると同時に、強力な魔獣が接近した場合、自動で信号を発する仕組みになっております』


 折角、人が増えることになったので、周辺警戒の手伝いをしてもらうことにした。

 こっちには、地下ダンジョンを管理してたメイドさんがいるからね。

 そこに少しだけ冒険者たちの手を貸してもらう。


 まずはメイドさんに頼んで、監視用の魔法装置みたいな物を作ってもらった。

 見張り塔に設置して、冒険者にちょこっと魔力供給をしてもらえば、自動で周囲に警戒網を張ってくれる仕組みだ。

 もちろん、細かな仕組みは冒険者側には秘密だけどね。


 取引はしたいけど、やっぱり人間相手には警戒が必要でしょ。

 こっちの手の内はなるべく晒さない方向で。

 だけどまあ、ちょっと楽しみでもあるんだよね。


『支部代表の方が、また面会を求めておられます。如何いたしましょう?』


 直接に会うにしても、ボクは甲冑に隠れていられる。

 なんていうか、背徳的なドキドキがある。

 仮面舞踏会的な? ペルソナ的な? コスプレ、はちょっと違うかな。

 普通の人付き合いは得意じゃないんだけどねえ。

 飽きるまでは、真面目な紳士バロールさんを演じてみるつもり。







 黒甲冑に身を包んで拠点を出る。

 湖のある東側が正門で、そこから少し離れた場所が、ギルド支部の建設予定地になってる。

 森を拓いて整地するのだけ、こっちでも手伝った。

 メイドさんの重力魔術で、ちょちょいっと。


 それでも周囲の木々は残ってるので、建物が完成すると、森の中に建てられた一軒家みたいな感じになるのかな?

 いや、一軒じゃないけどね。

 ギルド支部と、宿屋を並べて造ってる。

 けっこう大きな建物になるっぽいけど、それでも作業は順調みたいだ。


「これはこれはバロール様、わざわざお越しいただき、ありがとうございます」


 監督役としてやってきたギルド職員さんは、やたらと腰が低い。

 背は高いけど細身で、目も細い。いつも愛想笑いを浮かべてる。

 ただの事務員だそうで、荒くれ者をまとめるのには不向きにも見える。

 前に来た代表者のリステラさんは、腕っぷしでまとめ上げてるような人だったからねえ。


 ちなみに、そのリステラさんは大陸の方に戻ったそうだ。

 数日前に船が来て、昨日あたりに出航だったらしい。

 なにか美味しい物資が届いていないか、確かめたいところ。


「おかげさまで、建設は順調ですよ」


 まあ、腕っぷしはともかく、この細目職員さんはなかなかに有能らしい。

 ここへ訪れた当日に、ビッシリと書き込まれた行程表を提出してくれた。

 こっちが見張り塔を建てたり、整地を手伝ったりした直後に、行程に手直しを加えて、いまは幾分か早目に作業を進めてる。


 作業に従事してる冒険者は二十名くらい。

 筋骨隆々の男たち、リーダーっぽいスキンヘッドの男、身軽そうな細身の男、給仕役の女性ギルド職員―――、

 それぞれに土木作業や周辺の警戒、休憩など、きっしり仕事を回している。


『問題が無いならば、それでいい』


 例によって、ボクは魔力文字を描いて伝える。

 まだ後ろでメイドさんに控えて貰ってるけど、少しの会話なら出来るようになってきた。


『こちらで出来るのは魔獣の対処程度だが、構わないな?』

「ええ、もちろんです。安全が保障されているだけで、とても助かります」


 細目職員さんは、人の良さそうな笑みを浮かべながら何度も頷く。

 でもねえ、油断できないんだよね。

 実はこの人たちが来てから、夜中に城壁の外をうろつく人影が確認されてる。

 手出しはしてきてないから放置してるけど。


『何かあれば、相談に来るといい。私は多忙だが、妹が屋敷にいるからな』


 偉そうなことを言って立ち去る。

 実際に頼られても困ることが多いんだろうけどね。

 ボクに出来ることと言えば、毛針を飛ばしたり、魔眼を撃ったり、魔力ビームで薙ぎ払ったりするくらいだし。

 暴力的だよねえ。

 こういう魔境で生き延びるには役立つんだけど……。


 そういえば、人間社会的にはボクの地位ってどうなるんだろ?

 少なくとも、この拠点を建てた土地に関しては権利を主張してもいいと思う。

 拓いた土地は当人のもの、みたいな法律がありそうだ。

 財産はすべて国家に属す、なんて言われたら違うんだろうけどね。

 そういう国とは縁切りするのを即断させてもらおう。


 でも土地を持ってるからって偉いとは限らないんだよね。

 細目職員には様付けで呼ばれてたけど、さすがに貴族って訳でもないし。

 そもそも戸籍とか、身分証明みたいなものは持ってないからね。

 何処の国にも属さない辺境領主? 豪族?

 そんなあたりかな?


 偉そうな肩書きは、在ると便利なのかな?

 まあ、人間と付き合っていけばハッキリするでしょ。

 なるべく良い地位を確立しておきたいね。

 そうすれば、部屋でゴロゴロする時間もたっぷり取れそうだし。


 いまはちょっと忙しくなってきたけど、良い方向に転がってると思う。

 冒険者ギルドは、けっこう大きな組織みたいだし、そこと仲良くしておくのは悪いことじゃないでしょ。

 持ちつ持たれつ。

 でも寄り掛からないくらいの距離感が大切なんじゃないかな。

 そういうのは苦手でもあるんだけどね。

 それでもいまは、もう少し自分を鍛える時間が欲しい―――。


 なんて、考えてた。

 なのに、その日の夜、向こうから動いてきた。


『ご主人様。城壁を越えて忍び込もうとした冒険者を一名、捕らえました』


 ああもう。

 なにか企むにしても、もっと慎重に動こうよ。

 こっちはのんびりしたかったのに!



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