09 金髪縦ロールはくじけない
港街からボクのいる本拠までは、一本道で繋がっている。
ボクだけならいつでも空を飛べるから、道なんて必要なかった。
だけどいつか使うかも知れないし、ちょうどいい機会なので整備しておいた。
その道を馬車が進んでくる。帝国からの使節団だ。
「シェリー殿と同じ馬車に乗れるだけで、私の心は喜びに打ち震え……」
「そういえば、本拠の方へお招きしたのはルイトボルトさんだけでしたわね」
「え、ええ……あの時に同行した者たちは、いまは帝都におりますし」
さらりと褐色騎士さんは無視されている。ルイトボルトさんから哀れみの眼差しが注がれた。
しかしこの人、まったく諦める気配がない。
兄として、どう対処しよう?
妹が欲しかったら俺を倒してみろ!、とか言うべきなのかな。
他への対処を考えるのに手一杯で、彼のことは頭から抜け落ちてたよ。
まあ、なるようになるか。
勇者組二人は、別の馬車に乗っている。
未だにこの二人の目的は見えない。
ボクが転生者かどうか確かめるなら、他の人に頼んでもいいように思える。
身内だけにしたら重要な秘密でも漏らさないかと思ったけど、当たり障りのない会話しかしていなかった。
あとは縦ロール幼女か。
ルイトボルトさんが臨時の保護者なので、十三号の馬車に同乗している。
だけどあまり話に入ってくる様子もなくて、しきりに外を窺っていた。
「森ばかりでしょう? 何か気になるものでもございましたか?」
「あ、いえ……魔境と聞いていたもので、失礼ですが、もっと魔獣が多いのかと」
「この辺りは兄が目を光らせておりますから安全です。ですが、他の地域は皆様が想像されるような状態で、正しく魔境と言っても過言ではありません」
だから迂闊に出歩くな、と十三号が釘を刺す。
脅す必要はないと思うけど、下手な行動をされて騒ぎになっても困るし。
「ベアルーダ種と言いましたか。確かに珍しい魔獣ではあるようですが、この魔境で探すのは困難でしょう」
「ですが、バロール様の城で見たと、ルイトボルト様が……」
十三号は黙って首を振る。
そうそう。返答に困った時は曖昧に誤魔化す作戦でいこう。
上手く勘違いしてくれる時もあるし。
「シェリー様のお気遣いはありがたく存じます。ですが、わたくしは命を賭してでもあの子を探し出さねばならないのです」
「何故、そこまでなさるのですか?」
十三号の問いに、今度は縦ロール幼女の方が微笑で答えをはぐらかす。
むぅ。やっぱりこの子、随分と大人びている。
命を賭してとか、そこらの子供が口にする言葉じゃないしねえ。
そう言った時の目も、完全に本気のそれだったし。
ほんと、どうしよう。
今更使い魔になるつもりはないけど、下手な誤魔化しをするのも楽しくなさそうだ。
屋敷のエントランスホールで使節団を出迎える。
帝国貴族の作法も急いで勉強したので、それなりに形にはなっていたはずだ。
まあ、相変わらず言葉は魔力文字で伝えるしかないけど。
『帝国からのお客人を歓迎する。私がこの島の主、バロールだ』
その魔力文字や、黒甲冑姿の所為でもないだろう。
勇者組の二人が、ボクを見て明らかに顔色を変えていた。
警戒を深めたような表情だ。
良い印象、って風ではなかった。
もしかしたら、ボクの戦闘力やカルマを感じ取ったのかも知れない。
神官とかになると、そういうのに敏感な可能性はあるのかな。
そこらへんの知識も仕入れておけばよかった。
だけど一番はっきりと表情を変えたのは、縦ロール幼女だった。
『どうかしたか?』
「……貴方は……あ、いえ……」
瞬きを繰り返して、随分と戸惑っている。
その理由は、なんとなく察せられた。
「バロール様、是非とも二人きりで話し合いたいことがあります」
『分かった。大まかな事情はシェリーから聞いている』
ルイトボルトさんたちが目を見張っている。
子供との話を優先するなんて、ちょっと有り得ないことなんだろうね。
でも構わない。
こっちを先に決着させた方が、後の事柄もすんなりと片付きそうだし。
ボクがこの世界に来た時からの因縁でもある。
そろそろ真剣に向き合ってみよう。
応接室で、ロル子と向き合う。
うん。いつまでも金髪縦ロール幼女って呼ぶのも面倒なので略してみた。
酷い呼び名だとか、本名どこいったとか、そういうツッコミは受け付けない。
まあ、さすがに本人に伝えるつもりはない。
頭の中で呼ぶだけなら構わないでしょ。
『話というのは、使い魔についてか?』
ソファに腰掛けて、いきなり本題に入る。
ロル子の方も、すぐに話を切り出したい様子だった。
「はい……少々、突拍子もないことを申し上げますが……」
『俺から、使い魔の気配を感じるか?』
「っ……!」
息を呑んだ表情は、肯定したのと同じだ。
やっぱり『使い魔候補』っていうだけあって、繋がりがあるみたいだね。
ロル子がこの島に着いてから、魔力の糸みたいなものをボクも感じていた。
「やはり、そうなのですか? バロール様は、実は魔獣で、いまは人の姿になっている……? いえ、その甲冑は姿を隠すもので、魔獣のまま……?」
『落ち着いて考えてみろ。そんなことが有り得ると思うのか?』
「わたくしも非常識な考えだとは思いますわ。ですが、魔術刻印の反応が……」
『魔術的なものだ。誤魔化しようはある』
ボクが当然のように告げると、ロル子ははっと目を見開く。
よし。思いつきだったけど通用した。
魔獣が器用に言葉を操るっていうよりも、こっちの方が受け入れ易いでしょ。
ってことで、しばらくはこの方向で押し通してみよう。
『しかし安心して構わない。その使い魔は、こちらの庇護下にある』
「では、やはりこの島に……会わせていただくことは叶うのでしょうか?」
『会って、どうするつもりだ?』
強引に、正式な使い魔とするつもりでは―――、
その点を、ボクは最も危惧している。
主人と使い魔がどういった関係になるのか、詳しくは知らない。
もしかしたらだけど、絶対服従なんてことになったら困る。
まあ、ロル子なら酷い扱いはしてこないだろう。
そうなった場合にも抜け出せる自信はある。
むしろ、ロル子の方が頭を抱えるんじゃないかな?
だってほら、ボクって色々とやらかしちゃってるし。
帝国軍を蹴散らしたり、公国の王子を泣かせたり、死獄結界を張ったり―――、
どれも真っ当な事情があってのことだけどね。
それでも子供が抱え込むには難しい問題もあるんじゃないかなあ、と。
だけど、どうやらボクの杞憂だったみたいだ。
「どうするかは、あの子次第ですわ」
透きとおった声で、ロル子はきっぱりと宣言した。
話をしている内に戸惑いも過ぎたらしい。
ボクを見つめる瞳には、大人びた鋭い輝きが戻っていた。
「わたくしを主人と認めてくれれば嬉しいですけど、それもあの子の意思次第です。行方不明にしてしまうような、情けない主人ですから……」
それに、とロル子は目を細める。
くるくると指先で髪を弄るのは、気分が沈んだ時の癖らしい。
微笑んではいたけれど、どことなく儚げな表情だった。
「魔獣についても知識不足でしたわ。この城砦には、人の街のように魔獣が暮らしていて……あの子にとっても安全な場所なのでしょう。驚いたのは確かですけれど、保護していただいたバロール様には、心から感謝しております」
綺麗な髪を揺らして、静かに頭を下げる。
ボクが想像していたよりも、ずっと真剣に心配してくれていたと伝わってきた。
……こういうの、苦手なんだけどなあ。
「これでわたくしも、心置きなく戦場へ向かえますわ」
今度はボクが驚かされる番だった。
戦場って、どういうこと?
儚い微笑どころか、悲壮感たっぷりの表情に見えてきたんですが?
『戦場、とは?』
「帝国の状況はご存知でしょう? 各国が次々と領土を奪おうとして……その中にはわたくしの祖国である、リュンフリート公国もあるのです」
だから公国のために戦う、って感じじゃないね。
むしろ逆か。いまは帝国に居るワケだし。
「これまで公国は、帝国から様々な恩恵を受けて参りました。その恩を忘れ、相手が弱ったからと剣を向けるなど許されません。不義は正さねばならないのです」
『だからといって、戦場に立つ必要はないのでは?』
「いいえ、貴族とは先頭に立って剣を振るう者です。わたくしには、その誇りがあるのですわ」
……なんか、本当に凄いね。
子供なのに覚悟している。その意志が凄い。
どれだけ不利な戦場に立たされても、彼女なら一歩も退かないと思える。
「ですので、あらためてお願い致しします。あの子に会わせてくださいませ。これから共に歩むにせよ、別れるにせよ、直接に意思を確かめたいのです。それが、ひとつの魂を召喚した者として最低限の務めですから」
ああもう。まったく。本当に真っ直ぐな子だ。
良い家に生まれたんだから、もっといい加減な生き方だって出来るはずなのに。
ボクのことだって忘れてくれても良かったんだよ。
召喚されたのだって、なんとも思っていないんだし。
だけど、まあ―――こういうのも嫌いじゃない。
『分かった。会うよ』
魔力文字で告げて―――パカリ、と。
黒甲冑を開くと、ボクはその姿を晒した。
「は……?」
ああ。やっぱり驚いてる。
『ひさしぶり』
毛先を丸めて振ってみる。愛想よく、気さくな感じで。
ロル子はぱくぱくと口を上下させて、面白い顔を見せてくれた。




