報奨金
幕府からの恩賞を、会津候より下賜されたその夜。
土方サンはその使い途に頭を悩ませていた。
今後の為に貯蓄すべきだと言う山南サン。
士気を高める為に報酬として分配すべきだと考える土方サン。
その額600両。
現代の金額に換算すると、だいたい1両が4万円位なので……
2400万円程である。
「なぁ……お前はどう思う?」
土方サンは、隣で医学書を読む私にふと尋ねた。
「何がですか?」
私は書物を閉じ、顔を上げる。
「恩賞の使い途……だよ。山南サンの言う通り、貯蓄すべきだと思うか?」
「貯蓄……も堅実ですが、私は土方サンの案に賛成ですよ?」
「そうか。だが、何故そう思う?」
土方サンは、興味深そうに言う。
「私の時代にもあるんですよ。ボーナスが」
「ぼう……なす?」
「私の時代では、お勤めをしている人は毎月給金が出るのですが……それとは別に年二回位、その人の能力や年齢に応じて賞与が与えられるんですよ。これがボーナスです!」
私の言葉に、土方サンは目を輝かせる。
「それだ! 俺が言いてぇ事はそれなんだよ。働きに応じて報酬も変われば、隊士たちの士気も上がるだろ? そうとなりゃ、早速分配を考えなきゃなぁ」
「一つだけ、宜しいですか?」
「何だ?」
「池田屋の際、全員が出動でしたが……屯所に残り門番をしていた隊士も隊務の内だと思います。その方にも多少は与えた方が良いかと」
私は、紙に筆を走らせる土方サンに意見した。
「そうか……お前がそう言うなら、そうすっか」
「それと……私は要りません」
私の言葉に、土方サンは思わず振り返る。
「何故だ?」
「大金を頂いても、使い途が無いからですよ」
ここに来てから、毎月十分すぎる程の給金を頂いている。
家賃や食費が掛かる訳ではない。
着物等の装飾品代も、土方サンに出して頂いてばかりいる。
お金を遣う……と言っても、遣い途が無く貯まる一方であった。
「そんな事は無いだろう? お前も女なんだ。着物や簪や……欲しい物は星の数程あるだろうが?」
「着物や装飾品は、いつも土方サンが買って下さるじゃないですか。」
「あんなモンじゃ足らねぇだろ?」
「十分すぎる程ですよ」
土方サンは溜め息を一つついた。
「お前は……不思議な女だな」
「ふ、不思議!?」
「普通の女なら、色々な物をねだるが……お前は一度としてねぇもんな? 欲が無い奴だ」
「それは……今の暮らしに満足しているからですよ。元々、私の時代で暮らして居た時も暮らしは質素でしたからね」
「そんなモンなのかねぇ?」
土方サンは首をかしげて言った。
「それならば……金以外で何か無いのか? 例えば、そうだなぁ……何処か行きたい所がある、だとか」
土方サンの問いに私はしばらく考え、答えた。
「江戸……江戸へ行きたいです!!」
「江戸だぁ? 一体、何故だ?」
「一つは、土方サンの故郷が見たいから! 二つ目は、種痘所……いえ、和泉橋医学所に行きたいからです!!」
土方サンはフッと笑うと、私に言った。
「お前は本当に面白ぇなぁ? 着飾るより医術か……お前らしいっちゃ、お前らしいがな。よし! その願い……叶えてやるか」
「ほ……本当ですか!? ありがとうございます!!」
私は土方サンにお礼を言った。
「実はな……隊士募集等の用事で、近藤サンらが近々江戸へ行く予定だったんだよ。俺は屯所に残る予定だったがな……お前が行くなら、永倉あたりと代わって俺が行くとするか」
「でも……江戸ってかなり遠いですよね? 皆さんと同じに歩けるかが不安です」
「そこで、だ。女のお前じゃ俺らの倍はかかる……ならば、俺らは先に出るんだよ。そうすりゃ問題ねぇさ!旅気分でゆっくり行きゃあ良い」
土方サンはそう言うと、心配そうな表情をしている私の頭を撫でた。
翌日
皆に報奨金が渡された。
近藤サンの30両……つまり約120万円を筆頭にして、15両~20両で割り当てられた。
ちなみに土方サンは23両、約92万円だそうだ。
かなりの高給取りだ、などとしみじみ思う。
報奨金を受け取ると、島原や祗園へと足を運ぶ者が多く、この夜は屯所内は静かなものであった。
「あ! ちょっと待て……例の話だが、近藤サンから許可が下りた。明日、早速屯所を発とうと思う。それで良いか?」
土方サンは私を呼び止めると、そう告げた。
「はいっ!」
明るく答えると、私は自室に戻り支度を整える。
江戸時代に来たからには、江戸を見ておきたい。
という、邪な気持ちも多少はあったが……一番の目的は医学所であった。
種痘
出来る事ならば、私も受けたい。
そして
この時代の医師達の手を借りて、ワクチンを作りたい。
私は、期待に胸を膨らませていた。




