19 魔眼と言えば
木陰からこっそりと覗く。
武装した、百名近くの人間がいる。
うわぁー……よし、見なかったことにしよう。
『ご主人様、しっかりと現実を見やがってください』
あ、はい。
現実逃避はダメですか。そうですよね。
っていうか一号さん、なんでボクの考えが分かったんです?
『ロクでもないことを考えている時は、ご主人様の毛並みが乱れますので』
むう。そんな癖があったのか。
メイド人形の観察眼恐るべし。
今度からはバレないようにしよう。
わざと毛並みを逆立てるとかして。
いやまあ、根本的にロクでもないことを考えなければいいんだけど。
ん? そうなると、別に気をつけなくてもいいかな。
いつもボクは真面目なことしか考えてないし。
今の事態だって、ちゃんと以前から想定済みだからね。
『それで、如何いたしましょう? どうやらもう拠点は発見されているようですが』
一号さんの問いに、『P-1』と空中に描いて答える。
プラン一号だね。
相手との接触はメイド人形に任せる。
ボクは後方で様子を窺う。
大まかに言うと、そんな作戦だ。
最終目的は、人間と友好的な関係を築くこと。
いやまあ、積極的に仲良くなる必要もないんだろうだけど。
だからってこっちから喧嘩を売りに行くスタイルもどうかと思う。
『では、わたくしがメイド長として接触いたします』
木枝の上から、一号さんが跳んだ。
派手な音を立てながら地面に降りる。
わざとだ。相手側の注意を引きつけられるように。
その間に、ボクは後方へ下がらせてもらう。
もちろん、争う状況になったらすぐに出て行くよ。
不意打ちで『万魔撃』でも叩き込もう。
何事も起こらない方が、こっちとしては嬉しいんだけどね。
近づいてくる集団は、よく鍛えられた兵士だった。
全員、揃いの鎧を着てる。
陣形も組んでる。
兵士で間違いないでしょ。
一号さんが草むらを揺らす音を立てただけで、隊長らしき人が声を上げた。
全員が緊張した顔付きになって、森の奥へ注意を向ける。
油断が無いね。
いかにもプロって感じだ。
音がした方向だけでなく、背後に気を配る兵士もいる。
以前に襲ってきた冒険者の方が、個人の戦闘力は高いみたいだった。
でも集団としてなら、こっちの兵士たちの方が上だね。
実際にボクが戦ったら、負けはないにしても、ある程度の苦戦はするかも。
話が通じる相手だといいんだけど、どうだろ?
『―――警戒は不要です』
思念通話で、一号さんがリアルタイム翻訳をしてくれる。
ボクは安全な距離まで下がったからね。
強化された感覚でも、さすがに話し声は拾い難い。
どうせまだ言葉は分からないし。
『女……? 何者だ?』
『メイドです。そちらこそ何者でしょう? 他人に名を尋ねる時は、まず自分が名乗るのが礼儀かと認識しておりますが』
『……全員、警戒は解くな。この女、只者じゃない』
最後のは、隊長っぽい人が小声で言った。
一号さんにはしっかり聞かれてるけどね。
あの隊長さん、年齢は二十代前半くらい?
大振りの両手剣を構えてる。武人、って気迫を漂わせてるね。
真面目そうだけど、とりあえず話は通じそうな人だ。
いきなり女の人に切り掛かるようには見えない。
周りの兵士たちも大人しくしてる。
それどころか、一号さんの顔をまじまじと見て頬を赤らめてる兵士もいるね。
仕方ないかな。
ボクから見ても、一号さんは美人だからね。
ちなみに、メイド人形は全員が『鑑定』を誤魔化せる。
誤魔化すっていうか、防ぐだけなんだけどね。
そういう術式を事前に掛けてある。
逆に怪しまれるかも知れないけど、最初に人間だと思ってくれれば充分でしょ。
もちろん、ボクも教えてもらった。
いまなら『威圧』とか切っておけば、普通に人間の前に出られるかも。
無害な毛玉アピールが通じるかも知れない。
いや、さすがにいまはそんな危険は冒さないけどね。
しかしほんと、メイド人形は器用だよね。
リアルタイム通訳だって難しいことのはずなのに、涼しい顔をしてる。
少なくとも、思考能力は完全に人間を越えてるんじゃないかな?
だけど、数が少ないっていう弱点もある。
なにもかも任せるワケにはいかないね。
アルラウネは栽培が得意で、色んな食料を安定して譲ってくれるし。
ラミアも数が増えて、戦力として頼れるようになってきたね。積極的に外に出るから、偶に大きな発見を持ち帰ってくれる。
で、メイド人形はまとめ役、と。
勢いで作った拠点だけど、良い形になってきたね。
十年後の湖畔城塞都市計画も夢じゃないかも。
とはいえ、まだ街にすらなってないんだけど―――。
『私はルイトボルト。ゼルバルド帝国に所属する騎士だ。現在は、この島の前進探索任務に就いている』
『騎士様でしたか。認識いたしました。先程も申し上げた通り、わたくしはメイドです。皆様が発見なされた、あちらの城にて、侍女長を務めております』
ん~……メイドと侍女の違いって何だろう?
仕事内容とかは、そんなに変わらない気がする。
単なる言葉の違いかな。
マニアな人なんかは区別してそうだけど。
”メイド”と”メイドさん”も違うとか。
戦闘メイドなんて職業もあるみたいだし。
もう本来の意味なんか、どうでもよくなるくらいに魔改造されてるね。
なんて、関係ない考えをしてる内にも話は進んでる。
ボクは遠目に見てるだけだから楽なものだ。
『あの城はなんなのだ? 偵察から、ラミアが見張りについていると聞いた。しかし旗が立ち、君のようなメイドもいる。人間が住んでいるのか?』
『肯定と、訂正をいたします。人間”も”住んでいるのです』
実際は、人間なんて一人も住んでないけどね。
ボクなんてステータス上は魔眼だし。
でも心は人間だって言い張れるよ。
だから嘘じゃないし。
騙そうともしてないし。
ただちょっと勘違いしてくれるといいなぁ、って思ってるだけ。
『彼女たちは、ご主人様より庇護を授かり、この地で平穏に暮らしております。そちらが争いを望まぬ限り、彼女たちも、わたくしどもも友好的な対応をお約束させていただきます』
一号さんが語った方針に間違いはない。
身振り気振りでよく伝わってくれたと、我ながら感心する。
だけど―――。
そういえば、アルラウネやラミアたちの意見は直接に聞いてなかったね。
人間から酷い目に遭わされた子もいるんじゃないかな?
ラミアなんかは、あからさまに敵対してた。
いきなり拠点の中に入れるつもりはないけど、反発しないかな?
メイド人形が上手く説得してくれてる?
まあ、ボクがちゃんと言葉を使えるようになったら確かめればいいか。
『つまり……君や、その主人は、魔獣とともに暮らしていると?』
『そう解釈していただいて構いません』
『……有り得るのか? いまの話では、魔獣が、その、隷属しているというよりは、望んで留まっているようだが?』
『逆にお尋ねします。安全な場所で暮らしたいと考えるのは当然では?』
さて、ひとまずこっちの事情は伝わったみたいだ。
信じてもらえるかな?
魔獣を従える者など穢らわしい!、とか言う人なら話は簡単だよね。
一人残らず消せば、もうしばらくは安全でしょ。
そんな物騒な事態にならないのが一番だけど、どうだろ?
『……君らの主人と話はできるか?』
『誰かが訪ねてこられた際には、お招きするよう仰せつかっております。代表者のみで、武器も預からせていただきますが』
『当然の対処だな』
隊長さんが、構えていた武器を下ろす。
だけどまだ警戒は残してるみたいだ。
それも当然の対処だね。
一号さんが振り向いて歩き出すと、兵士たちは隊列を組んだまま従った。
『ゼルバルド帝国と仰られましたが、北にある街から来られたと解釈してよろしいですか?』
『ああ。君たちは……その、何者なんだ? 東方同盟の者とも違うようだが?』
『東方同盟というものは存じません。ですが、何故そう思われたのです?』
『東の連中は、徹底して魔獣の排除を唱えている。それに、城壁に掲げられている旗も違ったからな』
『なるほど。理解いたしました』
この前、襲ってきた冒険者のいた街が東方同盟側ってことだね。
で、隊長さんたちは帝国側、と。
よし。ボクも理解できた。
『ちなみに、あの旗に描かれているのは―――』
あ、言っちゃうのかな?
自分で考えたとはいえ、ちょっと恥ずかしいんだけど。
だって、ほら、中二っぽい名前だから。
『偉大なる、バロール家の紋章です』
うわぁ。
心なしか、メイドさんがドヤ顔してるように見える。
なんで”偉大なる”とか言っちゃってるかな。
枕が欲しい。
頭から被って、足をバタバタさせたい。
うん。分かってる。ボクには手も足もないよね。
ええい。いいや、もう開き直ろう。
どうせボクは魔眼だし。
魔眼と言えば、その名前しか思いつかなかったんだから。




