夕餉
私と平助クンが佐藤邸に戻る頃には、すっかり日も暮れていた。
土方サンはまだ戻って居ないらしい。
仕方なく土方サン抜きで、私たちは夕餉を頂いた。
「土方サン……帰って来ないね」
私は思わず呟いた。
「まぁ、隣村だからな……行き来するのにも時間が掛かるだろ」
「そっか」
食欲が湧かず、箸が進まない。
「平助クン……食べる?」
「何だ、食いたくねぇのか?」
「うん……でも、残すのは申し訳ないから」
「仕方ねぇなぁ……食ってやる」
そう言うと、平助クンは私のお膳をたいらげた。
「ありがとう」
夕餉の後片付けを手伝い、あてがわれた部屋に戻る。
平助クンは、明日も会わなければならない人が居ると言い、佐藤邸を後にした。
私は中々寝付けず、縁側に座り月を眺める。
「今、戻った」
土方サンの声に、胸が締め付けられる。
「随分と遅かったのね?藤堂サンもいらしてたんだけど……少し前に帰られたのよ」
「そうか……で、あいつは何処に居る?」
「夕餉を済ませて……今頃はお部屋じゃないかしら?」
二人のやり取りを聞き、私は部屋に戻ろうか迷う。
今、土方サンに会ってしまったら……どんな表情をすれば良いのか分からない。
「お前……まだ起きてやがったのか?」
部屋に戻る間もなく、土方サンが私の背後に立つ。
「あ……お帰りなさい。そろそろ寝ようかと思って居たんです。歩き疲れて眠くなっちゃって……すみませんが、先に休みますね?」
私は早口でそう告げると、土方サンの前から一刻も早く去ろうと背を向ける。
「待てよ……」
土方サンは私の手首を掴んだ。
「何……ですか?」
振り返らずに尋ねた。
「良いから、こっち向け」
「嫌です」
「何故だ?」
「手……離して下さい」
私はズキズキと痛む胸を我慢しつつ、吐き捨てるように言った。
「嫌だ……と言ったら?」
「振り切るまでです!」
そう言うと、私は土方サンの手を振り払おうとした。
「……させやしねぇよ」
土方サンはそう呟き、私を後ろから抱きしめると、そのままの体勢で話始めた。
「お前が何をどう勘違いしてるか知らねぇが……俺はお前だけだと言っているのが、何故信じられない?」
「だって……」
私は上手く答えられず、口をつむぐ。
涙が頬をつたい、土方サンの手にこぼれ落ちた。
「お前は……泣いてばかりいるな」
「泣いてなんか……いないです」
「俺がお前を置いて行った事に怒ってんのか?」
「違っ……」
私は小さく否定した。
「お前は、自分の気持ちをいつも口にしねぇ。だが、言わなきゃ分かんねぇ事もあるんだよ」
「だって……私には、土方サンの過去に口を出す権利は無いですもん」
土方サンは溜め息を一つついた。
「お前は……俺の女じゃねぇのか?」
「そう……なんですか?」
「何だそりゃ」
私の言葉に、土方サンは気の抜けた返事をする。
「だって、私は新選組の医者なんでしょう? でも、今日会いに行った人は……許嫁なんでしょう?」
「お前……それを誰に聞いた?」
「平助クンが……そう、言ってたから」
「平助の奴……余計な事を吹き込みやがって」
土方サンは眉間にシワを寄せ、呟いた。
「許嫁なんてのは、昔の話だ。京に上る前にキッパリ断っている」
「でも……泣く泣く別れたんでしょう?」
「まぁ、あの頃は……俺も若かったからなぁ」
「否定……しないんですね」
自嘲気味に言った。
「なんだ、妬いてやがんのか?」
「妬いてなんて……」
否定しようとした瞬間、抱きしめられる力が更に強まる。
「……妬けよ」
土方サンは吐き捨てるように言った。
「今日会いに行ったのはな……もう一度、キッパリ断る為だ。俺には桜、お前が居るからなぁ……あいつには、もう俺なんかを待つなと言ってきた」
土方サンの言葉に耳を疑う。
「だから、お前が心配する事は何もねぇよ」
土方サンは静かに言った。
「それと、うちのモンにお前の事を言うと……すぐに、祝言だの何だのと言い出しそうだからなぁ。だから……言えなかったんだよ」
その言葉に、私はクスリと笑う。
「何が可笑しい?」
土方サンは不機嫌そうに尋ねる。
「土方サン……何だか、可愛いなぁって」
私は、振り返るとそう言った。
「うるせぇよ」
土方サンはぶっきらぼうに呟くと、私の額を小突いた。
過去は変える事は出来ないけれど……
未来は造る事が出来る。
今というこの貴重な瞬間を、
その未来を
大切に生きて行こう。
そう強く感じた。




