表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
第16章 江戸へ
96/181

夕餉


 私と平助クンが佐藤邸に戻る頃には、すっかり日も暮れていた。


 土方サンはまだ戻って居ないらしい。


 仕方なく土方サン抜きで、私たちは夕餉を頂いた。





「土方サン……帰って来ないね」


 私は思わず呟いた。


「まぁ、隣村だからな……行き来するのにも時間が掛かるだろ」


「そっか」


 食欲が湧かず、箸が進まない。


「平助クン……食べる?」

 

「何だ、食いたくねぇのか?」


「うん……でも、残すのは申し訳ないから」


「仕方ねぇなぁ……食ってやる」

 

 そう言うと、平助クンは私のお膳をたいらげた。


「ありがとう」


 夕餉の後片付けを手伝い、あてがわれた部屋に戻る。


 平助クンは、明日も会わなければならない人が居ると言い、佐藤邸を後にした。


 私は中々寝付けず、縁側に座り月を眺める。

 




「今、戻った」


 土方サンの声に、胸が締め付けられる。


「随分と遅かったのね?藤堂サンもいらしてたんだけど……少し前に帰られたのよ」


「そうか……で、あいつは何処に居る?」

 

「夕餉を済ませて……今頃はお部屋じゃないかしら?」


 二人のやり取りを聞き、私は部屋に戻ろうか迷う。


 今、土方サンに会ってしまったら……どんな表情をすれば良いのか分からない。

 



 


「お前……まだ起きてやがったのか?」

 


 部屋に戻る間もなく、土方サンが私の背後に立つ。


 

「あ……お帰りなさい。そろそろ寝ようかと思って居たんです。歩き疲れて眠くなっちゃって……すみませんが、先に休みますね?」

 


 私は早口でそう告げると、土方サンの前から一刻も早く去ろうと背を向ける。


 

「待てよ……」


 

 土方サンは私の手首を掴んだ。


 

「何……ですか?」



 振り返らずに尋ねた。



「良いから、こっち向け」


 

「嫌です」



「何故だ?」


 

「手……離して下さい」



 私はズキズキと痛む胸を我慢しつつ、吐き捨てるように言った。

 


「嫌だ……と言ったら?」


 

「振り切るまでです!」


 

 そう言うと、私は土方サンの手を振り払おうとした。



「……させやしねぇよ」


 

 土方サンはそう呟き、私を後ろから抱きしめると、そのままの体勢で話始めた。

  

 

「お前が何をどう勘違いしてるか知らねぇが……俺はお前だけだと言っているのが、何故信じられない?」


「だって……」


 私は上手く答えられず、口をつむぐ。


 

 涙が頬をつたい、土方サンの手にこぼれ落ちた。


 

「お前は……泣いてばかりいるな」


「泣いてなんか……いないです」


「俺がお前を置いて行った事に怒ってんのか?」


「違っ……」

 


 私は小さく否定した。



「お前は、自分の気持ちをいつも口にしねぇ。だが、言わなきゃ分かんねぇ事もあるんだよ」

 

「だって……私には、土方サンの過去に口を出す権利は無いですもん」



 土方サンは溜め息を一つついた。


 

「お前は……俺の女じゃねぇのか?」


「そう……なんですか?」

 

「何だそりゃ」


 

 私の言葉に、土方サンは気の抜けた返事をする。

 


「だって、私は新選組の医者なんでしょう? でも、今日会いに行った人は……許嫁なんでしょう?」


「お前……それを誰に聞いた?」

 

「平助クンが……そう、言ってたから」


「平助の奴……余計な事を吹き込みやがって」

 


 土方サンは眉間にシワを寄せ、呟いた。

 


「許嫁なんてのは、昔の話だ。京に上る前にキッパリ断っている」


「でも……泣く泣く別れたんでしょう?」


「まぁ、あの頃は……俺も若かったからなぁ」

 

「否定……しないんですね」

 

 

 自嘲気味に言った。


 

「なんだ、妬いてやがんのか?」


「妬いてなんて……」

 


 否定しようとした瞬間、抱きしめられる力が更に強まる。


 

「……妬けよ」



 土方サンは吐き捨てるように言った。


 

「今日会いに行ったのはな……もう一度、キッパリ断る為だ。俺には桜、お前が居るからなぁ……あいつには、もう俺なんかを待つなと言ってきた」

 


 土方サンの言葉に耳を疑う。



「だから、お前が心配する事は何もねぇよ」


 

 土方サンは静かに言った。



「それと、うちのモンにお前の事を言うと……すぐに、祝言だの何だのと言い出しそうだからなぁ。だから……言えなかったんだよ」

 


 その言葉に、私はクスリと笑う。



「何が可笑しい?」



 土方サンは不機嫌そうに尋ねる。



「土方サン……何だか、可愛いなぁって」



 私は、振り返るとそう言った。



「うるせぇよ」



 土方サンはぶっきらぼうに呟くと、私の額を小突いた。





 過去は変える事は出来ないけれど……




 未来は造る事が出来る。




 今というこの貴重な瞬間を、




 その未来を




 大切に生きて行こう。




 そう強く感じた。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ