17 モンスター娘のいる魔境
人間と巨人、そしてラミアとの争乱があって三日が過ぎた。
平穏な日々が訪れたはずだった。
なのに、どうしてこうなった?
ボクの目の前では、百名以上のラミアが頭を垂れている。
クイーンを先頭にして、一族揃って忠誠を誓います、みたいな雰囲気だ。
その頭を下げている相手は、ふわふわ浮いてる黒毛玉なんですが。
いいの? ラミアってなんだかプライド高そうなんだけど?
まあ、痛い目に遭わせた自覚はあるけどね。
だけどそこは、怯えて近づかなくなる展開じゃないの?
ほんと、どうしてこうなったかなあ?
もしかしたら魔獣の習性とか掟とかあるのかね。
敗北したら土下座しなきゃいけない、とか。
毛玉を見たら一族全員で挨拶しなきゃいけない、とか。
そこはもう良しとしよう。
だけど、差し出してきたコレは何?
白くて楕円形をしてる。ボクより少し大きいくらい。
どう見ても卵です。
これを、どうせいと?
おまけに、その差し出された台座には、幼女ラミアまで三名ほど乗せられてるんですが。
えっと、たぶん献上品ってやつだよね。
卵と幼女を好きにして構わない、と。
うん。要らないね。
っていうか、渡されても困るよ。
幼ラミアは怯えた顔してるし。目に涙まで浮かべてるし。
いいから母親の所に戻りなさい。
怒らないから。ほら、早く。
卵の方も返すよ。
どうせこれ食用じゃないでしょ。
ラミアが生まれてくるから、それを自由にしていいって意図だよね。
だから困るって。
人間の赤ん坊でも手に余るのに、ラミアの育て方なんて知らないよ。
まあ差し出された物を突き返すのは、礼儀として問題あるのかも知れない。
クイーンが愕然としてる。
元から白い顔だけど、さらに蒼白になってる。
死毒からは回復したみたいだけど、また血を吐いて倒れそうな顔色だね。
はあ。気に病まれても困る。
とりあえず、こっちに敵意はないってことだけど伝えておこう。
例によって身振り毛振り&絵を描いて。
今回は、丁寧にね。
どうも意思疎通が上手くいってないみたいだし。
あと重要なのは、今後のことだ。
一度あることは二度あるって言うし。
まさかとは思うけど。
もしかして、ここにラミアたちも居着くとかなったら問題だ。
スペース的な余裕はあるけどね。
湖畔はかなり広いし、城壁内も手付かずの場所が多い。
そもそも城壁自体が完成してないからね。
ただ、アルラウネがどう思うのか?
とりあえず近くにいる母子ラウネの様子を見てみる。
母ラウネは何故だか嬉しそうだ。柔らかな笑顔をボクに向けてくる。
幼ラウネも目を輝かせてるね。これはもしや、尊敬の眼差し?
あれ? いいの?
けっこう大変な事態だと思ったのに、すんなり受け入れられてる?
他のアルラウネたちは……ああ、いつも通りだ。
ぼんやりしてる。
クイーンアルラウネまで花畑の真ん中で居眠りしてるし。
そういえば今日は陽射しも温かくて、お昼寝日和だったね。
まあ、喧嘩しなければいいか。
その点だけ、また絵に描いて伝えておこう。
◇ ◇ ◇
城壁の上をラミアが二人一組で巡回している。
簡素な作りの黒槍を持って。まるで兵士みたいに。
ラミアたちが引っ越してきてから数日、もう見慣れた風景になっていた。
アルラウネとラミアは、衝突もなく隣り合って暮らしている。
基本的に、栽培が得意なアルラウネは内政系だ。
対してラミアは、戦闘系の役割をこなしている。
ラミアの方は性格も幾分か攻撃的みたいだけど、それ以上にアルラウネの性格が大らかなので上手く噛み合っているみたいだ。
クイーン同士もなにやら話し合って、最後には握手を交わしていた。
生態としての住み分けも上手くできてるっぽい。
どうやらラミアは、地下や洞窟に住む種族らしいよ。
拠点内に地下洞窟の入り口を作って、そこを掘り進めて住居にしてる。
昼間は外に出てくるけどね。
例の卵も、洞窟の一番奥に置かれた。
卵からは予想通りにラミアの子供が生まれて、つい昨日、クイーンが嬉しそうに抱えて見せにきた。
はいはいよかったねー、と雰囲気で伝えておいたよ。
一応祝福っぽく『大治の魔眼』も使っておいたから分かってくれたと思う。
クイーンラミアは幸せそうに目を細めて、涙まで滲ませていた。
まるで存亡の危機に瀕した種族が救われたみたいに。
もしかしたら、実際にそうなのかも知れないね。
しばらく一緒に暮らしてみて分かったけど、アルラウネもラミアも、特性として持つ魅了攻撃は強力だ。
だけど、持続力に欠ける。
イモムシやグドラマゴラは、魅了を切っ掛けに飼い慣らしただけ。
魅了した相手は、基本的に手早く”処理”しないと反撃を喰らうみたいだ。
つまり、普段なら、強い魔獣を操って戦力にするなんて行為はしない。
魅了効果が切れて、自分たちが攻撃される危険性が高いから。
ラミアクイーンの魔眼は幾分か強力みたいだけど、それでも博打性があるのは同じだ。
なのにラミアたちは、巨人を操って人間の陣地を襲った。
そうしなきゃいけないほど追い詰められていたんじゃないかな?
何を相手に追い詰められたのかは知らないけど。
あるいは、人間が相手だったのかもね。
人間は魔獣を狩る。
この世界の常識なんて知らないけど、それが当然なんでしょ。
とりわけラミアなんて、変態趣味の人間に好まれそうだ。
美人さんだしねえ。
あと、蛇は長寿の元とか、そういう信仰もありそうだし。
言葉が通じないから、まったく見当違いな推測の可能性もあるけどね。
ともあれ、いまはアルラウネもラミアも平穏に暮らしてる。
拠点も徐々に騒がしくなってきたね。
そして、形も整ってきた。
四方を囲む城壁が完成したよ。
一辺は五百メートルほど。高さは十メートルまで積み上げた。
これで巨人にも対抗できるね。
デザイン的には本当に簡素な壁で、階段を幾つか付いてるくらいだ。
見張り塔は別に設置してある。
城門はアーチ型の大きなものと、普段から使える小さなものを設置。
最初は冗談半分で始めたんだけどねえ。
実際に作り始めると、あれこれと手を加えたくなっちゃう。
意外と、ボクって職人気質だったのかもね。
ちなみに、ラミアが持ってる揃いの黒槍もボクの手作りだ。
いや毛作り? 魔法作り? まあなんでもいいや。
壁作りをしている内に、硬い物の製作は慣れてきたからね。
ちょうど兵士たちが残していった武器や鎧があって、材料には事欠かない。
けっこう良い武器が出来たと胸を張れるよ。
何処が胸だか分からないけど。
《行為経験値が一定に達しました。『錬金術』スキルが上昇しました》
《行為経験値が一定に達しました。『無属性魔術』スキルが上昇しました》
いまも武器は色々と試作してる。
イメージとしては、やっぱりカーボンナノチューブ構造。
ダイヤモンドとかも綺麗な構造してるけど、紐状の方がボクには馴染みがある。
まあ好みの問題だね。
ともかくも軽くて頑丈なのを目指してみた。
武器として有用なのか不明だし、実際にそんな構造になってるかも分からないけどね。
ただ、偶に面白いスキルが上がってる。
《行為経験値が一定に達しました。『法則改変』スキルが上昇しました》
いったいボクは何をやってるんだろうね?
ちょっと土を固めたり、鉄を変形させたりしてるだけのつもりなのに。
もしかしたら、魔法効果で凄いことが起こっているのかも。
だけどまあ、それで身を守れるなら構わないでしょ。
いまのところ作った武具で使えるのは、槍や盾、部分甲冑くらいだね。
簡単な造りの物ばかりだ。
ただし、剣は難しい。
どうにも刃部分が脆くなっちゃう。
斬れ味が悪くなるんだよね。
だけど槍は、刺突専用と考えれば良い出来かな。
鉄の鎧も貫ける。
アルラウネもラミアも意外と腕力はあるから、幾分か重めに、鈍器としても使えるようにしておいた。
投擲用の短槍も百本単位で作ってある。
短槍の材料は全部が土で。量産の練習だね。
こういう試行錯誤も楽しい。
もういっそ、森の武具職人になっちゃおうかな。
古城に住む伝説の技を受け継いだ職人、みたいな設定で。
まあ城は新築だし、そもそもボクは毛玉なんだけど。
でも人間と接触するアイデアも浮かんだよ。
まだ実行は難しいし、今よりもボクが成長すると、さらに難しくなるけど。
いつか披露する機会があるかも知れない。
そのためにも、もっと職人としての腕を磨かないといけないね。
よし。新作完成。
《行為経験値が一定に達しました。『建築』スキルが上昇しました》
《行為経験値が一定に達しました。『細工』スキルが上昇しました》
《条件が満たされました。称号『職人見習い』を獲得しました》
《称号『職人見習い』により、関連スキルが解放されました》
作ったのは、ブランコだ。
子供が増えてきたからね。遊具にも挑戦してみようかな、と。
思い切って、五連ブランコを作ってみたよ。
安全性? そんなの知らないし。
多少の怪我くらい、アルラウネやラミアなら大丈夫でしょ。
とりあえず近くにいた幼ラウネへ手招き、いや毛招きする。
乗せる。揺らしてやる。
最初は首を捻っていた幼ラウネだけど、すぐに漕ぎ方を覚えた。
植物の足を器用に動かす。
楽しそうに笑顔を輝かせる。
すぐに他の子供たちも集まってきて、順番待ちの行列ができた。
っていうか、子供だけじゃなく大人も並んでるんですが。
クイーンさん、なに年甲斐もなくはしゃいじゃってるの?
あ、跳んだ。空中で回転と捻りまで加えて着地する。
子供たちが手を叩いて歓声を上げた。
なんか違う遊び方が流行りそうだけど、楽しんでくれたなら良いか。
さて、それじゃあボクはまた別の作業に取り掛かろう。
次は城壁に取り付ける武器でも作ろうかな。
バリスタは難しいかも。
投石器とか?
だったら実験的にシーソーを作ってもいいかもね。
また子供たちが喜んでくれるかも、なんて―――。
この時のボクはすっかり忘れていた。
巨人と戦った際に、ひとつの脅威を見逃していたことを。
今夜はここまで。




