13 公国制圧②
『衝破の魔眼』発動。
城の一角が派手に吹き飛ぶ。
国境の公国軍を壊滅させた後、ボクたちはそのまま公都へと向かった。
帝国軍とも会談したり、あれやこれやと後処理も行ったけど、まあ大したことじゃない。
それよりも、さっさと戦争を終わらせる方が大切だ。
ってことで、また首狩りです。
王様の首寄こせー!、って勢いで首都のお城を襲撃します。
『それじゃ、突入』
「うぅ……これもまた、貴方を召喚した者としての責務ですわね。いいですわ。元より戦場に出ると、わたくしも覚悟を決めておりましたもの」
一号さんに抱えられて、ロル子はぶつぶつと呟いていた。
心なしか顔色も悪い。金髪縦ロールもいつもより元気がないように見える。
魔境からずっと飛んできて、ちょっと無理のある強行軍だったかな。
だけどもうすぐ終わる。
国を取り戻せば、安心して休めもするでしょ。
以前、巨大亀に襲われた街は、それなりに復興している様子だった。
とりあえず瓦礫の片付けは終わって、建物の修繕は進んでいるみたいだ。
だけど、建物だけとも言える。
城下町に見える人影は、女性や老人、あるいは子供ばかりだ。
誰も彼も項垂れている。血色が悪いのも一目で分かる。
港町なのに、漁に出ている船もほとんどいない。
戦争のために取り上げられたものが多すぎるんだろう。
たとえ帝国を追い払ったとしても、その後は国として成り立つかどうかも怪しい。
結局、東側諸国の支配下に組み込まれることになったはずだ。
下手なプライドに拘って、大勢を苦しめただけ。
素人のボクでも分かるのに、どうしてこんな選択をしたんだか。
まあ、どうでもいいか。
それよりも―――。
「お久しぶりですわ、陛下」
ボクたちが突入したのは、城の中央奥にある一室だ。
そこで会議が行われているのは、茶毛玉で偵察して把握していた。
割れた天井から降り立って、ロル子が礼儀正しく挨拶をする。
黒甲冑のボクと一号さんは、その背後に立って事態を見守る形だ。
「な、何者だ!?」
「王の御前であると知っての狼藉か!」
部屋には天井の瓦礫が散乱して、中央にあった机が潰されている。
下手したら何人か潰れていたかも。
それでも構わなかったかなあ、とも思うけど。
ここからはロル子の判断に任せる予定だ。
部屋の一番奥には、身なりのいい中年の男が立っている。
やや太り気味だけど、背は高くて全身の筋肉もついている。顔立ちもそこそこ威厳がある。王様って言われれば納得できなくもない。
国王オスヴァルトス。
正確には、もっと長ったらしい名前らしい。国王じゃなく公王なのかな?
どっちにしても、今回の戦争を起こした元凶の一人だ。
「……ヴィクティリーア、か?」
オスヴァルトスが震える声で問い掛ける。
対してロル子は、目礼して一歩進み出た。落ち着いた仕草だ。
むしろ周囲の貴族たちの方が、ヴィクティリーアと聞いて慌てていた。
「なんと……帝国に人質として送ったあの娘か!?」
「“半身欠け”がどうしてこの場にいる!?」
「まさか、もう帝国軍が迫ってきているのか……?」
“半身”というのは、使い魔のことらしい。
公国の貴族は、使い魔を自分の半身と言うほど大事にする。
この場にいる者たちも、それぞれの使い魔をいまも連れていた。
部屋の端に犬や猫や、蝙蝠や蛇などが控えていた。
まあ大事にすると言っても、古くさい習慣によるもので、使い魔の格によって見栄を張る意味が大きいらしい。
召喚した責任を感じて魔境まで訪れたロル子とは、随分と意識が違う。
「どうやら敗報は、すでに届いているようですわね」
貴族たちを見回しながら、ロル子は悠然とした笑みを浮かべる。
こういうところは、本当に子供っぽくないね。
もちろん、誉め言葉として。
「それにしても人質とは……わたくしは留学のつもりでしたのよ?」
ロル子が皮肉げに言い返す。
建て前としては、確かに留学ということになっていた。
うっかり口を滑らせた貴族は、息を呑んで唇を引き結ぶ。
うん。そのままずっと黙っていればいいと思う。
「まあ、どちらでも構いませんわ。わたくしが公国の貴族であるのは変わらぬ事実ですもの。ですから、いまも公国のために働く責務がありますの」
「……公国のために? 何をするために帰ってきたというのだ?」
問い返したのはオスヴァルトスだ。
その額には冷や汗が滲んでいる。もう答えを分かっているのかも知れない。
「陛下に、降伏を勧めに参りました」
冷然と、ロル子は告げた。真っ直ぐにオスヴァルトスを見据える。
背丈は黒甲冑の胸にも届かないのに、とても堂々としている。
オスヴァルトスの方が気圧されたみたいに身を引いた。
周囲も押し黙ったけれど、ややあって一人の貴族が声を上げた。
「こ、降伏などありえん!」
声色だけで冷静でないのが分かる。
だけど、それに乗っかる連中は多かった。
「そうだ! たかが一度、失敗しただけではないか!」
「帝国とて被害は受けたはずだ!」
「我らはまだ戦える! 兵を集めなおせば―――」
次々と声が上がる。どれもこれも感情的なものばかりだ。
それらを、ロル子は冷ややかに切り捨てた。
「馬鹿馬鹿しい」
自身の金髪をさらりと指先で払うと、周囲へ鋭い眼差しを巡らせた。
「愚かすぎて聞くに堪えませんわ。まだ戦える? でしたら、いますぐ御自分で戦場へ向かえばよろしいのです。兵を集めなおす? 何処に兵が残っていると仰いますの? 城下に目を向ければ、誰も彼もが疲弊しきっているのがすぐに分かりますわ」
子供の言葉に、大人の貴族たちがぐうの音も出ない。
全員、頭ではもう勝ち目がないのは分かっているんだろう。
だけど降伏したところで、彼らは命の保障すらない。
感情としても帝国憎しで、どうにもならないところまで追い込まれている。
だから、暴挙にも出ちゃうよね。
「だ、黙れ! 子供になにが分かる!」
一人の貴族が動いた。
手を振って、その指先に魔力の輝きを灯す。
その時点で、ボクが対処すれば毛針の百本くらいは撃ち込めた。
だけど手出しはしない。
今回は最低限の護衛のみに留めると、ロル子と約束していた。
「“半身欠け”が偉そうに語るな! こうなったら貴様を人質に―――」
蛇型の使い魔が、ロル子に襲い掛かる。
なかなかに素早い。寝惚けたアルラウネくらいだったら掴まえられそうだ。
だけどその牙は、ロル子の障壁に弾かれた。
「先程から、半身半身と喧しいですわね」
障壁を張ると同時に、ロル子は別の術式も組んでいる。
細い指先から雷撃が放たれて、蛇型使い魔の主を貫いた。
「わたくしに言わせれば、使い魔に頼ってようやく一人前の方が恥ずかしいことですわ。それこそ一人立ちできない子供ということですもの」
雷撃に貫かれた貴族は、そのまま倒れて全身を痙攣させる。
放っておいたら死にそうだ。
だけど周りの貴族たちは、呆気に取られて助けようともしない。
ロル子も、もうそちらを気に留めていなかった。
「大人だと言うなら、実力を示したら如何ですの? まとめてお相手いたしますわ」
挑発というより、宣戦布告だ。
貴族連中からすれば訳の分からない状況だろう。
彼らの頭の中では、帝国は“外来襲撃”で弱っているはずだった。
だから今回の戦争は、確実に勝てると思えていた。
けれど蓋を開けてみれば、あっさりと敗退。軍は壊滅。立てなおす余裕もない。
焦ったところに、王城への乱入者だ。
その乱入者は、人質として切り捨てたはずの自国貴族ときている。
状況を把握するだけでも精一杯なんだろうね。
だから、目の前の単純な事実に意識が向く。
子供から馬鹿にされた、という事実に。
「ふ、ふざけるな! 子供になにが出来るというのだ!」
「帝国の後ろ盾があるからと偉そうに!」
「もう我慢ならん! 魔術師としての格の違いを思い知らせて―――」
一人の貴族が怒りを爆発させると、次々と他の者も続いた。
光弾や炎弾、氷の槍、風の刃なんかがまとめてロル子に襲い掛かる。
多少は魔術師として才能があっても、子供なんてひとたまりもない。
そんな集中攻撃だ。
でも、ロル子は涼しい顔をしていた。
「単純な術式ばかり。芸がありませんわね」
対魔法障壁が、すべての攻撃を受け止めていた。
伊達に『英傑絶佳』の才能を持っていない。
しかもロル子は、帝国に送られてからも腐らずに研鑽を続けていたそうだ。
さらに、特製の戦装束にはいくつも魔石が仕込んである。
その魔石を介して、ボクが溜め込んだ魔力を存分に使えるようにもなっていた。
もちろん、大人の熟練魔術師に劣る部分もあるだろう。
だけど攻撃が来ると分かっていて、防御に専念すれば、身を守るのは簡単だった。
「わたくしは帝国で、騎士の方々からも戦い方を学びましたわ」
障壁を維持しながら、ロル子は杖を構えた。
軽くて硬いだけの、ただの木の杖だ。
貴族連中の攻撃が途切れると、ロル子は勢いよく床を蹴った。
一気に相手の懐へ飛び込む。
まとめて撃ち込まれた魔法が、ちょうど目眩ましになったというのもあった。
なにより、魔術師同士での接近戦を、相手はまったく考えていなかった。
ロル子は大きく杖を振り下ろして、まず一人目の頭をカチ割る。
続いて、二人、三人と。瞬く間に戦闘不能にしていく。
そこからはもう一方的だった。
障壁を張って身を守ろうとする貴族もいたけれど、あっさりと打ち砕かれる。
咄嗟に杖を掴み止めようとした相手は、その腕と顎を粉砕された。
ロル子が振るう杖の先には、抗魔術式が一点集中で発動されていた。
まさに魔術師殺しと言えるような戦い方だ。
公国貴族は魔術に傾倒しすぎていて、剣を扱える者は少ない。
この場でも、ロル子に対抗できる者はいなかった。
そうしてほとんどの者が、頭を割られ、悶絶し、倒れ伏して―――、
「ま、待て、ヴィクティリーアよ! 話し合おうではないか」
残ったのは、国王オスヴァルトスのみとなった。
「話し合う? それは、帝国への降伏を認めると受け取ってよろしいですわね?」
「う、うむ、そうだな。そう受け取られても仕方ないと思うが……」
オスヴァルトスはじりじりと後ずさりする。
ちらり、とボクと一号さんの方も窺った。
そして、オスヴァルトスの足下で一匹の使い魔が動いた。
大きなトカゲに蝙蝠みたいな羽根の生えた魔獣だ。
「儂はまだ死ぬわけにはいかぬ。だから……喰らうがよい!」
トカゲ魔獣の眼が光る。魔眼だ。
赤黒く禍々しい光が、部屋全体を包み込むように広がった。
「くははははっ、油断したな! この『石化の魔眼』を喰らっては一溜まりも……」
まあ単純に耐えることも出来ただろうけどね。
でも石化の発動直前に、こっちの『静止の魔眼』を使わせてもらった。
ボクたち以外の時間を止めて、位置を入れ替えた。
つまり―――、
「……哀れですわね」
「なっ……何故、無事でいられる!? それに、儂の使い魔が目の前に……っ!」
オスヴァルトスが蒼褪めた顔をする。
手足の端、体のあちこちが石化していた。
自分の使い魔の魔眼だからって、その効果はもう打ち消せない。
ボクの魔眼もそうだった。
『死毒の魔眼』とか、取り扱い超注意だったからよく覚えてる。
全身が石化するほどじゃないけど、オスヴァルトスはもう満足に動けない。
治療術は有効だろうけど、そんな暇は与えないよ。
「助かりましたわ。わたくし一人では危ないところでした」
『構わない。一応、使い魔候補だし。それよりも、この人たちはどうする?』
「そうですわね……やはり、帝国へ引き渡しますわ」
杖の先をオスヴァルトスへ向ける。
軽く肩をすくめたロル子は、その額をそっと突いた。
オスヴァルトスは小さな悲鳴を上げて倒れ込む。
石化した腕の一本が割れたけれど、命には別状なさそうだった。
「この方が、仮にも王だったと思うと悲しくなりますわね」
ひとつ溜め息を吐くと、ロル子は背筋を伸ばして室内を見渡す。
もう逆らおうとする者は一人もいなかった。




