26 毛玉vs炎鳥④
砲兵は戦場の女神、なんて言葉がある。
いまの場合は投石器だけど同じように感じるよ。
ボクを救ってくれたのは、城に設置した投石器だ。
以前、土壁を吹っ飛ばしちゃったのが思いついた切っ掛けだね。
しばらく製作は中断してた。
でもメイドさんの重力操作術式なんかが加わって、とんでもない射程を持つ武器になろうとしていた。
まだ試作品ではある。
それでも観測主を必要とするくらいの射程が実現されてる。
つまりは、城からの投石でファイヤーバードを攻撃した。
まさかの援護射撃だよ。
ボクはそんな命令してなかったのに。
それどころか撤退するよう合図を出したはずだ。
命令には絶対に従うはずのメイド人形が、どうして―――?
『撤退はしました。ですが、その後の行動は命令されておりません』
ボクの疑問を読んだみたいに思念通話が届いた。
うわぁ。屁理屈だ。
こういうところから機械の反逆って始まるんだろうね。
だけどいまは助かった。
細かいことは、もうどうでもいいや。
突然の投石に、ファイヤーバードも明らかに驚いてる。
完全に視界の外から、巨人の拳みたいな岩塊が降ってくるんだからね。
隕石みたいなものでしょ。
着弾からの爆発はなくても、単純な質量でファイヤーバードを怯ませてる。
ここはボクも連携して攻撃するべきだね。
『死滅の魔眼』、発動!
即死効果は抵抗されても、死毒の霧がファイヤーバードの注意を引く。
そこへ投石の第二射が降り注いだ。
さっきよりも狙いが正確になってる。
何処かでメイドさんが観測主を務めてて、修正してるんだろうね。
幾つもの大岩が、ファイヤーバードの巨体を叩いた。
けっこう効いてる。
ファイヤーバードは忌々しげに鳴いて、大きく姿勢を崩した。
危うく海面に叩きつけられそうにもなってる。
『ご主人様、そこから三時方向へ敵の誘導をお願いできますか?』
お? さらに何か秘策があるのかな?
なんだか知らないけど了解。
ここはメイドさんたちを信じよう。
ところで、三時方向ってどっち? こっち?
『逆です、ご主人様』
あ、はい。ちょっと基準が分かり難かっただけだから。
理解力が足りないと思われるのは心外だよ。
そういえば、この世界の時計って―――と、いまは考えてる場合じゃない。
まずは『自己再生』を発動。
同時に、『凍晶の魔眼』を撃ちながら後退する。
ファイヤーバードは体勢を立て直しつつ、一度だけ首を回した。
ボクを追うか、投石をなんとかするか、迷ったみたいだね。
だけど周囲には、ボク以外の姿はない。
海が広がってるだけだ。
当然、ファイヤーバードはボクを追ってくるしかない。
投石が効いたのか、消耗したのか、ファイヤーバードの速度もかなり落ちてきた。
でもそれはボクにも言える。
全身ズタボロだ。
『自己再生』で傷は塞いだけど、自慢の毛並みも萎れてる。
まだまだ互角以下の戦いになりそうだ。
ファイヤーバードが炎弾を飛ばしてくる。
『衝破の魔眼』で迎撃。
毛針も飛ばす。障壁も張る。身を掠める炎を辛うじて避ける。
だけど、そろそろ限界だよ。
メイドさん、何かするつもりなら早く―――。
『お待たせしました。戦術級重撃術式、発動致します』
魔力感知に反応。
そちらへ目を向ける。
空中に、数名のメイドさんが浮かんでいた。
どうやら隠密系の魔術で隠れていたらしい。
その頭上には、巨大で複雑な魔術式が組み上げられている。
戦術級なんて物騒な名前を聞くまでもない。
一目で、強力な術式だと分かった。
ボクが注いだ魔力を全部使ったんじゃないかな。
ファイヤーバードも気づいて、そちらへ首を回す。
だけど、もう遅い。
術式が発動して、ファイヤーバードを捉えた。
炎を纏った巨体が歪む。周囲の大気ごと歪んでる。
重力系の魔術だね。
野太い悲鳴を上げたファイヤーバードが、そのまま海面に叩きつけられる。
まるで自重で押し潰されたみたいに。
よし! 狙い通り!
いや、経過は違うんだけどね。
なんとかして海に叩き込んでやろうとしてたのは本当だよ。
水責めに、毒責めを加えるつもりだった。
《行為経験値が一定に達しました。『死滅の魔眼』スキルが上昇しました》
狙ったのは、ファイヤーバードじゃない。
海水をごっそりと”殺した”。
殺された海水が、そのまま死毒となってファイヤーバードを包む。
巨体から上がる煙は、もう水蒸気だけじゃない。
全身を毒に侵蝕されて、さすがのファイヤーバードも激しく悶える。
なんとか逃れようとする。
だけどメイドさんによる重力術式がそれを許さない。
さらにボクも、頭上から渾身の一撃を加えた。
《行為経験値が一定に達しました。『万魔撃』スキルが上昇しました》
魔力ビームが、ファイヤーバードの巨体を海へと沈み込める。
赤々と燃えていた羽根に大穴が開いた。
こうなるともう、飛べない。
あとは死毒に呑まれていくだけ―――なんて、甘くなかった。
悶えながらも、ファイヤーバードは海面から顔を出す。
その口を大きく開いた。
爆裂ブレスを吐くつもりだ。
メイドさんたちを狙ってる。
術式に集中してるメイドさんたちは避けられない。
だけど、そのブレスが撃たれることはなかった。
”第三射”が降ってきたから。
大岩が、ファイヤーバードの全身を叩く。
そこへ加えて、投石の中にはひとつの袋が混じっていた。
破けた袋からは大量の花が撒き散らかされる。
きっとアルラウネが積めたんだろうね。
何の花かは知らない。
でも毒か魅了か混乱か、そんな効果が、散らばった花粉にはあったみたいだ。
身悶えしたファイヤーバードが、また海面に沈み込む。
そこへ、ボクがまた『万魔撃』を叩きつけた。
今度こそトドメだ。
羽根だけでなく、燃える巨体そのものに大穴が開いた。
甲高い、断末摩の悲鳴が海を揺らす。
直後―――真っ赤な火柱が上がった。
ファイヤーバードの全身が、炎の粒になって散っていく。
海面に夕陽が沈むみたいな、綺麗で、幻想的な光景だった。
《総合経験値が一定に達しました。魔眼、ジ・ワンがLV13からLV17になりました》
《各種能力値ボーナスを取得しました》
《カスタマイズポイントを取得しました》
《行為経験値が一定に達しました。『生命力大強化』スキルが上昇しました》
《行為経験値が一定に達しました。『魔力大強化』スキルが上昇しました》
《行為経験値が一定に達しました。『法則改変』スキルが上昇しました》
《特定行動により、称号『不死鳥殺し』を獲得しました》
《称号『不死鳥殺し』により、『炎熱無効』及び、『即死無効』スキルが覚醒しました》
終わった? 終わったよね?
もう気を抜いてもいいんだよね?
よし。大きく息を吐く。
ふらふらと空中を漂う。と、柔らかな感触が背中に当たった。
一号さんだ。
ボクを抱えて、治療術を掛けてくれる。
自分だってかなり消耗してるはずなのに。
さっきまでファイヤーバードを押さえ込んでくれてたんだからね。
他のメイドさんも、仲間に肩を借りて辛うじて浮かんでる子もいる。
もう無茶はしないように伝えないと。
それよりも、お礼を言うのが先かな。
『ご主人様―――』
どう伝えようか迷ってる内に、一号さんが先に語り掛けてきた。
ボクを抱えたまま、腕を伸ばす。
斜め下を指差した。
その先にあるのは海面だ。
さっきまでファイヤーバードが悶えていた。
だけどもうすべてが炎になって消えてる。
一面を覆ってた死毒も、燃え盛る巨体も残っていない。
だけど―――、
『あれは、如何致しましょう?』
海面に、ひとつの卵が浮かんでいた。




