19 魔王襲来②
空に浮かんだまま、大貫さんは自分の頭に爪を立てる。
ぐしゃぐしゃと、綺麗な銀髪を掻き乱す。
抉れた地面と、その場に広がった鮮血を歯軋りしながら見つめていた。
そこにはもう人型の欠片もない。
すべて大貫さんの魔眼が潰してしまったから。
「ああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!」
絶叫。その顔は憤怒に歪んでいる。
そして、くるりと振り向いた。
血走った目が見据えるのは、距離を置いて空中にいたザイラスくんだ。
「よくも、よくもよくもぉぉぉ! 私に五十鈴くんを潰させたわねぇっ!! いくら偽者だからってぇぇぇぇ! 許されると思うなぁぁぁぁぁぁああああーーー!!
再び、魔眼を発動。
『重圧の魔眼』だ。重力崩壊を起こすほどではなくても、かなりの殺傷力がある。
しかも随分と使い慣れているのか、一点集中された破壊力は凄まじい。
そもそも魔眼の効果は、他の魔術と比べて抗い難くて―――、
けれど、ザイラスくんは事前に備えをしていた。
大貫さんが魔眼使いだと、情報も掴んでいる。
魔眼に捉えられる直前で、ザイラスくんはひとつの術式を発動させた。
単純な術式。だからこそ発動は早い。
辺り一帯に、黒煙が張られる。
魔眼には強力なものが多く、慣れれば瞬時に効果を得られる。
だけど弱点だってある。
そのひとつが、視線の通らない場所には効果を発揮できないことだ。
だから、ザイラスくんは自分の姿を隠した。
大貫さんの魔眼は、黒煙の一部を歪めただけに留まる。
「っ!? 隠れてんじゃないわよぉぉぉぉぉっ!!」
また吠えた大貫さんは、腕を一振り。同時に魔術も使っている。
衝撃波が放たれ、風の刃が舞って、黒煙を散らしていく。
ザイラスくんも身を隠しながら、雷撃の術式で迎え撃っていた。
けれどそれも散らされる。
伊達に魔王を名乗っていない。その戦闘力は侮れない。
このままだとザイラスくんが不利―――って、のんびり分析している場合でもなさそうだ。
うん。ボクは無事です。
ぐちゃぐちゃに潰されたのは、ボクの一部だけ。
つまりは小毛玉を『変異』させていた。
プランBは、分身作戦ってことだね。
潰されて痛かったのは確かだけど、後に引きずるほどのダメージじゃない。
ちなみに、小毛玉の『変異』する瞬間は、ザイラスくんたちには見せていない。
分身を作る魔術っていうことで押し通した。
予定では、その分身で安心させて、そのまま話を進めるつもりだった。
だけど、あっさりと看破された。
まさか、としか言いようがない。あるいは見事と誉めるべき?
本物のボクを知っていれば、魔力反応なんかで多少の違和感は覚えられる。
だけど外見は、本物とまったく変わらなかったはずだ。
なのに大貫さんは一目で偽者だと見破った。
理屈は分からないけど、凄いとしか言いようがない。
あれ? でもこれって、もしかして……?
ボク本体が出て行っても、偽者扱いされちゃうんじゃ?
いまは毛玉形態で黒甲冑に収まってるけど、『変異』したらまた怒りを買っちゃう気がする。
どうしよう? って、悩んでいる暇もないね。
ザイラスくんは黒煙を張りつつ、辛うじて魔法戦で持ち堪えている。
だけど接近戦に持ち込まれたら、一瞬で殺されかねない。
小毛玉とはいえ、けっこう頑丈なはずなのに首を圧し折られたからね。
素手でも、接近戦でも、大貫さんは強い。
それに立ち向かうのかぁ……とりあえず動けなくするつもりだけど、ハードル高くない?
いっそ『死獄の魔眼』で一網打尽にした方が―――。
「ね、ねえ、片桐くん? そろそろ援護しないと……」
あ、はい。そうですね。
マリナさんにも言われたし、覚悟を決めるとしよう。
二人には、帝国でロル子がお世話になっていた。これからもそうだろう。
見捨てるのは、さすがに楽しくない。
ってことで、黒甲冑浮上。
「っ―――新手!? どっちにしろ敵ね!」
大貫さんはすぐに気づいて振り返る。
だけど不意打ちには充分だ。距離はあるけど、魔眼の射程には入っている。
まずは、『静止の魔眼』発動。
相手の時間だけを止め―――られない!?
魔眼の撃ち損ない、なんてこともない。
だけど大貫さんの周囲に、透明な壁が何枚も浮かび上がった。
魔術的な障壁だ。予め、術式が起動してあったみたいだ。
感じられる魔力量からして、相当に強力な防御術式なのが分かる。
しかもボクの『障壁』スキルみたいに単純な技じゃない。
時間停止対策とでも言うような、複雑な術式なのも見て取れた。
そういえば、ボクが戦った相手でここまで複雑な技能を使ったのは初めてだ。
魔獣とか竜とか、力押しで来る相手ばかりだったから。
人間とも初対戦って訳じゃない。
でも複雑な技術を絡めた戦い方というのは、ボクの知らない分野だ。
しかも相手は、魔王なんていう豪華な肩書きまで持っている。
これは思った以上に真剣な戦いになるかも。
捕まえる、っていう選択肢を捨てるべきかも知れない。
ともかくも、いまの段階だと『静止の魔眼』は通用しそうにない。
だけど、完全に無駄っていう訳でもなかった。
「魔眼……それも、時間系!? ナメるんじゃないわよ!」
吠えながらも、大貫さんは顔を歪める。
防御に意識を向けさせて、動きを止めることには成功した。
短い時間だけど、小毛玉を展開させるには充分。
そう、ボクの武器はなにも魔眼ばかりじゃない。
囲んで毛針を撃ち込む。『徹甲針』と『抗魔針』、その他諸々だ。
四方八方から迫る毛針に、大貫さんも危機感を覚えたみたいだった。
忌々しげに舌打ちをする。障壁を維持しながら、空中を高速で駆ける。
魔術で光弾をいくつも放ちながら、毛針を迎撃していく。
何本かは、その細い身体に刺さった。
けれど威力が削がれたものが多い。決定打には程遠い。
大貫さんが包囲を抜ける―――その直前に、ボクは甲冑の両肩部を開いた。
カシャリ、と小気味よい音が響く。
『万魔撃・模式』、発動。
避けられるタイミングじゃない。障壁だって貫けるはず。
ある程度のダメージを与えてから拘束する―――それが、ボクの狙いだった。
でもやっぱり甘かったみたいだ。
大貫さんの赤々とした瞳が狂暴な光を放つ。
ボクが放った魔力ビームが、ぐにゃりと捻じ曲げられた。
『重圧の魔眼』で、空間自体が歪められた。
その効果は、魔術や、魔力そのものにも及ぶ。だから受け流される。
驚いている暇はない。ボクはまた小毛玉で追撃を掛けようとした。
だけど同時に、大貫さんも動いている。
というか、増えた。え?
うわ、分身か。一瞬、何が起こったか分からなかったよ。
ボクの小毛玉分身とは違って、魔術で幻影を作っただけみたいだ。
つまりは実体が無い。
しっかりと観察して、魔力や生命反応を探れば見分けはつく。
それにボクの知覚は、『明鏡止水』のおかげでかなり加速している。
たとえ銃弾だって見て避けられるくらいだ。
ちょっと驚かされたはした。でも、それだけだ。
すぐに本体の位置を―――って、背後!?
振り向く。黒甲冑の手でハルバードを振るう。
でも残念ながら、ボクのこの戦士風の姿は見掛け倒しだ。
力任せに武器は振るえるけど、技なんてまったく覚えていない。
そして大貫さんは、もう手の届く距離にいた。
「私と、五十鈴くんのぉぉぉぉぉ、邪魔をするなぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ハルバードが空を切って、大貫さんの叫びが響いた。
拳が叩き込まれる。
メキャリ、と嫌な音を立てて黒甲冑がひしゃげた。
まるでボクの弱点を見抜いているんじゃないか、って思うほどだ。
大貫さんの拳は、黒甲冑の胸部にめり込んでいた。
ボクは咄嗟に目蓋を閉じる。一瞬でも遅れたら、目を潰されていた。
伝わってきた衝撃に、意識が飛びそうになる。
体の方は実際に、黒甲冑と一緒に殴り飛ばされていた。
そして弾ける。
鎧の各部位が、魔力による制御を僅かな時間だけど失ってしまったから。
「え……?」
唖然とした声は、大貫さんと、少し離れたところにいるザイラスくんのも混じっていた。
鎧が弾けて、バラバラになった。それはつまり―――、
中身である、ボクの毛玉体が曝け出された。
明日明後日も更新します。




