表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
第16章 江戸へ
95/181

石田村


 日が傾きかけた頃、私たちは目的の場所に着く。


 少し小高くなっている此処は石田村が一望できた。




「うわぁ……綺麗!!」


 私は思わず口にした。


「だろ? 此処から見る夕日は格別なんだよなぁ」


 平助クンは笑顔で言った。


 私たちは、切り株に腰を下ろす。



「で? 一体何があったんだよ?」



 平助クンは心配そうに尋ねた。


「一つ……聞いても良い?」


「ん? 何だ?」


「お琴さんって……誰?」


 ずっと気になっていた事を尋ねた。


 試衛館からの付き合いである平助クンは知っているのだろう。


 平助クンは少し困ったような顔をする。


「知っているっちゃあ知っているけどよ……」


 何とも歯切れの悪い物言いだ。


「私……何を聞いても大丈夫だよ?」


「そう……か。その、お琴さんてのは、土方サンの許嫁だった人だ」


「そっか……土方サンには許嫁が居たんだ。私、なんか馬鹿みたいだね。何も知らずに……一人で勝手に舞い上がってさ」


 平助クンの答えに、関を切った様に涙が溢れ出す。


「その頃の俺達はもう、京に行くことが決まっててさ……だから、土方サンはその縁談を断ったんだ」


「そっか……だから、泣く泣く別れたんだね?」


「そりゃあ、俺には分からねぇけど」


「土方サンのお姉さんが……そう言ってたよ」




 しばらく沈黙が訪れる。




「未練……きっと、あるよね。別れたくて別れたんじゃないもんね」



 そう呟いた瞬間、私は平助クンに抱き締められていた。



「何かさ、難しい事は俺には分かんねぇけどさ……でも、お前のそんな顔は見たくねぇよ」


「平助……クン?」


「お前が土方サンを好いてるのは分かるよ……でも、何でそんな辛い想いをしてまで……一緒に居るんだ? お前は、どうしても……土方サンじゃなきゃ駄目なのか?」



 平助クンは途切れ途切れに言った。



「何で……だろうね?私も、わかんないや」


「俺なら……ずっとお前の傍に居てやれる。俺なら、お前にそんな顔させたりしない!」



 抱きしめる力が強まる。



「駄目だよ……そんな優しい言葉を掛けられたら、甘えちゃうよ」



 私は平助クンからそっと離れた。



「そう……だよな。勝手な事を言って、本当ごめん!」


「謝らないで。平助クンのその優しさ……嬉しかったよ? 慰めてくれて、本当にありがとう」



 それからしばらくの間、私たちは夕日の沈む石田村を眺めていた。



 土方サンがお琴サンとよりを戻して祝言を挙げる……なんて言い出したら、きっと私は新選組には居られないだろう。



 土方サンが他の女性と一緒に居る。



 そう考えただけで、胸が苦しくなる。



 帰らなければならないのに、帰りたくない。



 土方サンに会いたいのに、会いたくない。



 そんな矛盾に心が張り裂けそうだった。




「桜……帰れそうか?」




 平助クンは遠慮がちに手を差し出す。




「……うん。帰ろうか」




 私は、平助クンの手を取ると立ち上がり、二人並んで佐藤邸へと歩き出した。




 帰りたくないと言ってしまいそうな自分を必死に抑えながら……






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ