河原
歩けど、歩けど辺りには田畑が広がるばかり。
目の前には多摩川が静かに流れていた。
歩きすぎて、うっすらと血が滲む足を川に入れる。
ひんやりとした川の水の冷たさが傷口にしみる。
川に足を入れたままその場に座り込むと、天を仰いだ。
土方サンは恋人と泣く泣く別れ、新選組として生きる道を選んだ。
未練は……あるのだろうか?
無ければ、私が居るのにわざわざ会いには行かないだろう。
しかも、私を置き去りにして……
「もう! こんな田舎……嫌っ!!」
スクっと立ち上がると、力の限り叫んだ。
「あれ……桜じゃねぇか? しかも、一人かよ。こんな所で何やってんだ!?」
振り返ると、そこには平助クンが立っていた。
「土方サンはどうした?」
平助クンは何気なく尋ねた。
「土方サンなら、恋人の所へ行ってますよ!」
「恋人……って、お前」
あからさまに不機嫌な私に、平助クンは困惑する。
「とにかく! 私は、和泉橋医学所に行きたいんです! 平助クン、案内してくれませんか?」
「医学所ってお前……土方サンに無断で行くのはマズイだろ?」
「良いんです! どうせ……私の事なんて、どうでもいいんだから」
平助クンは溜め息を一つついた。
「何があったか知らねぇが……お前、何て顔してんだよ。とりあえず、彦五郎サンとこ戻るぞ」
平助クンは立ち尽くしている私をかかえた。
「な……何してるんですか!? 下ろして下さい」
「お前……その足じゃ歩けやしねぇだろ? 良いからおとなしくしてろって」
そう言うと、私に構わず佐藤邸への道を急いだ。
「お帰りなさい。あら? 藤堂サンと一緒だったのね?」
のぶサンは笑顔で私たちを出迎えた。
「土方サンは何処に居ますか?」
平助クンがのぶサンに尋ねる。
「歳三は、お琴サンの所よ。夕餉過ぎには戻ると言っていたけど。急用かしら?」
「いえ」
平助クンは私を下ろす。
「あらやだ。その足……どうしたの?」
のぶサンが心配そうに私の足を見る。
「こいつ、歩き慣れてねぇから……この通り擦りむけちまって」
「手当てしなきゃね。……とはいえ、お医者様に私が手当てするなんて変な話だけど。ちょっと待ってて!」
のぶサンはそう言うと、その場を後にした。
「で。何があったんだ?」
二人っきりになると、平助クンが私に尋ねる。
「平助クンも聞いたでしょう? 土方サンが……何処に行ったのか」
私の言葉に、平助クンは思わず私の頭を撫でた。
「そんな泣きそうな顔……すんなよ」
しばらくすると、のぶサンがタライに水を張り急いで持ってきてくれた。
「足とはいえ……娘サンに傷が残ったら大変!」
「ありがとうございます。あとは自分で……やります」
「あら、そう? 何かあったら気兼ねなく呼んでね!」
そう言うと、のぶサンは去って行った。
私は足を消毒し、包帯を巻き付ける。
「なぁ……少し、気晴らしに出掛けるか?」
平助クンは私を気遣ってくれているようだ。
「気晴らし?」
「良い所があるんだ!」
そう言うと、彦五郎サンに出掛ける旨を伝え、平助クンは私の手を引き佐藤邸を後にした。
「何処に行くの?」
「着いてからのお楽しみだよ! 足……痛くねぇか?」
「うん……大丈夫」
「そっか、痛くなったら無理せず言えよな?」
「ありがとう……」
土方サンの事で思い悩んでいた私には、平助クンの優しさがただただ嬉しかった。




