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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
第16章 江戸へ
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河原


 歩けど、歩けど辺りには田畑が広がるばかり。


 目の前には多摩川が静かに流れていた。


 歩きすぎて、うっすらと血が滲む足を川に入れる。


 ひんやりとした川の水の冷たさが傷口にしみる。


 川に足を入れたままその場に座り込むと、天を仰いだ。



 土方サンは恋人と泣く泣く別れ、新選組として生きる道を選んだ。



 未練は……あるのだろうか?


 無ければ、私が居るのにわざわざ会いには行かないだろう。


 しかも、私を置き去りにして……



「もう! こんな田舎……嫌っ!!」



 スクっと立ち上がると、力の限り叫んだ。



「あれ……桜じゃねぇか? しかも、一人かよ。こんな所で何やってんだ!?」



 振り返ると、そこには平助クンが立っていた。


「土方サンはどうした?」


 平助クンは何気なく尋ねた。


「土方サンなら、恋人の所へ行ってますよ!」


「恋人……って、お前」


 あからさまに不機嫌な私に、平助クンは困惑する。


「とにかく! 私は、和泉橋医学所に行きたいんです! 平助クン、案内してくれませんか?」


「医学所ってお前……土方サンに無断で行くのはマズイだろ?」


「良いんです! どうせ……私の事なんて、どうでもいいんだから」


 平助クンは溜め息を一つついた。


「何があったか知らねぇが……お前、何て顔してんだよ。とりあえず、彦五郎サンとこ戻るぞ」


 平助クンは立ち尽くしている私をかかえた。


「な……何してるんですか!? 下ろして下さい」


「お前……その足じゃ歩けやしねぇだろ? 良いからおとなしくしてろって」


 そう言うと、私に構わず佐藤邸への道を急いだ。





「お帰りなさい。あら? 藤堂サンと一緒だったのね?」


 のぶサンは笑顔で私たちを出迎えた。


「土方サンは何処に居ますか?」


 平助クンがのぶサンに尋ねる。


「歳三は、お琴サンの所よ。夕餉過ぎには戻ると言っていたけど。急用かしら?」


「いえ」


 平助クンは私を下ろす。


「あらやだ。その足……どうしたの?」


 のぶサンが心配そうに私の足を見る。


「こいつ、歩き慣れてねぇから……この通り擦りむけちまって」


「手当てしなきゃね。……とはいえ、お医者様に私が手当てするなんて変な話だけど。ちょっと待ってて!」


 のぶサンはそう言うと、その場を後にした。



「で。何があったんだ?」



 二人っきりになると、平助クンが私に尋ねる。


「平助クンも聞いたでしょう? 土方サンが……何処に行ったのか」


 私の言葉に、平助クンは思わず私の頭を撫でた。


「そんな泣きそうな顔……すんなよ」




 しばらくすると、のぶサンがタライに水を張り急いで持ってきてくれた。


「足とはいえ……娘サンに傷が残ったら大変!」


「ありがとうございます。あとは自分で……やります」


「あら、そう? 何かあったら気兼ねなく呼んでね!」


 そう言うと、のぶサンは去って行った。


 私は足を消毒し、包帯を巻き付ける。



「なぁ……少し、気晴らしに出掛けるか?」



 平助クンは私を気遣ってくれているようだ。



「気晴らし?」



「良い所があるんだ!」



 そう言うと、彦五郎サンに出掛ける旨を伝え、平助クンは私の手を引き佐藤邸を後にした。



「何処に行くの?」



「着いてからのお楽しみだよ! 足……痛くねぇか?」



「うん……大丈夫」



「そっか、痛くなったら無理せず言えよな?」



「ありがとう……」




 土方サンの事で思い悩んでいた私には、平助クンの優しさがただただ嬉しかった。








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