伊東大蔵
翌日
私と土方サンは、近藤サンや永倉サンらと合流した。
日中、近藤サンや土方サンらは故郷の馴染みを相手に挨拶まわりをしていた。
百姓上がりの男が、今では御公儀に仕えている。
故郷に錦を飾るとは……まさに、この事だろう。
二人は次々に、私の知らない人と私の知らない話に花を咲かす。
それに同行していた私は、二人の……いや。新選組の皆の、過去に触れたような気分だった。
「今日はお前まで付き合わせちまって、悪かったな」
一通り挨拶まわりが終わると、土方サンは私にそう言った。
「いえ……私の知らない皆さんを知ることができて、嬉しかったです」
「そうか……」
土方サンはそう呟くと、小さく微笑んだ。
気付けば、既に日は傾きかけていた。
昨夜、平助クンが会わなければならない人が居ると言っていた。
今夜はその人らと吉原にて一席設ける予定だった。
私達は足早に吉原へと向かう。
女である私は、吉原の門で手続きを行い、通行書を受け取る。
島原では女性も自由に出入りできたが、吉原はこの通行書が無いと出入りできないというのが、何気に面倒な事だった。
平助クンに指定された見世に着くと、相手方を待つ。
「遅くなってしまい、申し訳ない」
その声に顔を上げると、平助クンと数人の男たちが立っていた。
「先生、こちらへどうぞ」
平助クンが先生と呼ぶその人は、女性かとも思える程の美しい顔立ちをしており、線の細い容貌から少々神経質そうにも思えた。
客人たちは、平助クンや近藤サンに促され席につく。
「近藤サン、こちらが伊東大蔵先生とその同志です」
平助クンは近藤サンに紹介した。
伊東大蔵
その名前に私は少し考える。
伊東、伊東……
あっ!
時期から推測するにこの人は、
伊東甲子太郎
なのだろう。
伊東一派が新選組に入隊し、その後に御陵衛士として新選組を脱退する。
直後
油小路事件にて伊東サンは暗殺される。
伊東サンだけではない。
平助クン……
彼もまた、この事件で命を落とす運命なのだ。
伊東サンが新選組に入隊してしまうのは、避けられない事だろう。
近藤サンと政治論議に花を咲かせる伊東サンを見て、そう思った。
ならば……
油小路事件
これを未然に防ぐか、御陵衛士の結成を防ぐかより他は無い。
試衛館よりの盟友を失わせたくはない。
「お前……何でそんな難しい顔してんだ?」
眉間にシワを寄せる私に、土方はこっそり尋ねた。
「般若みてぇな怖ぇ面して……折角の美人が台無しじゃねぇか」
土方サンは笑いながら言った。
「び……美人!? 私が!?」
思わず慌てる。
「ククッ……冗談だ」
「ひ……酷いッッ!!」
からかわれた事に、頬を膨らませた。
「それより……どう思う?」
土方サンは急に真剣な表情になる。
「どう……とは?」
「平助が連れてきた、あの先生とやらさ。近藤サンはすっかり心酔しきってるようだが……俺はどうも好かねぇな」
「しかし……あの方達が新選組に入隊する事は史実でも決まっていますし、近藤サンのあの様子ですと、それは避けられないと思います」
「そうか……だが、何か良くねぇ予感がすんだよな。俺の取り越し苦労なら良いが……」
土方サンはそう呟くと、杯を飲み干した。
その一言に、心がざわつく。
久坂サンを救うことは出来なかった。
だが
平助クンを救うことは出来るかもしれない。
運命の日まで、まだ時間はたっぷり残っているのだから……
宴の席がお開きになると、私達は吉原を後にした。
「いやぁ。平助は素晴らしい方を紹介してくれた。あれ程までに、この日の本を想う男がこんな所にくすぶっていたとはなぁ……」
帰り道、近藤サンは呑気にそう話していた。
私と土方サンは顔を見合わせると、思わず同時に溜め息をつく。
人を疑わず、どんな人でも受け入れる。
それが近藤サンの良いところではあるのだが……
佐藤邸に着くと、すぐに床に入った。
明日は、いよいよ和泉橋医学所へ行く。
近藤サンらに医学所まで案内してもらえる手筈だが、近藤サンらは武家伝奏坊城俊克の身辺警護などの仕事があるそうで、医学所には私一人で出向く事となっている。
不安はあるが、それ以上の期待感があった。
私の知識や技術が、大切な人を守る。
そう信じて、眠りについた。




