20 妹ができました
交渉戦術その1。
まず、自分たちの力を大きく見せよう。
しっかりとした行儀作法でも、さり気なく語る知識でも、なんでもいい。
相手から侮られないことは大切だ。
威圧だけで要求を呑ませる、なんて交渉もあるからね。
もちろん、単純な武力を見せつけるのもアリでしょ。
幸い、その材料は有り余ってる。
『これは……!?』
城壁の前で、隊長さんが震えた声を漏らす。
明らかに驚いてるね。
そりゃあまあ、サンドワームの巨体を見れば当然でしょ。
しかも二体。
氷漬けにしてあるやつだ。
『ご主人様が狩られたものです。解体作業の途中ですので、お目汚しになりますが、どうかご容赦ください』
『……これほどの魔獣を、その、バロール殿が仕留めたと?』
『はい。ご主人様が御一人で』
隊長さんと、その後に続いてる兵士たちもざわついてる。
やっぱりサンドワーム級の魔獣は、強力な部類に入るんだね。
『鑑定』で見たところ、兵士の戦闘力は平均して五百くらいだ。
隊長さんはもっと強いけど、サンドワームには及ばない。
そうなると、この狩りの戦果は充分な威圧になるよね。
『先程、皆様は探索任務に就いておられると仰っておられましたが』
相手が怯んだところで、交渉戦術その2だ。
有益な材料を仄めかしてみせる。
一方だけでなく、お互いに利益になるなら、心情的にも気持ちよく交渉が進められるからね。
『この湖より南側に、ご主人様も探索の手を伸ばされております。しかし他方面の情報には疎いのです。よろしければ、情報交換など如何でしょう?』
『おお、それは願ってもない。近辺の魔獣情報など、是非にも欲しいところだ』
『では、こちらも地図を用意いたします。まずは屋敷へどうぞ』
隊長さんと、お供の二名のみを城内へ通す。
相手の警戒も少しは解けたかな。
サンドワームの死体を見せたのは、威圧以外の効果もあったみたいだし。
危険な魔獣は倒す人間、と示せたはず。
さて、それじゃあボクも城壁の下に降りよう。
まだ姿を見せる訳にはいかない。
だけど良い隠密手段を見つけたよ。
手頃な木箱があったから、それを被っていけばいい。
某潜入工作員も推奨のダンボール、その代わりだ。
『ここは……本当に、ラミアやアルラウネが暮らしているのだな』
隊長さんは城内の様子を見て、まじまじと目を見張っていた。
お供の兵士なんかは、鼻の下を伸ばしてるのもいる。
お花畑で居眠りしてるアルラウネなんかもいるからねえ。
しかも半裸だったりするし。
ここらへんは準備不足だったけど、却って良かったのかもね。
一応、見張り役のラミアは警戒してる様子だ。
でも襲い掛かったりはしない。
他のメイド人形が、上手く話を通してくれたみたいだね。
『多少、魅了効果のある花粉などが漂っておりますが、悪意はありません。彼女たちの生態として自然に出てしまうものですので、どうかご容赦を』
『うむ。この程度で惑わされるようでは、帝国騎士は務まらん。むしろ……』
隊長さんが、背後の兵士二人を振り返って睨みつけた。
一人はすぐに気づいて背筋を伸ばす。
でも、もう一人はだらしない顔をしてアルラウネに見惚れたままだ。
あ、軽く小突かれた。
『こちらこそ、恥ずかしいところを見せてしまい申し訳ない』
『いえ。ご理解のある御方だと、感服しております』
『この様子を見せられてはな……魔獣とはいえ、ここは彼女たちにとって、本当に穏やかに過ごせる場所なのだろう。子供たちの笑顔が、その証拠だ』
アルラウネやラミアの子供たちは、一緒になって遊んでいる。
今日もブランコやシーソーは大人気だ。
はしゃぐ子供たちを見て、隊長さんが優しげに目を細めた。
うん。紳士さんだね。
というか、まだ若いから爽やかお兄さんってところか。
この分なら、後の交渉も上手くいきそうだ。
子供好きに悪い人間はいない!、なんて断言するつもりはないけど―――、
ん? なんか隊長さんがこっちを見てる?
でもボクは木箱に隠れて……あれ? 視界が明るくなった?
おまけに上方向へとスライドする。
開けた全方位の視界では、子供たちが集まってボクを抱きかかえていた。
ああ。そうだよね。
子供って好奇心の塊だし。
怪しげな木箱があったら中身が気になるよね。
でもこれはボクの失策じゃない。
ダンボールが偉大すぎただけ。
木箱でも代わりが務まるかと思ったんだけど、ダンボールには及ばなかった。
『……あの毛玉は、いったい?』
『…………ご心配なく。害はありません』
さすが一号さん。
こんな不測の事態でも、完璧な無表情だ。
ボクに向けられた視線が冷たかった気もするけど。
勘違いだと思いたい。
隊長さんたちが屋敷に入ったのを確認して、ボクも裏手から屋敷に入る。
今度はバレないように覗くつもりだ。
ん? 主人として交渉の場に出ないのかって?
無理だよ。
まだ言葉も扱えないし、他の準備も整ってない。
それに、コミュ能力に自信がある方じゃないからね。
頭の中で交渉戦術を立てても、実行できるかどうかは別だし。
だから、メイド人形たちに任せる。
そっちの準備は整ってるからね。
『はじめまして。帝国の騎士様―――』
応接室で出迎えるのはボクじゃない。
一号さんは、”招くように仰せつかってる”とは言ったけど、主人がいるとは言ってないからね。
不意打ちになるけど、それなりの代理人なら納得してくれるでしょ。
『わたくしは、シェリー・バロール。探索に出たお兄様の代理として、この地のすべてを任されております』
隊長さんは面食らってる。
交渉戦術その3、相手を油断させる、も成功かな?
きっと屈強な戦士か、熟達の魔術師が出てくるのを想像してたはず。
だけど相対したのは幼女だ。
十三号に、貴族のお嬢様っぽく着飾ってもらった。
見た目だけじゃなく、挨拶の仕草なんかも見事にお嬢様っぽい。
ちょっと舌足らずな喋り方ではあるけど、年相応に見える部分も良い方向に働くんじゃないかな?
子供が精一杯に頑張ってる、みたいな感じで。
メイド人形だから無表情ではあるんだけどね。
違和感はあるかも知れないけど、その点も子供だからってことで強引に押し通させてもらおう。
ちなみに、設定を妹にするか、娘にするか、小一時間ほど迷った。
結局、子持ちにはなりたくないって理由で妹にしたんだけどね。
いや、べつに妹が欲しいってワケじゃないよ。
妹趣味とか持ってないからね。
『ここまでの道中、大変でしたでしょう? 精一杯の歓迎と、安全を約束いたします。全員を城壁内までお通しできないのは残念ですが』
『あ、ああ。丁寧な御挨拶、痛み入ります』
隊長さんも深々と頭を下げる。
でもやっぱり動揺してるね。
それに、視線がちらちらと十三号の右眼に注がれてる。
『この眼帯が気になりますか?』
『あ、いえ、これは失礼をした。このような土地です。怪我をされるのも仕方のないことかと』
『いいえ。怪我ではありません』
まあ、交渉戦術その1のおまけみたいなものだね。
ボクの設定は、色々と曰く付きにした方が後で利用できるかと思って。
けっして中二病が発症したんじゃないよ。
違うったら違う。
『我がバロール家の者は、代々、魔眼を持って生まれます』
『魔眼……! なるほど、それを抑えるためでしたか』
『はい。表で氷漬けになっている魔獣は、ご覧になられたましたか? あれは、お兄様の魔眼によるものです』
真実を混ぜるのが、嘘を吐くコツなんだってね。
これで隊長さんは信じてくれるかな?
『強力な魔眼を持つ分、利用されたり、恐れられたりもします。そうした事情もあって、このような辺境で暮らしているのです』
『それはまた……お察し致します』
うわぁ、信じちゃうんだ。
けっこう勢いで作った設定だったのに。
この分なら、他の話も通用しようだ。
当主の妻が不治の病に掛かってるとか。
それを治療するために、この島にいる不死鳥を探しに来たとか―――。
色々あるんだけど、さすがにまだ披露する雰囲気でもないかな。
『もっとも、不埒な輩を恐れて逃げたのではありません。いざ戦いとなれば、お兄様は誰にも負けませんから。もちろん、わたくしも』
無表情のまま、十三号が眼帯をそっと撫でる。
隊長さんがピクリと肩を揺らした。
えっと、ここまで脅す予定はなかったと思うんだけど?
何処かでシナリオの行き違いがあった?
だけどまあ、軽く見られるよりはいいのかな?
『それよりも、情報交換といきましょうか。外の話には、わたくしも興味がありますから』
威圧して、圧倒的な優位に立ったところで本題を切り出す。
どうしよう。
幼女が優秀すぎる。
もうボクが出る幕は完全になくなっっちゃったよ。




