02 一夜が明けて
妙な温かさと息苦しさで目を覚ます。
視界に入ってきたのは、見慣れない風景だ。いつもの寝室とは違う。
そういえばエルフ領に来たんだっけ、と思い出す。
そこで謎が解けた。
息苦しさの正体は銀子だ。力いっぱい抱きついてきてる。
ボクから離れようとしなくて、昨日は一緒のベッドで寝たんだった。
野外生活をしていた頃も似たようなことがあったね。
あの時は抱き潰されるかとも思ったけど、いまはなんてことない。
ボクも随分と頑丈になったものだ。
「おはようございます、ご主人様」
部屋の端に控えていた一号さんと挨拶を交わす。
その手の上では小毛玉が撫でられているけど気にしない。
それ以外はいつもの完璧メイドさんだし、問題ないでしょ。
竜軍団を片付けて、傷ついた人々を治療した後、ボクはそのまま休むことにした。
急いで海を渡って、竜軍団と戦って、さすがに疲れたからね。
まだ何が起こるか分からないので、余裕を持っておいた方がいい。
長老が住む屋敷には客間もあったので、そこを使わせてもらった。
獣人製だっていうベッドは、御座を低く吊るしたような形だ。
広くて弛みの少ないハンモックみたいなものだね。
新鮮で、悪くない寝心地だった。
まあ毛玉であるボクは、何処でだって眠れるんだけど。
そっと銀子を押し離して、ベッドから浮かび上がる。
んぅぅ、と銀子が眉を揺らしたので、小毛玉をひとつ残しておく。
銀子はまた静かな寝息を立てはじめた。
「……ご主人様は、随分とその子を気に掛けておられるのですね」
『そんなことないよ』
まあ無事に再会できたのは良かったと思うけどね。
特別に嬉しいとか、そういうのはない。
銀子にしたって同じようなものでしょ。
『それより、今日は異界門まで案内してもらえるんだよね?』
「はい。エルフ族と獣人族の長老御二人が、同行してくださるそうです」
それと、と一号さんが追加する。
「ご主人様がお休みの間に、例のアナウンスがあったようです」
『例の?』
魔力文字で問い返してから、ああ、と思い至る。
システムメッセージか。
メイドさんには聞こえないはずだけど、他の大勢には届いたから分かったらしい。
『外来襲撃に関するメッセージかな?』
「肯定です。外来襲撃の終息と、緊急守護システムの停止が宣言されたそうです」
そっかあ。聞き逃したのは勿体無い気もするね。
そう何度も起こる出来事じゃないはずだし。
…………起こらないよね?
いや、ほんとに。フラグとかじゃなくて。
ともかく、終息宣言は喜んでいいと思う。
それに信じてもよさそうだね。けっこうな数の竜が倒されたはずだから。
もう世界の危機は去った、と。
『この島の人たちは、とりわけ喜んでいそうだね』
「昨夜は、大声で騒ぐ者などもおりました」
戦いの後だったし、テンション上がってそうだ。
でもその騒ぎで起きないボクって、どうなんだろ?
自分の拠点じゃないんだし、危機感が足りなかったかも。
「ご心配には及びません。ご主人様の安眠を妨害する者は、黙らせておきました」
なにやってるの!?
え? 黙らせたって、一生じゃないよね?
一号さんの無表情からすると、有り得そうなんですが。
「黙らせた方々から献上品もいただいております。今朝は、それらの品々で朝食をご用意いたしました」
よし。気にしないでおこう。
きっとなにかすごく平和的なことが起こったに違いない。
山の幸やら海の幸やらが食卓には並んでいた。
調理も、ボクが寝ている間に済ませてくれたらしい。
桃っぽい果実とか、山菜のサラダとか。
白味魚を揚げてパンに挟んだものだとか。
初めて味わう調味料や、野菜をたっぷり煮込んだソースなんかもあった。
朝から贅沢だ。
たいへん美味しくいただきました。
ただそれでも、ちょっぴり気になりもする。
『この島、大変な時じゃないの? 復興とか』
竜軍団は退治したけど、かなりの被害は出たはずだ。
治療が間に合わない人どころか、死体すら見つからない人だっていた。
なのに、こんな贅沢してていいんだろうか?
「恩人殿に礼を尽くせんほどは追い込まれておらん。気になさるな」
「まあ恩人と言うよりは恩毛玉だがのう。どちらにせよ、おぬしは祀られてくれていればいいさね」
同席した長老二人はそう言って笑っていた。
なんだか困ったような苦笑だったけど、その意味はすぐに知れた。
屋敷の外に出ると、小さな祠が作られていた。
急いで建てたらしい木造の祠で、内側の台座には黒い毛がもさっと置かれている。
ボクの毛だ。
どうやら、毛針として使ったのを拾って集めたみたいだ。
その妙な祠の前には、まだ朝も早いのにエルフや獣人たちが何人も集まっていた。
「おお、お毛玉様じゃ」
「本当に禍々しい……どうか我らを祟ってくださいませぬよう」
「何卒、お静かに過ごしてくださいませ……」
祀られるって、こういうことか!
いつの間にか祟り神にされてるよ。
そういえば、エルフたちは自然を信仰しているとか聞いたような気がする。
精霊とやらと交信も出来るんだっけ? シャーマニズム?
とにかく、こういう信仰形態にも馴染みがあるみたいだ。
それにしても、禍々しいとか祟るとか……、
侮辱されている訳じゃないから怒る訳にもいかない。複雑な気分だ。
とりあえず、祠には小毛玉をひとつ置いておく。
皆が一斉に頭を下げて祈りはじめた。
うん。放っておこう。
『帰る時には、偵察用毛玉を置いておいて。黒く塗ったやつで』
「承知いたしました。色艶のよいものを用意いたします」
冷ややかに答える一号さんだけど、心なしか誇らしげだ。
祟り神とか、意味分かってるのかなあ。
あんまり喜べることでもないと思うんだけど。
「さて、儂らとしてはこのまま祠に住んでもらってもよいのじゃが」
「そろそろ異界門まで案内するさね」
長老二人に促されて、ボクと一号さんは後に続く。
向かうのは島の北側だ。
外周にあたる深い森を抜けるので、少々の時間が掛かる。
だけど案内役の二人は老人とは思えないくらいに健脚で、ボクと一号さんは空から行くのでまったく問題にならない。
それと、妙な光が長老たちの周りを舞っていた。
魔力に似た色の輝きだ。
だけど、もっと淡い? 時折明滅していて幻みたいにも思える。
雪が光ってるみたいな?
ん~……? 魔力による身体強化も使ってるみたいだけど、また別の力っぽい?
もしかして精霊魔法ってやつかな?
たしか、ほとんどの人間には精霊は見えないとか、何かの本で読んだ。
でもエルフや獣人にはハッキリと見えて、その力を借りる魔術が得意だとか。
「おぬし、もしや見えておるのか?」
なんか中二っぽい台詞をエルフ長老が投げてきた。
でもまあ、冗談じゃないみたいだ。
『ぼんやりと。これが、精霊?』
「うむ……精霊たちも、おぬしに感謝しておる。怯えてもおるがのう」
また怖がられてるのか。なにか手出しした訳でもないのに。
でもスキルに『精霊の加護』とかあったような。
ちょうどいいし、色々と聞いておこう。
『精霊のこととか、教えてもらえる?』
「ふむ……まあよかろう。ただ走っているのも退屈じゃからのう」
少し考えてから、エルフ長老が語り出す。
基本的な精霊に関する知識とか。その力を借りる手法とか。
悪戯好きの精霊もいるから気をつけた方がいいとか。
なんかイメージとしては、妖精の方が近いのかな?
でも見え難いって部分は幽霊っぽい?
そんな話をしている内に、やがて森を抜けた。
視界が明るくなって、大きな岩の連なる海岸が目の前に広がる。
一見すると、海流が激しいくらいで珍しい風景ではないけれど―――、
『辺り一帯に、魔力が流れてる? 大掛かりな魔術?』
「ほう、すぐに見抜くか。さすがじゃのう」
岩場のひとつへとエルフ長老が跳んで、足下に手をついた。
キツネ長老もまた別の岩に向かって、手をついてそこへ魔力を流す。
二つの魔法陣が浮かび上がると、そこから白い靄が溢れ出した。
「幻術で隠していたという訳ですか」
一号さんが呟く間に、辺り一帯は白く覆われていた。
霧に覆われたような光景だけど、それもやがて晴れていく。
薄っすらと霧が残っているのは、そもそも冷えきった場所だからだろう。
「あたしらの父祖が命懸けで戦い、封印したのさね。少しは敬意を払っておくれよ」
現れたのは、氷山のようなもの。
絶え間なく押し寄せる波も、そこに近づくと凍りつかされている。
なにもかもを凍えさせる封印の中、巨大な異界門が聳え立っていた。
ん~……とりあえず、一撃を叩き込んでみる?




