20 帰還と、新たな情報
土くれで作った円盤を飛ばす。
ボクの世界だとフリスビーと呼ばれるものだ。
そのままだと重いので、重力魔術で軽くしてある手の込んだ玩具だ。
追い掛けるのは黒狼と、竜人幼女。
他の子供、幼ラウネや幼ラミアたちも周りで遊んでいる。
『難しいかとも思ったけど、すっかり馴染んでるね』
「ご主人様の威光によるものかと判断します」
ボクはただ彼女を拾っただけ。
ちょっぴり泣かせはしたけど、ほとんど躾なんかはしていない。
この拠点に戻ってくるまで、一号さんに散々叱られたのが効いたみたいだ。
根は素直なんだろうね。
外で魔獣を見つけると、すぐに齧りつくような狂暴さも持ってるけど。
ともかくも、もう放っておいても大丈夫そうだ。
『大陸はまだ混乱してる?』
「はい。各地で竜による被害が拡大しております。ですが魔族領では、また別の状況も出てきているようです」
『別の状況って?』
「竜の排除は、ほぼ完全に成功しております。しかし魔族領の中央では被害も出ており、その混乱に乗じて……」
なにやら深刻な話のようだった。
だけどその深刻さも一切無視して、元気一杯の声が割って入ってきた。
『毛玉ぁ、もう一度投げろ! 竜が狼に負けるなど認められんのだ!』
竜人幼女が唇を尖らせて駆け寄ってくる。
フリスビーを咥えた黒狼も一緒だ。
『空飛べば勝てるんだから、ムキにならなくてもいいのに』
『我は竜だぞ! 地上だろうと空だろうと、すべて制覇せねばならんのだ!』
勝手な理屈を述べながら、竜人幼女は黒狼を撫でる。
抱きついて、頬擦りして、存分にモフっている。
黒狼は迷惑そうに目を細めていたけど、為すがままになっていた。
騒々しい子供だけど、喧嘩するよりはいいか。
もう一度フリスビーを投げてやってから、ボクは屋敷へ戻ることにする。
『大陸が落ち着くまでは、やっぱり時間が掛かりそう?』
「推測ですが、少なくとも半年は、各国が竜の対処に追われるかと」
あるいは、異界門が残っていたら状況は違ったかも。
残った竜の群れも、元の世界に逃げ帰れたんだから。
だけど援軍が来るかも知れなかったし。
システムさんだって”星降らし”とかで門を壊そうとしてたし。
いまの状況は、ボクとしては望ましい。
でも大陸の人達にはちょっぴり同情する。
外来襲撃が完全に終息するのは、もう少し先になりそうだ。
大陸での竜騒動とは裏腹に、この島は平穏が保たれている。
魔境とか呼ばれてるのに。皮肉なものだ。
ちょこちょこと拠点に寄ってくる魔獣はいるけど、ラミアたちをはじめ、迎撃部隊が活躍してあっさり仕留めてくれる。
おかげでボクは、ごろごろする生活に戻れた。
いや、以前よりも充実した怠惰生活だね。
何もせずにベッドで転がってるだけじゃない。
転がりながら、電子書籍みたいなもの、に目を通していく。
メイドさんたちが作ってくれた魔法道具だ。
枕サイズの鉄板に、複雑な魔術式が組み込まれて、様々な映像を呼び出せる。
大型のスマホ、と言うほど高機能じゃない。
茶毛玉を通した映像や、幾つかの記録しか見られない。
だけど暇潰しには充分だ。
大陸の各地に潜入した茶毛玉のおかげで、色々な本の写しなんかも読める。
どうやって本の写しなんか取ったのか?
それはまあ、各地にある図書館とかに高性能茶毛玉が忍び込んで。
夜中とか、人がいない時間帯にちょこちょこっと。
とある図書館では、夜中にうろつく毛玉が噂になっているとか。
多少の情報漏洩は仕方ない。
これまでも見つかって撃ち落とされた茶毛玉はいたからねえ。
それ以上の収獲があったんだから良しとする。
いまボクが目を通しているのは、過去の外来襲撃に関する史料だ。
本当ならもっと前に読みたかったんだけど、予定よりも襲撃が早かったのが悪い。
だけど史料からすると、外来襲撃の予定がズレるのは珍しくないらしい。
だいたい十日前後はズレてる。
それでも三十日以上も早かったのは記録にない。
何百年も前に起こったのもあるから、何処まで正確かは分からないけど。
それよりも、過去の敵や、こちらの世界の戦いぶりが気になっていた。
システムさんや勇者頼りな部分はあるけど、人類も奮戦していて―――。
「ご主人様、お時間をいただけますか?」
声を掛けてきたのは一号さんだ。
ボクは画面に向けていた視線を上げて、話を聞く姿勢を取る。
「先日、リュミリスより聴取した異界門に関する話です。彼女が知っていた儀式や唄、そこには魔術式にも似た効果が隠されていると判明致しました」
『つまり、異界門が開けるってこと?』
「いえ。残念ながら、そこまでは至っておりません」
んん? どういうこと?
なんだか複雑な話になりそうかな?
「推測ですが、儀式や唄だけでは部品が足りない形になるようです。龍神とやらがそれを埋めるのか、他に要素があるのか、不明な部分が多々あります」
ん~……例えるなら、扉を開く鍵のパーツが少し手に入った、ってこと?
小さな一歩ってところかな。
そういえば、メイドさんたちは元々、故郷である異世界へ帰るための研究にも使われていたんだっけ。
その研究からの積み重ねもあって、今回の結果が得られたってことか。
でも、まだまだ異界門を操るのは難しそうだ。
あんまり期待はしてなかったから、進展があっただけでも喜ぶべきかな。
『竜力ってのは、何か分かった?』
「恐らくは魔力に似たものかと。代用は可能だと推測します」
あくまで推測か。
分からないことだらけでも、それも仕方ないね。
そもそも自分で異界との扉を開くなんて、これまでは考えもしなかった。
「いま以上の情報を得るためには、やはり開いている異界門の調査が必要かと」
『それは、完全に消滅させちゃったからねえ』
破片くらいは残ってるかも知れないけど、死獄結界の中だ。
あそこに踏み込んで調べられるものじゃない。
消し去る前に茶毛玉で潜入はしていたけど、詳しい調査は無理だった。
メイドさんが直接に近づければ違っただろう。
だけど現状では、次の外来襲撃を待つしかない。
何十年か、あるいは百年以上も先になるかも知れないけど―――。
そこまで考えて、ふと思い出した。
『ひとつ残ってるんだっけ? 開いたままの異界門が』
「はい。二百年以上も前のものですが」
年代はあまり関係ないんじゃないかな。
同じ技術が使われているかも分からないし。
それに、いまも”開いてはいる”けど、”解放はされていない”。
氷漬けにされているはず。
「よろしければ、調査の検討をお願い致します」
一号さんは調べたいみたいだけど、どうしようかな。
それがある場所も問題だ。
史料によると、エルフ領にあるんだよねえ。
近づくだけでも、ボクなんかは真っ先に攻撃されそうだ。
『考えておく。でもあんまり気乗りしない』
「承知致しました」
食い下がるでもなく、一号さんは静かに一礼する。
折角の提案だけど、機会はずっと先だろうね。
興味が無い訳じゃない。
エルフと獣人が同居してる島って話だし、見てみたいとも思う。
だけど偵察だけなら茶毛玉でもできる。
だからしばらくは、ボクが直接に訪れる事態はないはず―――。
そう思っていたんだけどね。
三日後、新たな情報が入った。
エルフ領に、敗走した竜軍団の一部が向かっている、と。




