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幕間 とある教師の充実した貴族院生活

間が開いてしまったので、話を思い出す意味も含めてのリハビリ回です。

 召喚の儀―――、

 リュンフリート公国に於いては、最も重要な儀式のひとつ。

 貴族として認められる洗礼式と同等、あるいはそれ以上でしょう。

 この時期になると、教師である私としても、儀式について考えさせられます。


「コルラート先生の使い魔は、とても逞しくて強そうですね」

「ありがとうございます。私のグリフォンは頑丈なのも確かですが、なにより毛並みが自慢なのですよ。よかったら、撫でてみますか?」

「え? よろしいのですか?」


 可愛らしい幼女の手指が、使い魔のふさふさの毛皮を撫でていきます。頭髪の薄い自分と比較すると、少々複雑な想いも抱いてしまいますね。ですが、それを含めてもけっして悪い気分ではありません。

 少しお腹を見せてみましょうか。

 うむ。至福の感触ですね。


 やはり子供の肌は、指先まで瑞々しく、ぷにっとしていて素晴らしい。

 こうして感覚の共有ができるのも、使い魔を持つ者の特権ですね。

 おっと。鼻息が荒くなるのは隠さないといけません。


「……おや? もういいのですか?」

「え、あ、はい。そ、それでは、私はこれで……」


 丁寧に頭を下げて去っていく彼女を見送ります。

 まだ十才だというのに、礼儀もしっかりしていますね。

 まあ、この貴族院で学んでいれば当然とも言えますが。


 魔術を扱える者は市井にも多い。

 ですが、使い魔を従えられるのは貴族のみ。

 魂を共有すると言われる使い魔は、強力な力となり、治世を支えるためにも必要不可欠だとされています。

 さすがにそれは言い過ぎだとは思うのですけどね。

 事実、帝国などでは廃れかかった風習だと聞きますし。


 とはいえ、魔力の共有が可能であったり、役に立つのは確かです。

 なにより、公国では権威付けの意味では、使い魔の力量に大きく左右されるのです。

 日数を掛けて何段階も行う儀式は、平民には真似できないものですし。

 過去には、下級騎士が竜の使い魔を召喚したことがあるそうです。

 その方は、翌月には伯爵家との婚姻が決まったとか。

 逆に、小さな毛虫の使い魔を召喚した王子が廃嫡されたという話もあります。

 幼い子供に訪れる、最初の試練とも言えるでしょう。


 召喚の時期が近づくと、貴族院では皆がそわそわしてきます。

 不安げに顔を曇らせる子も少なくありませんね。

 私としては、子供にはいつでも笑っていて欲しいと思ってしまいます。

 もちろん教師としては、子供に難しい課題も出さなくてはいけません。しかし子供の魅力は、やはりその笑顔に集約されるのです。晴れやかに、清々しく、天真爛漫を表したような笑顔は、こちらの心まで洗ってくれるようで―――。


「コルラート先生、少々よろしいでしょうか?」

「おや、ヴィクティリーア様、如何されました?」


 この時期になると、相談に来る学生も増えますね。

 最優秀の成績を修める彼女も、さすがに不安なのでしょうか?


 非常に珍しい才能である『英傑絶佳』を持ち、『魔導の才』も認められている彼女は、私では測れないほどに優秀です。

 このリュンフリート公国には勿体無いほどの才能ですね。

 家柄も侯爵と申し分ありません。

 将来は王妃になるのでは、と気の早い噂も流れています。

 あるいは、もっと上の地位に上り詰める可能性も捨て切れません。


 卒業までに、模擬戦でも私を打ち負かすでしょうか?

 叶うならば、あと一年か二年の内、いえ、いますぐにでも打ち負かしてもらいたいものです。

 可愛らしい子供も素晴らしいですが、こういった気の強い眼差しもまた別の味わいがありますね。彼女にボロボロにされて、蔑みの眼差しで見下ろされたら、それはどのような気分か―――。


「コルラート先生?」

「おっと、失礼。少々考え事をしていましてね。それで、何でしょう?」

「ええ。召喚の儀について、お尋ねしたいことがあるのですわ」


 彼女ほど優秀であれば、そう心配せずとも良いと思うのですけどね。

 召喚主の実力に見合った使い魔が召喚される、というのも確実なようですし。

 いえ、そういう風に当然と思われているのが、逆に重荷なのかも知れません。


 ですが、彼女には重荷もよい方向に働いているようです。

 誇り高い性格から勘違いもされるようですが、彼女は努力家ですからね。

 人がいなくなった時間に訓練場へ通っているのを、私は知っています。

 花壇の花に名前をつけて愛でていることも。

 その時の無防備な横顔は、たいへん可愛らしいものでした。

 ぷるぷるの頬っぺたを舐め回したくなるほどで―――。


 と、また思考が暴走するところでした。

 自重しましょう。教師を辞めさせられては堪りませんからね。


「そう心配することではありませんよ。貴方の場合は、当日の体調を整えておけば問題ないでしょう。召喚では多量の魔力を用いますからね」

「分かっておりますわ。ですが、呼び出される使い魔について少しだけ……」


 まあ幼い子供と会話する時間は、至福のものですからね。

 許される限り、いくらでもお付き合いしましょう。







 召喚の儀、当日。

 一生に一度のものとはいえ、貴族院では毎年行われているものです。

 例年通り、順調に進んでいきます。

 珍しいのは、成績三位の子が呼び出した小型の竜ですかね。

 なかなかのものです。

 あとは、第四王子が貧相な蝙蝠を呼び出してしまったくらいですか。

 当人はやり直しを要求していましたが、そんなことは不可能ですからね。

 過去、無理に行おうとした方は心を壊してしまったそうですし。


 取り巻きの子供たちも複雑な顔をしています。

 まったく。思慮の浅い上役を持つと、子供の内から苦労するものですね。

 嘆かわしいことです。

 第四王子の実力からすれば、順当な結果だとも思うのですが。


 ともあれ、次で最後ですね。

 期待の最優秀、ヴィクティリーア様です。

 相変わらず凛々しく、可愛らしい。抱き締めたいですね。


「きっと凄い使い魔が召喚されるに違いありませんわ」

「ええ。あの方の後でなくて助かりました」

「もしかしたら、お城のように大きな竜が出てくるかも知れませんね」

「ヴィクティリーア様ですもの。わたくしたちの想像を越えてくれるはずです」


 容姿端麗。成績優秀。おまけに家柄も良い。

 そんな彼女ですから、やはり同級生の子たちも注目していますね。

 あの美しく巻かれた金髪などは、憧れる女子生徒も多いようです。

 私も見惚れてしまいそうですね。

 是非一度、あれに縛られてみたいものです。いえむしろ絞められたい。


「天空よりも高く、尊き処にありし無数の魂よ。我が呼び掛けに―――」


 おっと、召喚が始まっていましたね。

 まあ当人の可憐さはともかく、儀式自体は変わり映えしません。

 定められた魔法陣に魔力を注いでいくだけで……?


 んん? 随分と多くの魔力を注いでいますね。

 個人によって多少の差はありますし、ヴィクティリーア様の魔力量が多いのは知っていましたが……やけに光が強烈なような?

 というか―――、


「うわぁっ!?」


 辺り一面が光に包まれました。

 咄嗟に、周囲の子供たちの盾となるべく前に出ます。

 しかし、これといった衝撃もなく、やがて風景が戻ってきました。

 いったい、何が起こったのか?

 皆が呆然としていると、ヴィクティリーア様が珍しく素っ頓狂な声を上げられました。


「な、なんですのこれは!? 有り得ませんわ!」


 その見開かれた目の先にあったのは……使い魔、なのでしょうか?

 ただの毛玉にしか見えません。

 風が吹いただけで何処かにいってしまいそうな。

 というか、すでに風に揺られていますし。

 …………。

 …………どうやら、とても好ましくない事態になったようですね。







 マズイ。非常にマズイ事態ですね。

 授業の合間にも、噂話が聞こえてきます。


「まさか、使い魔を呼んだその日に失くしてしまうなんて……」

「それどころか、正式な契約もしていないのでしょう?」

「さすがにヴィクティリーア様も危ういのではありませんの?」

「あまり不確かなことは言うものではありませんわ。ですが、大変な事態であるのは間違いないですわね……」


 同級生ばかりでなく、貴族院全体に噂が広まっています。

 無理もありませんね。

 召喚の当日に使い魔が行方不明など、私の教師生活でも初めてです。

 貴族院の歴史でも初めての珍事かも知れません。

 いえ、本人にとっては失態でしょうか。


 見るからに貧弱そうな毛玉というのもよくなかったですね。

 あれで良い印象を持つ人はいないでしょう。

 幸い、進化すれば強力な魔獣となるのが分かったのですが―――。


「まだ貴族院に残っていたとはな。てっきり廃嫡されたと思ったぞ」


 ん……? この声は、第四王子ですね。

 廊下の真ん中で、なにやら偉そうに踏ん反り返っています。

 あの方は、また大勢の前で問題を起こすつもりでしょうか。


「あのようなみすぼらしい使い魔を呼んだのだ。廃嫡されても恥は消えぬほどであろう。それとも、廃嫡も知らぬ愚か者なのか?」


 廃嫡廃嫡と、しつこいですね。

 ああ、もしや難しい言葉を知ったばかりで使いたいのでしょうか?

 あの王子なら有り得ますね。

 まったく。本当に悪い意味での子供なのですから。


 しかし仮にも王族ですから、迂闊に叱りつける訳にもいきません。

 あの毛玉を風の魔術で飛ばしてしまったことも、私は彼が犯人だと確信していますが、証拠はありませんからね。

 もっと大勢が気づいていれば、糾弾も叶ったのでしょうが……。


「トールビョラン様は、なにやら勘違いをなさっているようですわね」


 対峙しているのは、やはりヴィクティリーア様ですか。

 相変わらず、凛々しくて可憐な方ですね。大変な事態の当事者だというのに、まったく気に留めた様子もありません。

 いえ、握った拳は震えているようです。

 小さな拳ですね。殴られたい。


「わたくしには、何ら恥じ入るところはありませんわ。使い魔が生きていることも、魔術刻印が教えてくれますもの」

「なんだと? あんな毛玉を呼んだこと自体が恥だと……」

「あの毛玉は魔眼を使います」


 ピシャリ、と第四王子の言葉を遮りました。

 幼い声なのに迫力がありますね。さすがは侯爵令嬢、といったところでしょうか。私も罵っていただきたい。


「一見すると魔獣にも見えませんが、進化し、強力なものになるのは分かったのです。これはコルラート先生が調べて、証言してくださったことですわ」


 そう。それを材料に、ひとまず彼女の処分を保留にしてもらいました。

 彼女の実家や、国としても、あれほどの才能は惜しいですからね。

 なにより私は、幼女が不憫な目に遭うのを見たくありません。


「この場に使い魔がいないのも、成長を待っているだけです。必ずや立派な姿になって帰ってきてくれると、わたくしは信じておりますもの」


 さすがにこれは強引な言い訳ですがね。

 あのような毛玉が放り出されて生きていけるなど、私でも信じられません。

 ヴィクティリーア様の細い肩も震えています。


 ああ。虚勢を張っている姿も可憐で可愛らしい。もしも侯爵家から追い出されるような事態になったら、私が養子に迎えてもいいかも知れませんね。

 十二才までは立派に育てる自信があります。

 頑張れば、十五才までいけるでしょうか?


「妙な言い掛かりをつけるよりも、少しでもご自分を鍛えたら如何ですか? せめて、そこらにいる貧相な蝙蝠よりも頼りにされる程度には」

「貴様! 王族を愚弄するか!」

「愚弄と聞こえたのなら、それは御自分が劣っていると自覚なされてる証拠ですわ」


 一礼して、ヴィクティリーア様は去っていきます。

 トールビョラン様はぐぬぬ顔をするばかりで、何も言い返せません。


 いやまったく、見事なものですね。

 弁の立つところも、子供とは思えないほどに優秀です。それと可愛らしい。

 ですが、王族の権威は馬鹿にできません。

 これからヴィクティリーア様は孤立していくのではないでしょうか。

 使い魔を失い、友人を失い、信じられるものもひとつとして失くなり―――、


 そうして挫けてしまう子供は見たくありませんね。

 彼女にはまだまだ成長してもらいたい。

 まだ模擬戦でボロ雑巾のようにされるという望みも果たしていませんし。

 あの小さな足で踏みつけて、罵っていただけたら最高です。

 そのためなら、王族だろうがなんだろうが敵に回す覚悟もありますよ。


 私は、教師なのですから。

 可憐で可愛らしい子供の味方をするのは当然でしょう。



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