04 カウントダウン:60日
《外来襲撃まで残りおよそ60日です。万全の備えをしてください》
製品開発って、普通は大型の物から始まって、小型化していくものだよね。
でも一号さんが見せてくれた茶毛玉は、最初から手乗りサイズだった。
そこらへん、どうなんだろう?
尋ねてみると、一号さんは平然として答えてくれた。
「大型の物では、偵察の際に目立ってしまいますので」
あ、はい。尤もですね。
きっとそういった問題をクリアしての試作品だったのだろう。
そんな遣り取りの後、茶毛玉を空へと放った。
十個の茶毛玉が、別々の方向へと飛んで行った。
あくまで試作品で、偵察用の魔法装置なので、飛行能力は限定されてる。
航続距離は長くても速度は出せない。
海を渡って大陸まで辿り着くのに、およそ十日も掛かった。
ボクが飛んだ時には三日と掛からなかったので、単純に考えると三分の一。
茶毛玉には休憩時間が無いのも考えると、もっと遅いことになる。
その点は、今後の改良に期待しよう。
だけどこの茶毛玉、現時点でもかなりの高性能だ。
『音を集める機能も、ある?』
「はい。天候などにも左右されますが、空から街の声を探れる程度には調整してあります」
映像と音の送信は、念話と魔導通信機を参考にしたそうだ。
ほとんどノイズもなくて、綺麗な映像が確認できる。
消費する魔力も、転送によって補充できるので長期稼動が可能。
「送られた映像などを記録する装置も開発中です」
いまはまだ、リアルタイムでしか見られない。
それでも十分だ。
『大成功だと思う。改良にも、期待してる』
「ありがたく存じます。今後の課題としましては、さらなる小型化と、隠密性の向上でしょう。現状では魔力反応で察知される可能性も高いのです。より偵察に適したものするべきかと判断します」
頷きながら、ボクは空中に浮かんでいる映像を眺める。
海を渡って大陸を目指した茶毛玉は六個。
魔境の各所に散らばったのが四個。
合計で七個の映像が浮かんでいる。
数が合わないって?
それは、海を渡る途中で撃墜された茶毛玉が三つあったから。
どうやら鳥とか、飛行する魔獣にやられたらしい。
今更だけど、ボクは鳥と縁があるね。
敵になったり味方になったり、関係は様々だけど。
幸い、今回はファイヤーバードみたいな大型で危険な魔獣は確認されなかった。
あんなのは、そうそういないと思う。
本当に。フラグとか要らないから。
ともあれ、一部の事故を除いて、茶毛玉は順調に働いてくれている。
ひとつの映像に、ボクは注意を向けた。
『この街は、随分と大きいね』
「恐らくはゼルバルド帝国の首都かと思われます。大陸の西側半分ほどを領有する大国ですので、首都の賑わいもそれなりのものかと」
以前に見た、リュンフリート公国の首都の五倍くらいはありそうだ。
城壁だけでも、高さも厚さも倍以上はある。中央に聳え立つお城も立派だ。
街にも人が溢れているし―――。
『ここなら多くの情報が集まりそ―――』
う?
いきなり映像が真っ白になって、直後には消え去った。
「……申し訳ございません。どうやら撃墜されたようです」
『誰かに、発見された?』
「そうだと推察されます。直前の白い光は、魔術攻撃のようでした」
むう。残念。
大国の首都だけあって、警備も厳しいってことかな?
ちょうど高度を下げてたところだから、近づきすぎたのもマズかったのかも。
『さっき言ってたみたいに、隠密性が大切だね」
「はい。痛感致しました。幸い、わたくしどもには敗残者で逃亡者であった際の技術があります。改良は難しくないかと」
そういえばメイドさんたちって、元は地下で潜んでたんだっけ。
すっかり忘れてた。
まあ、改良が失敗しても構わない。
帝国の首都じゃなくても、他の適当な街を偵察してもいいだろうし。
なにせ茶毛玉は量産できるから。
「第二陣の映像も、ご覧になられますか?」
『うん。お願い』
ボクが頷くと、途端に三十ほどの映像が浮かび上がる。
そう。すでに茶毛玉の偵察部隊は、第五陣まで出発準備が整っていた。
総数は、およそ二百。
数ヶ月は稼動可能なだけの魔力も、専用の装置に貯蓄済み。
これだけあれば、拠点に居ながらにして大陸の情報も仕入れられるはず。
ほんと、メイドさんが味方でよかった。
それに茶毛玉だけじゃないからね。
あんまり頼りにはならないけど、情報の仕入れ先はもうひとつある。
拠点の北には街がある。
いや、正確に言うなら”あった”だね。
そこにいた人間は追い出されたから。
うん。他ならぬ、ボクが追い出したんだ。
街と言っても、兵士ばかりの砦みたいなもの。
あまり大規模なものじゃなかった。
千人以上の兵士が寝泊りできる宿舎は残ってるけど、全体としては閑散としている。
だけどそこの港はまだ使える。
そして、帝国からの大型船がやって来た。
『お久しぶりです、シェリー殿』
帝国騎士のルイトボルトさんも、使者の一人になっていた。
案内役を務めている。相変わらず、中間管理職的な立場らしい。
新しい使節団代表とかいう騎士もいる。中年の、温和そうな男の人だ。名前と顔は、メイドさんに覚えておいてもらおう。
あとは、船員と兵士が百名ほど。
こちらの代表は十三号。もちろん、シェリー・バロールとして出迎える。
で、ボクはその様子を、茶毛玉を通して覗いている。
部屋でゴロゴロしながら。
うん。面倒なので十三号に丸投げした。
礼儀としては、ボクが黒甲冑で出迎えた方がいいんだろうね。
だけどまあ、大した問題にはならないはず。
事前に、魔導通信で取引の内容も決めてある。
今回行うのは、簡単な物々交換だ。
こちらから出すのは、グドラマゴラの根やサンドワームの干し肉。
魔境産の果実や織物などもある。
まあ、帝国が一番欲しいのはグドラマゴラの根であるらしい。
木箱五つ分ほど用意したけど、これを材料に魔力回復薬を作ると、何百倍もの量になる。
”外来襲撃”に備えて是非、と言われた。
逆に、帝国側から譲ってもらうのは、食料になるものを中心とした種子類。
育てて増やすつもりだ。
あとは、お金も少しだけ。
単純な商売としての取引だと、こちらが完全に損をする形になってる。
大陸への偵察で、物価とかもある程度は把握できたからね。
それくらいは分かるよ。
だけどボクは商人じゃないし、お金を集めて喜ぶ趣味もない。
食べて、退屈を潰せるくらいのものがあれば充分だ。
だから、この取引の目的は二つ。
ひとつは、外来襲撃への備え。
外の世界からやってくるらしい侵略者を、帝国には頑張って撃退して欲しい。
どんな相手が来るか分からないし。
ボクが矢面に立つよりはきっと楽だろうし。
良く言えば、背中を支えるってことだね。
戦争では補給が何より大切だって聞くし、向こうも喜んでくれるはず。
まあ実際には、戦いが起こるかどうかも不確かなんだけどね。
ふたつめの理由は、余計な争いを避けるため。
この島でのんびりと暮らせれば、ボクはいまのところ満足できる。
安定して利益が得られる、と思えば帝国だってわざわざ攻め入って来ない。
合理的に考えれば、っていう条件は付くけどね。
帝国には、この島の主がボクだって認めてもらいたい。
そうなれば、無粋な連中が来た時に撃退する大義名分もできる。
そのための大盤振る舞いだ。
と言っても、余ってる物資を譲ったようなものなんだよね。
アルラウネに任せておけば、植物は驚くくらいの早さで育てられる。
サンドワームの肉だって、まだ食べきれないくらいに残ってる。
今更ながら、ボクのところの生産効率はおかしいと思うよ。
もっと人数が増えて、本気で食料生産に力を入れたら、大陸の経済を引っ掻き回せるかも知れない。
いや、やらないけどね。
物価の下落とか、理屈は分かっても細かい計算とかしたくない。
だから大盤振る舞いは今回だけ。
次の取引からは、適性価格で行うとも告げてある。
そういった方向で、帝国代表さんとの話し合いも順調に進んでいった。
ちなみに、十三号に一目惚れした褐色騎士も乗船していた。荷運び役として。
十三号を見るなり駆けつけてきたけど、
『おお、シェリー殿、相変わらず可憐であらせられる。いえ、さらに美しくなられた。このバルタザール、再会の時を一日万夜の想いで待っておりましたぞ』
『わたくしは貴方のことなど、今日まで忘れておりました』
バッサリと切り捨てられた。
ご愁傷様。
それでもまだ言い寄ろうとしてたけど、他の騎士に捕まって引き摺られていった。
うん。構う必要はないね。
いまは代表同士の話し合いに目を向けよう。
『実に良い取引ができました。我々としましては、今後とも同じように取引を行いたいですな』
『いえ。大きな戦いへの備えなど、必要無い方がよろしいでしょう』
代表騎士さんと十三号が握手を交わす。
互いに用意した品を確認して、ひとまず取引を終わったところだ。
いまは応接室に移って談笑してる。
こうして見ると、十三号はしっかりと貴族令嬢しちゃってるね。
『兄も、この島の安定を望んでおります。敬意を持って接してくださる方には、こちらも敬意を持って接すると言っておりましたから』
『左様ですか……私個人としましても、無為な争いは避けたいところです。しかし帝国には、どうにも面子に拘る者もおりますので、なかなか……』
婉曲な言い回しも自然に出てくるものだね。
分かり難いけど、要約すると、アレだ。
前回ボクに負けたから、面子が邪魔して領有は認められないよ、ってこと?
だけど前向きには動いてくれるのかな?
『ひとまずは、こっちの狙い通りかな?』
「はい。積極的に事を構えるつもりは無いようです。しかし警戒はすべきかと」
一号さんも、ボクの横に控えたまま映像を見つめていた。
どうやら同じ解釈みたいだ。
それはいいけど、どうしてここでボクを撫でるかな。
まるで問題に正解した子供を誉めるみたいに。
むう。ボクはそんなに出来の悪い子のつもりはないんだけどね。
ただ、怠けたいだけ。
あ、一号さんの眼差しがちょっぴり生温くなった気がする。
『ところで……やはりバロール殿には面会できませぬか? 少々お尋ねしたかったのですが……』
ん? なんだろ?
話を切り出してきたのはルイトボルトさんだ。
これまで補佐役に徹してきたのに。
ちょっと気になる。
ってことで、十三号に指示を出す。一号さんを介して。
『何でしょう? わたくしで答えられることかも知れません』
『この島の魔獣に関してなのですが……』
そういえば、こんな感じのテレビ番組があったね。
悪戯とかを仕掛けて、カメラ越しに指示を出すようなのが。
べつにボクは悪巧みをしてる訳じゃないけど、なんだかドキドキする。
『ベアルーダ種というのを、ご存知でしょうか?』
ドキリ、と胸が高鳴った。
いや、この毛玉体に胸があるのかどうかはともかくも。
ここでその名前が出てくる? なんで?
もしかしてボクの正体に気づいて―――。
いや、違うか。
言われてみれば、”彼女”は帝国に居るんだって思い出せたよ。
逆にこっちから尋ねておこう。
『その件は、もしや公国の御令嬢と関係しているのでしょうか?』
『っ、な、何故、それを!?』
ああ。やっぱり。
彼女はボクを探している。
その話が、ルイトボルトさんにも伝わった。
どういう経緯かは分からないけど、この島にいるかも知れないって当たりをつけたのかな?
んん~……どうしよう?
ボクの正体を教えるつもりはないけど、彼女の状況は気になる。
冷遇はされていないはず、とは聞いたけど、実際はどうなんだろ?
『ヴィクティリーア様とは、少々縁がありましたの。よろしければ、彼女の状況など聞かせていただけますか?』
『それは……』
ルイトボルトさんは言葉を詰まらせる。困ったような顔をした。
国の内情を話すのはマズイ、ってところかな?
それとも、もっとよくない状況になってる?
だけどボクの『使い魔候補』は、まだ消えていない。
ってことは、彼女も無事なんだろう。
だったら―――。
『彼女に危害が及べば、けっして許さない』
『っ……!』
シェリーが穏やかな雰囲気を一変させて、鋭く告げた。
代表騎士さんが、ビクリと肩を揺らす。
ちょっと剣呑な空気になっちゃったけど、これくらいは言っておいていいでしょ。
『幼い子供を害する国など滅んで当然。兄なら、そう仰るはずです』
え? あれ? そこまで言えとは指示してないんだけど?
まあ、いいか。
代表騎士さんが眉間に皺を寄せまくってるけど、きっと大丈夫でしょ。
『ははっ、帝国が滅ぶなど笑えない冗談ですな。その時は、この魔境も焼き尽くされているでしょう』
『そちらは冗談がお上手ですね。兄がいる限りは、たとえ天変地異を起ころうとも、この島は何者にも屈しません』
ギスギスしてる。
あ、ルイトボルトさんが胃の辺りを押さえてるよ。
あの人は本当に苦労性だね。
だけど、うん、あとは十三号に任せよう。
穏便に。平和的に。
基本の指示は守ってくれるはず。
”勇者”とやらの存在も気になるし、喧嘩なんてしたくないよ。




