エピローグ
ぼんやりとして視界が揺らいでいる。
まるで夢を見ているみたいだ。
眠っていた? そうなると、ここは屋敷の寝室かな?
だけどいつものベッドとは感触が違うような―――。
『お待ちください。まだ詳細は―――』
ん? これは一号さんの声だ。
そちらへ目を向ける。
屋敷の居間で、メイドさん数名と大貫さんが向き合っていた。
メイドさんに掴み掛かりそうな勢いで、大貫さんが凄む。
『さっさと教えなさい! 殺すわよ!?』
『無論、お教えします。ですが微かな反応を捉えただけでして、いま調査を……』
大貫さんは、前触れもなく暴れ出すことがある。
でもメイドさんたちは対処に慣れているので、まず心配はいらない。
部屋の隅にはサガラくんもいた。
困った顔をして立っているけど、いざとなったら止めてくれるだろう。
そんな様子を、ボクは上から眺めている。
なんだか妙な構図だ。
『焦るなよ。アイツが生きてるって分かっただけでも充分じゃねえか』
『あぁん? 五十鈴くんが生きてるなんて当然でしょ?』
『そう思ってるなら落ち着けよ。彼女たちに怒ったって仕方ねえって―――』
『ゴチャゴチャうっさいのよ!』
あ。サガラくんが潰された。
大貫さんの魔眼のキレは相変わらずだ。むしろ威力を増しているような?
サガラくんも潰されはしたけど、咄嗟に身を守っていた。怪我も負っていない。
じゃれ合ったようなものだ。
いっぺん刃を交えた二人だけど、穏当な関係に戻れたようだ。
まあ、勇者と魔王だし。
啀み合いはあっても、さほど心配する必要はない。
いつものこと、とマリナさんも思っているんじゃないかな。
同じ部屋でソファに腰掛けたまま、悠然とお茶のカップを傾けている。
『平和よねえ』
呑気なもの。テーブルには、お茶に混ぜたのかお酒の瓶も並べられている。
だけど、少しは思うところもあるようだ。
『……ザイラスくんも、こういうのを大切に感じてくれればよかったのに』
その点には、少しだけ同意できるかな。
でも今更言っても仕方ないことだ。
それよりも、拠点のみんなはどうなのだろう?
世界が崩壊直前まで陥ったのだから、あちこちに被害が及んでいるのでは?
そう内心で首を捻ると、今度は上空からの光景が見えた。
見慣れた拠点の姿が映る。
屋敷が中心にあって、四方を高い壁に囲まれている。
壁や屋根に修繕の跡があるのは、崩壊の余波によるものだろう。
メイドさんが直してくれたんだと思う。
だけど、混乱している様子は見られない。
アルラウネは日向ぼっこや花の手入れをしている。
ラミアたちは森に出て、見回りや狩りに精を出している。
湖の形は少し変わったみたいだけど、スキュラや黒狼たちも元気だ。
竜人幼女も、他の子供たちや四羽の小鳥と一緒になって遊んでいる。
あちこちから笑い声も聞こえた。
崩壊の中心だったこの島でも、大きな被害は出ていないようだ。
だったら、大陸の方でも―――。
そう思ったところで、また視界が切り替わった。
また室内、いくつもの映像が空中に浮かんでいる。
メイドさんたちがよく出入りしている情報収集室だ。
各地から、茶毛玉を介して様々な情報が送られてくる。
それこそ部屋中にびっしりと、数百の映像が浮かんでいたほどだ。
崩壊の影響で茶毛玉の数が減ったのか、いまは画面の数も少ない。
どうやら大陸まで、崩壊の余波は及んでいたようだ。
何処の街かは分からないけど、崩れた家屋が並んでいる。
炊き出しに大勢の人が並んでいる場所もあった。
それでも大きな都などは比較的落ち着いていて―――、
その中に、銀子やロル子の姿も見て取れた。
銀色の髪を揺らしながら、ちょこちょこと厨房の中を走っている。
どうやら食事の支度を手伝っているらしい。
獣人やエルフたちの集落は、まず無事と言える状況のようだ。
ロル子の方は、多くの怪我人が集まる場所にいた。
魔術の腕を振るい、治療の手助けをしている。
その力強い瞳からは、相変わらずに自信と決意、そして誇り高さが窺えた。
まだまだ幼い二人だけど、心配なんてまったく要らなかった。
逞しく生きている。
きっとこれからも、何があっても大丈夫だろう。
「はぁ……」
毛玉なのに、まるで人間みたいな声が漏れた。
落とした息が、偶然にそんな形を取っただけだ。
だけど安堵したのは間違いない。思った以上に、ボクは彼女たちのことを気に掛けていたようだ。
ロル子の召喚が切っ掛けでこの世界に来て、銀子に助けられて―――、
本当に、たくさんの出来事があった。
やけに懐かしく感じられる。自然と、目蓋を伏せていた。
またひとつ息を吐いて、力を抜く。
うん。分かっていた。
これからボクは消える。『破滅の魔眼』を使った代償だ。
いまの状態は、残留思念のようなもの。
だけどまあ、精一杯に生きた結果だ。
とりあえず世界崩壊は避けられたみたいだし、みんなの無事も確認できた。
短い毛玉生だったけど、思い残すことはない。
笑って消えていこう。
なんて―――諦めるのは、やっぱりボクらしくないかなぁ。
さらさらと風が流れる。
漂ってくるのは、爽やかな緑の香りだ。素直に心地良いと言える。
まあもっとも、この毛玉体が何処で香りを感じているのかは謎なのだけど。
いまボクは森の中にいた。
森。鬱蒼とした森。そうとしか言いようがない。
木洩れ日が差し込んでくるので、森林浴によさそうな森、と言ってもいいのかも。
ともかくも緑に囲まれている。
そして、それしか情報がない。
さて、この状況で、いったい自分は何処にいるのか?
そんな疑問の答えは、到底得られそうになかった。
だけどまあ、じっとしていてもどうにもならないのは確かだ。
助けが来るかどうかも、さっぱり分からない。
だったら、自分から動けばいい。
幸い、この毛玉体は自由に動ける。空だって飛べる。
黒なのか白なのかよく分からないけど、もふもふの毛並み。
自分で感触を味わえないのが残念なくらいだ。
でも少なくとも、寒さに震えることはないだろう。
長旅になっても安心かな。
身ひとつなので、懸念材料には事欠かないけれど。
あれこれと考えるのは後回しだ。
そろそろ行くとしよう。
どうせ予想外の出来事だらけで、大変な目に遭うに決まっている。
それもきっと笑って話せる。
また面白い出逢いが待っているだろうから―――。
......『毛玉転生 現代終末編』へ続く?
これにて、ひとまず完結です。
あとがきも色々と書きたいですが、そちらは活動コメントにて。
これまで読んでくださった方、応援してくださった方、本当にありがとうございました。
次回作も軽いノリのものを考えております。そちらも読んでもらえると嬉しいです。
毛玉とは、完全に別作品ですが。
それでは、また。




