幕間 とある辺境総督の策謀
総督。
偉大なるゼルバルド帝国に仕える者として、その地位に不満などない。
形式としては領主よりも上位に当たる。
宰相や大将軍に次ぐ地位なのだから、文句など言えるはずもない。
たとえそれは辺境総督―――いや、魔境総督などど揶揄されたとしても。
ひたすらに帝国を支え、尽くす。
私の忠誠には一片の濁りもない。
とはいえ―――、
私が仕えるべき帝国と、いまの皇帝陛下が目指す帝国では、少々方向性が異なっているようだが。
「クルーグハルト様」
執務室の扉が叩かれ、側仕えが姿を見せる。
側仕えと言っても、このような魔境では武装した兵士が兼ねているのだが。
「探索に出ておられたルイトボルト様が戻られました。大きな発見があったので、是非に時間を取って欲しいとのことです」
「ほう。無事に戻ったか」
すぐに面会の準備を整えるよう、側仕えに命じる。
私もこの書類を片付けたら向かうとしよう。
帰還の祝いに、ワインくらいは振る舞うべきだな。
この魔境、ムスペルンド島は本当に油断ができない場所だ。
どうにか拠点は築けたものの、毎日のように魔獣が襲ってくる。
最近は襲撃回数こそ減ったが、たまに大物も混ざるからな。
あの暴れ狂う巨人や、巨大キノコはかなり厄介だった。
しかも補給がままならないのも心理的な圧迫になる。本国やリュンフリート公国からの定期便だけが頼りだからな。
商人ギルドや冒険者ギルドが本腰を入れれば、少しは楽になるはずだが……。
いや、商人ギルドはともかく、冒険者ギルトとの馴れ合いは控えるべきか。
奴らは最近、東部との交流も進めようとしている。
国境に拘らない活動を目指しているそうだが、認められるものか。
冒険者など、所詮はならず者ではないか。
そのような活動を認めれば、どれだけ他国の間者が入り込むかも分からぬ。
この島にしても、奴らの狩場にする訳にはいかぬ。
価値ある物は、帝国が先に手に入れねばならんのだ。
いまは一時、手を組んでいるに過ぎないのだからな。
「そのためにも探索を進めねばならんか」
珍しい物でも見つかれば、ここの戦力も増強される。
この前の、グドラマゴラは惜しかった。
大型のものがいるという情報が本当ならば、それだけで魔術師連中は目の色を変えて乗り込んでくるだろう。
オーグァルブも数匹は見つかったのだがな。
あれの甲羅は貴重な素材になるのだが、群れでも出なければ話にならぬ。
この辺りの土壌は良いのだ。
ちょっと菜園を作っただけで、驚くほどの収獲が得られた。
いっそ魔獣を殲滅してしまえば、田畑を作るのに最適―――。
「……考え過ぎても始まらんな。いまはまず、ルイトポルトから報告を聞こう」
書類を仕舞い、部屋を出る。
さて、どのような報告が聞けるやら。
この悩ましい状況を一気に解決できると良いのだがな。
状況が一変した。
だが、新たな悩みが増えた。
「すまぬ。もう一度言ってくれ」
「はい……南にある湖の近くに、城を発見いたしました。そこにはバロールと名乗る御仁が住み、アルリム……アルラウネやラミアも共に暮らしております」
ルイトボルトからの報告は、正しく驚くべきものだった。
この魔境に城がある。
それだけでも驚愕に値する。
しかも、その城はどうやら個人が建てたものだという。
英雄と呼ばれるほどの魔術師ならば、確かに一晩で城砦を築けると聞くが、だからといって簡単に受け止められる話ではない。
「城壁の高さは十五サルグほど、長さは一ファルサルグに及ぶ部分もありました。また城壁上には防衛用の兵器も、僅かですが備えられておりました」
「……帝国の要衝にも匹敵するではないか」
「はい。兵そのものはほとんど見受けられなかったのですが、メイドの格好をした従者は、私以上の強者かと思われます。恐らくですが、一騎当千の兵を揃え、知恵ある魔獣を従えているのかと」
聞けば聞くほど理解に苦しむ。
小規模ながら精鋭の軍団を持ち、魔獣の群れを従えているだと?
バロール家? 聞いたこともない。
いったい、どのような相手なのだ?
「申し訳ありません。当主は不在で、妹御との接触しか叶いませんでした。まずは報告を行うべきと判断し、帰還した次第です」
「そうか……いや、確かに詳細は気になるが、適切な判断であった」
次の機会もあるだろう。今度は、私自らが赴くか?
しかし危険も伴う。
せめて、もう少し情報が欲しい。
堅牢な前進拠点を利用できるならば、危険を冒す価値もあるのだが。
「それと、バロール殿はこちらとの取引を望んでいるようです。彼の拠点では、このような品が手に入ると、提供してくれました」
差し出された物を見て、私は目を見張った。
人の腕ほどの大きさのあるグドラマゴラの根だ。
これだけでも一財産になる。
さらに、もうひとつ。
光を放つように美しい布。これは、絹なのか?
微かに魔力反応も感じられる。
上質な物なのは間違いない。しかも、卓越した技術で織られている。
「これだけの品が……容易く手に入るというのか?」
「恐らくは。どちらもアルラウネが製法を知っているようです」
「あの魔獣に、そんな技術が……」
いや、驚くべきは、そのアルラウネを従えるバロールという人物か。
是非とも接触を図りたい。
しかし、どうしても先に知っておきたいこともある。
「ルイトボルト、其方は魔獣が”共に暮らしている”と言ったな。しかし同時に、バロール殿が”従えている”とも言った。どちらなのだ?」
「それは……測りかねますが、争いを避ける手段はあるかと。少なくとも、城内では幼いアルラウネやラミアが笑っておりました」
ふむ。どちらかと言えば前者寄り、ということか。
厄介な。
力で魔獣を従えているというならば、話は早いものを。
これでは帝都への報告も、慎重にせねばなるまい。
昨今の帝国は、どうにも弱腰な姿勢に傾倒してきている。
魔族と和解したのが顕著な例だ。
あのような訳の分からぬ連中など、一匹残らず殺し尽くしてしまえばいいものを。
魔獣とて同じこと。
知恵が有ろうが無かろうが、純血の人間以外は殲滅してしまえばいいのだ。
その点では、東部の連中の方がまだ話が通じる。
星神教などという胡散臭い宗教を信じるつもりはないがな。
「クルーグハルト様、帝都からの通達にもありました。もしも会話が行えるようであれば、魔獣相手にも可能な限りは争いを避けるように、と」
「分かっておる。陛下のご意向に逆らうような真似はせぬ」
ルイトボルトは優秀な騎士なのだがな。
しかし、やはり軟弱な考えに染まっておるか。
とはいえ、力での解決ばかりに頼るのも愚かと言うもの。
話を聞く限りでも、おいそれと事を構えるのは危険だと察せられる。
巨大な魔獣を屠り、強力な魔眼を持ち、城郭を備え、精兵の軍団も持つ。
なるほど。確かに帝国の威光を以っても、屈服させるのは難しいであろう。
だが、相手は寡兵に過ぎぬ。
帝国の歴史では、勇者や魔王を屈服させた戦いもあるのだ。
知恵を絞り、戦術を駆使すれば、単独の強者など恐れるものではない。
「ルイトボルト、この事態は外には出しておらぬな?」
「無論です。兵にもきつく口止めしております」
「ならば、その緘口令を解いておけ。冒険者ギルドにも情報を渡してやるといい」
「は……?」
ルイトボルトが呆気に取られた声を漏らすのも無理はない。
私としても、冒険者連中に先手を譲ってやるのは、少々癪ではある。
しかし焦る必要はないのだ。
「この島への遠征は、外来襲撃に対する備えの意味合いが強い。戦力を強化できる発見も必要だが、だからといって迂闊な前進は控えるべきであろう。最低限、魔獣どもの脅威が大陸へと及ばなければよいのだ」
「ですが、貴重な素材などは、冒険者に獲り尽くされるかも知れませぬ」
「その点はギルドにも釘を刺しておく。バロール殿との接触も行うが……そうだな、まずはグドラマゴラの栽培方法を求めてみるか」
いまはバロールとやらの動向を探る。
そやつが持っているのは、グドラマゴラや上質な絹ばかりではあるまい。
いずれ、すべてを吐き出させてやろう。
冒険者を使ってもいい。
こちらの要求に屈するならばよし。
逆らうならば、向こうから手を出してくるように仕向ければよい。
魔獣を従えて人々を脅かす者、となれば討伐しても陛下の意向に反するものではない。
頃合いとしては、外来襲撃を片付けてからが最適か。
その頃には、本国からの増援も期待できる。
大軍を以って、帝国がこの島を席捲するのは確実―――。
そう考えていた。
だが、ほんの十日ほどが過ぎた頃だ。
急報が飛び込んできた。
バロール城に向かった冒険者が皆殺しにされた、と。
第三章はここまで。
例によって、またちょっとお休みをもらってから次章に入ります。




