11 ただいまの後は
「5Γζ、υυΩ¨δηΞ´κ?」
「Λπσsχ。ЮιΘmκnεεΓyi¨ζs」
「ΩΟnδπ乙」
「Ьχ、ΟΛdsξ」
メイド人形たちが、なにやら言い合ってる。
表情や口調からは読み取り難いけど、喧嘩してる様子でもないのかな。
まあ、放っておいていいでしょ。
騒々しいワケでもなし、誰にも迷惑は掛からない。
そもそも空の上では他に人もいないからね。
そう、ボクたちはいま森の上を飛行してる。
メイド人形たちも、魔術での飛行が可能だったので助かった。
なるべく急いで帰りたかったからね。
ボクが飛ぶ速度と比べても遜色ない。
むしろ、毛玉であるボクよりも体型は飛ぶのに適してるんじゃないかな。
この体でも回転しながら飛ぶと、もっと速度は出そうだけどね。
実は一回、試したことがある。
すぐに気持ち悪くなって止めたけど。
いっそ『変身』を応用して、翼だけでも生やした方がいいかもね。
毛玉ウィングとか。
毛玉飛行形態とか。
毛玉ロケット―――って、これは爆発四散しそうだから無しで。
ともあれ、だ。
こうしてバカなこと考えてられるのも、メイド人形が飛べたおかげだね。
ボクが抱えられたままでも問題はない。
いまは四号さんに……ああ、五号さんに渡された。
柔らかな手で撫でられて、胸元に抱えられる。
うん。やっぱりこのメイド服の生地は上質だね。
アルラウネが織った絹にも並ぶかも。
あ、でも五号さんのクッションは控えめだ。
そこはどうでもいいんだけど―――。
『ご主人様。湖が見えてきました』
一号さんが指差した先に、キラキラと輝く湖面が見える。
ちょっぴり懐かしい光景だ。
ダンジョンから脱出した場所は、湖から南東に位置していた。
もちろんボクが地理を把握していた訳じゃない。
ただ、身振り毛振りでも、湖に向かいたいのは伝えられた。
あとは一号さんに先導してもらえばよかった。
『七号より―――城郭のようなものを発見しました』
『三号より―――先行偵察を行いましょうか?、と提案します』
『九号より―――甘い果実の香りを感知。採取の許可を願います』
と、大事なことに気づいた。
五号さんの腕から抜け出して、ボクは空中で静止する。
メイド人形たちも止まる。
拠点に戻る前に、アルラウネやラミアたちのことを伝えておかないと。
下手をしたら、また一悶着起きかねないからね。
だけど、どうやって伝えよう?
身振り毛振りと、絵で説明するのは限界があるんだよね。
これからも起こる問題だねえ。
んん~……簡単な合図だけでも決めておこうか。
とりあえず、一旦地上に降りる。
まずは地面に絵を描いて、あの拠点がボクのものだって分かってもらおう。
『これは……壁? いえ、あの城郭ですか? そこに、ご主人様が旗を立てる? 制圧なさるおつもり……違うのですね。では、すでに制圧なさっている?』
よし。第一段階クリア。
微妙に違うけど、まあ問題にはならないでしょ。
次は、アルラウネとラミアが暮らしてるって説明だね。
『花を持った女性ですか? では、我々にキメラのような複合生物になれと……それも違うのですね。もしや、アルラウネですか? なるほど。では、こちらはラミアですか。それを……あの拠点に入れる? 捕まえてこいと仰せですか?』
第二段階から、なかなか難しい。
言葉の偉大さを痛感させられるね。
だけどアルラウネとラミアの存在は伝わった。
あとは、いまの状況さえ分かってもらえばいい。
『殲滅でもない? では、すでにあの拠点にいるのですか? なるほど。理解しました。すでに、ご主人様に従っているのですね』
正確には、勝手に住み着いてるだけなんだけどね。
まあ喧嘩しなければいいんだし、この認識でも構わないでしょ。
ボクが言葉なり、思念通話なり覚えてから訂正すればいいし。
あとは、魔力文字で示せる簡単な合図を決めておく。
前進、待機、後退、と。
非常時には、攻撃、防御、撤退として使うようにしよう。
ひとまずは、こんなところかな。
問題があれば、また後で話せばいいよね。
ってことで、あらためて出発。
ボクが飛び立ち、メイド人形たちも後に続く。
湖の南側から、西にある拠点へと向かう。
もうすぐに到着できる距離だね。
久しぶりの我が家だ。
胸に安堵が浮かぶ―――なんて暇もなく、ボクは目を見開いた。
城壁上で、ラミアたちが槍を振るい、魔術を放っている。
アルラウネも弓矢を放って、大きな石を投げ落としてる。
戦闘の真っ最中だった。
合図を決めておいてよかったよ。
メイド人形たちに待機を命じて、ボクは全速力で拠点の上へと飛ぶ。
まずは状況確認。
被害は、それほど酷くないのかな。
城壁は何処も破られてない。
内部に敵が入り込んだ様子もなし。
ただ、ボクの屋敷近くにぐったりしてるラミアたちが運ばれてきてるね。
二十名くらいが簡易の治療所みたいな場所に寝かされてる。
アルラウネたちが治療術を掛けて回ってる。
ボクは高度を下げて、『大治の魔眼』を発動。
《行為経験値が一定に達しました。『大治の魔眼』スキルが上昇しました》
光が降り注ぐ。
と、すぐにアルラウネたちが気づいて、こちらを見上げた。
「Οξσ! Σn、μχρκεψωk¨λγ!」
ああ。ちょっと安心。
どうやら忘れられてるとか、石を投げられるとか、そんな事態にはならずに済んだみたいだ。
ロクに話もせずに飛び出しちゃったからね。
だけど皆は笑顔で迎えてくれる。
この状況なら大丈夫そうだ。
メイド人形たちにも毛招きする。
『彼女たちの治療に当たればよろしいのですね?』
うん。こういう緊急事態だと伝わり易いね。
選択肢は限られてくるから。
メイド人形たちは、すぐに行動に移る。
アルラウネやラミアは驚いていたけど、すぐに味方だと受け入れてくれた。
ボクと違って言葉が通じるからね。
任せて大丈夫でしょ。
それじゃあ、ボクは迎撃に向かおう。
『御武運を』
一号さんから短い言葉を受けて、ボクは西側城壁へ向かう。
湖側じゃなくて、その反対側だね。
敵はそっちから押し寄せてきてる。
城門の無い方から攻めてきてるのは、あんまり知恵が回らないからかな?
そう思えるような見た目だ。
だって、キノコだから。
ただし、太い手足が生えてる。大きさは人間より一回りほど上だね。
いかにもモンスターって感じがする。
もしくは、C級ホラー映画に出てきそうな見た目をしてるよ。
そういえばマタンゴって特撮映画があったっけ?
かなり古い映画で、キノコ怪人みたいのが―――、
なんて、どうでもいいこと考えてる余裕はなさそうだ。
筋肉が膨れ上がってるようなキノコだけど、一体ずつなら脅威には感じない。
だけど数が多い。
ゾロゾロいる。
少なくとも数百体が、城壁へと押し迫ってきていた。




