16 公国制圧⑤
部屋の中央に長い机が置かれている。
応接室というよりは、ボクのイメージだと会議室だね。
そこで帝国軍と公国の代表が向き合って座った。
公国側は、ロル子とコルラート先生を中心に、あとは数名の文官。
ボクと一号さんは護衛役として、部屋の端で事態を見守る。
帝国側は騎士が数名。代表の人は、モブルング卿って呼ばれていた。
前の戦いでちらりと会った、ロル子と知り合いだっていう人だ。
ザイラスくんとマリナさんも同席している。
それと公国の第四王子も、小さな別席が用意されてそこに座らされた。
「まずは今回の戦いに関して、お詫びを申し上げます。“先王が”不誠実にも貴国へ攻め入ろうとしたこと、わたくしどもも遺憾に思っておりますわ」
ロル子が切り出した謝罪の言葉に、帝国側はやや虚を突かれた表情をしていた。
だけど同時に安堵も漏れる。
今回の戦争は、公国側が全面降伏した形だ。
それでも解決へ導いた立役者であるロル子も、また公国側に立っている。
帝国側は、謂わば“勝たせてもらった”だけだ。
だから交渉でも公国側が強気に出る余地があるのでは―――、
そんな危惧もあったのだろう。
「御言葉、確かに承った。不幸な争いが早期に終わったこと、我々も嬉しく思っておりまする」
帝国側が表情を緩めて挨拶を返す。
そうして交渉が始まった。
領土の線引きやら賠償金やら、話し合う事柄は山ほどある。
下手をすれば公国そのものが消えてしまうのでは、とロル子は心配していた。
でも帝国としても、そこまで公国を追いつめるつもりはなかった。
いまの公国に余裕がないのは分かりきっている。
それに帝国も、他国との戦いを続けているから早く戦線を縮小したい。
大筋では、両者の思惑は一致していた。
和平条件で歩み寄れる部分も大きくなる。
「では、戦費補填の支払いは十年後から始めるということで……」
「新たな城砦の建築も了承いたしますわ。ただ、この街での駐屯地の方は場所の問題が……いえ、受け入れ自体はむしろ歓迎したいのです」
「城下外でも構いませぬ。こちらとしても民に恨まれるのは避けたいところですな」
まずは互いを探り合いながら、簡単な部分から取り決めを交わしていく。
その間、ボクはぼんやりと突っ立っている。
正確には、黒甲冑の中で浮かんでいるけれど。
ともかくも暇だ。やることがない。
こういう国の一大事を、ロル子みたいな子供に任せるっていうのもどうかと思う。
だけどボクが口出ししても、場を混乱させるだけなのは分かりきっている。
まあ、顔は見えないんだから多少はだらけても―――む?
「私たちなんかは暇だよねえ」
小毛玉のひとつがマリナさんに捕まった。
というか、手招きされたからこっそり近づいたんだけど、向こうも退屈していたらしい。
周囲の目を避けつつ、密かに雑談を交わす。
『この世界の神官って、政治とかにも関わっていそうだけど?』
「ああ、そういう人たちもいるねえ。生臭坊主ってやつ?」
『坊主じゃないけどね』
「ハゲたおっさんも多いよー。あと、エロ坊主。子を成すのは大地母神への信仰ー、とか言ってたり。潰してやったけどねー」
『けっこう過激派?』
「ふつーふつー。神官も命懸けだから」
くすくすと、マリナさんは笑う。
そうやって時間を潰している内に、交渉は重要な部分へ移っていた。
「ところで……ヴィクティリーア様は、公王の位に就かれるおつもりですかな?」
本当なら、真っ先に確かめなきゃいけない部分だろう。
だけど重要なだけに問い掛け難い話でもある。
いまの状勢だと、ロル子が王様になっても文句を言える人は少ない。
先王の暴挙を止めたっていう大きな功績がある。
でも帝国としては、少々歓迎できない事態でもあるのかな。
なにしろロル子は有能すぎる。
従属国の王としては、少しくらい無能な方がいい。
帝国寄りの立場を明言しているけど、それでも“保険”は欲しいところだ。
王位に就くのなら、帝国貴族の誰かと婚姻を―――、
そんな話も出た。
「わたくしに王位は重いと考えております。公国を支え、帝国との架け橋となりたい。この立場は変わりませんわ。ですが、まだまだ力不足な子供であることも弁えております。婚姻となると、決断をするにも時間が掛かります。いっそのこと、しばらくの間は玉座が空位でも構わないとも考えておりますわ」
王様なんていなくても、なんとかなりそうではあるんだよね。
いまだって、ロル子が中心になって公国は動いているし。
だけど帝国もここは譲れないところだ。
傀儡王を置こうと、次々と提案をしてくる。
「トールビョラン殿に王位を任せるというのは如何でしょう?」
んん? トールビョラン? 誰だっけ?
ああ、第四王子だ。
ボクが泣かせて、お漏らしさせた我が侭っ子だね。
いまは部屋の隅にある席で大人しくしている。
ロル子は“様”呼びなのに、第四王子が“殿”ってところにも軽視を感じるね。
「それは……」
「そしてヴィクティリーア様には、是非とも帝国で留学の続きをなさっていただきたい。我が国で爵位を授かれるよう、某からも陛下へ進言いたします」
これはアレかな? ヘッドハンティング?
だけど公国の力を削ろう、っていう意図とは違う気がする。
モブルングさんの表情を見ると、好意からロル子を迎えたいみたいだ。
これにはロル子も戸惑っている。
「私も頼みがある」
唐突に口を開いたのは第四王子だ。
皆、そちらへ注目する。ほとんど存在を忘れ掛けていた。
近くにいた側近の騎士が慌てて止めようとする。
きっと発言すら許されないような立場だったんだろうね。
だけど第四王子は周りを無視して立ち上がると、ボクの方を睨んだ。
「無礼は承知の上だ。しかし我慢できぬ。そこのバロール殿に、是非、私と立ち会ってもらいたい!」
えー……これって、どういう状況?
相手の意図が読めないんだけど。
ボクって立ってるだけでよかったはずだよね?
あ、ロル子も困惑している。
帝国側の面々も慌ててばかりだ。
「一太刀勝負で構わん。貴様に敗北してから、私は稽古に励んできたのだ。あの時の屈辱を晴らさん限り、一歩も進めんのだ!」
とか吠えられても、ねえ?
相手はロル子と同い年くらいの子供だし、対処に困るよ。
なんか周りの大人たちも、ボクにどうにかしろって視線を向けてくるし。
ここは帝国の失態として、上手く利用して交渉を進めるべきじゃない?
あ、公国の王子でもあるんだっけ。
もう面倒くさいなあ。
『剣を』
部屋の隅にいた護衛騎士に伝えて、剣を貸してもらう。
ボクが手招きすると、第四王子は緊張した面持ちで頷いた。
互いに剣を持って向き合う。
さすがにこの段階になると、周りから制止する声も上がった。
『余興だ。構わん』
ボクは一応、剣を構えて立つ。
ほとんど無防備に見えるだろうね。だって剣の扱いなんて知らない素人だし。
対して第四王子は、それなりに様になっている構えだった。
真剣な顔をして、自分を落ち着けるように静かな呼吸を繰り返す。
でも、膝は小刻みに震えていた。
「い、行くぞぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
剣が振り下ろされる。
それをボクは弾いて、王子の腕を掴んだ。
掴んだ腕を捻り上げると、そのまま兜を近づける。
ちなみに兜の中には小毛玉がひとつ。
僅かに空いた兜の隙間から、光る眼光が睨みつける。
「ひっ……!」
王子は小さく悲鳴を上げる。
でも今回はお漏らしをしなかったし、剣もまだ握ったままだった。
「わ、私の負けだ……敗北を、認める……」
解放すると、王子はへなへなと尻餅をつく。
慌てて側近たちが駆け寄った。
王子は蒼褪めた顔をしていて、しばらくは立てそうもない。
だけど―――、
「ははっ……やった、やったぞ! 奴に立ち向かうことが出来た!」
満足げに笑みを浮かべて、弾んだ声を上げていた。




