石田村
日が傾きかけた頃、私たちは目的の場所に着く。
少し小高くなっている此処は石田村が一望できた。
「うわぁ……綺麗!!」
私は思わず口にした。
「だろ? 此処から見る夕日は格別なんだよなぁ」
平助クンは笑顔で言った。
私たちは、切り株に腰を下ろす。
「で? 一体何があったんだよ?」
平助クンは心配そうに尋ねた。
「一つ……聞いても良い?」
「ん? 何だ?」
「お琴さんって……誰?」
ずっと気になっていた事を尋ねた。
試衛館からの付き合いである平助クンは知っているのだろう。
平助クンは少し困ったような顔をする。
「知っているっちゃあ知っているけどよ……」
何とも歯切れの悪い物言いだ。
「私……何を聞いても大丈夫だよ?」
「そう……か。その、お琴さんてのは、土方サンの許嫁だった人だ」
「そっか……土方サンには許嫁が居たんだ。私、なんか馬鹿みたいだね。何も知らずに……一人で勝手に舞い上がってさ」
平助クンの答えに、関を切った様に涙が溢れ出す。
「その頃の俺達はもう、京に行くことが決まっててさ……だから、土方サンはその縁談を断ったんだ」
「そっか……だから、泣く泣く別れたんだね?」
「そりゃあ、俺には分からねぇけど」
「土方サンのお姉さんが……そう言ってたよ」
しばらく沈黙が訪れる。
「未練……きっと、あるよね。別れたくて別れたんじゃないもんね」
そう呟いた瞬間、私は平助クンに抱き締められていた。
「何かさ、難しい事は俺には分かんねぇけどさ……でも、お前のそんな顔は見たくねぇよ」
「平助……クン?」
「お前が土方サンを好いてるのは分かるよ……でも、何でそんな辛い想いをしてまで……一緒に居るんだ? お前は、どうしても……土方サンじゃなきゃ駄目なのか?」
平助クンは途切れ途切れに言った。
「何で……だろうね?私も、わかんないや」
「俺なら……ずっとお前の傍に居てやれる。俺なら、お前にそんな顔させたりしない!」
抱きしめる力が強まる。
「駄目だよ……そんな優しい言葉を掛けられたら、甘えちゃうよ」
私は平助クンからそっと離れた。
「そう……だよな。勝手な事を言って、本当ごめん!」
「謝らないで。平助クンのその優しさ……嬉しかったよ? 慰めてくれて、本当にありがとう」
それからしばらくの間、私たちは夕日の沈む石田村を眺めていた。
土方サンがお琴サンとよりを戻して祝言を挙げる……なんて言い出したら、きっと私は新選組には居られないだろう。
土方サンが他の女性と一緒に居る。
そう考えただけで、胸が苦しくなる。
帰らなければならないのに、帰りたくない。
土方サンに会いたいのに、会いたくない。
そんな矛盾に心が張り裂けそうだった。
「桜……帰れそうか?」
平助クンは遠慮がちに手を差し出す。
「……うん。帰ろうか」
私は、平助クンの手を取ると立ち上がり、二人並んで佐藤邸へと歩き出した。
帰りたくないと言ってしまいそうな自分を必死に抑えながら……




