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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
第16章 江戸へ
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恩賞


 8月に入ってすぐの事だった。


 まだ暑さも残る、そんなある日


 私は近藤サンに呼ばれていた。





「隊務で忙しいのに、呼び立ててしまってすまないね。実は一つ頼みがあるのだが……」


 近藤サンは少し困ったような表情で、話を切り出した。


「頼み……とは、何でしょうか?」


「明日、会津候の所へ出向く事となっていてね……池田屋の際の恩賞を頂戴できるそうなんだが……」


 恩賞を下賜されるというのに、近藤サンはあまり嬉しくなさそうな様子だ。


「恩賞とは、喜ばしい事ですね」


「それはそうなんだが……」


「何か、不都合でもおありですか?」


 私が尋ねると、近藤サンは深い溜め息を一つついた。


「明日……桜サンも共に来て頂きたい」


「わ、私がですか!?」


「実は……な。容保公が、桜サンに会いたがっているのだよ」


「なっ!? 何故ですか? 何故、私の事を知っているのですか?」


 近藤サンの突然の申し出に、私はただただ困惑した。


「す……すまんっ!!」


 近藤サンは頭を下げた。




 今回のことの発端はこうだった。


 近藤サンは容保公をとても信頼している。


 容保公も近藤サンに目を掛けている。


 そんな近藤サンは容保公に謁見する際、業務的に新選組の現況を報告する以外にも、隊士の様子など他愛ない事も話していたそうだ。


 それは、私の事も例外ではなく……


 あろうことか、私の素性まで御丁寧に話してしまったそうで、前々から容保公は私を連れて来るようにと近藤サンに言っていたそうだ。



「私の顔を立てると思って、頼みを聞いてはもらえぬだろうか?」


 近藤サンは、私の様子を伺うように尋ねた。


「……わかりました。ご一緒させて頂きます」


 そう答えると、近藤サンは安堵の表情を浮かべた。







 翌日


 いよいよ、会津候に謁見だ。


 松平容保様は、幕末の三大美男子の一人である……というのは余談だが、本当に美男子であるのか確かめてみたい気持ちもあった。



 近藤サンと土方サン……そして、私。



 まずは、謁見の間に通される。


 時代劇で観るような部屋に、思わず感動する。



「作法は……俺らの真似すりゃあ良い。俺らが頭を下げたら、下げろ。上げたら、上げろ。あとは兎も角……笑顔で居りゃあ良いさ」



 土方サンの説明は何とも適当で、かなり不安があったが……何とかなる、と自分に言い聞かせた。



 会津候、松平容保が訪れる。



 予定通り池田屋での恩賞を賜り、近藤サンは新選組の状況報告を行った。



「さて……その者が以前話していた娘か?」


 容保候が近藤サンに尋ねる。


「左様にございます」


「近藤、すまぬがこの娘……しばし借りるぞ」


 容保公はそう言うと、私の元へ歩み寄る。


 作法の分からぬ私は、突然の事に戸惑いつつも、とりあえず頭を下げた。


「面を上げよ」


 その言葉に、顔を上げる。


「馬鹿っ! 一回目で頭を上げんじゃねぇ!」


 土方サンは小声でそう言うと、私の頭を下げさせた。


「良い、良い。この娘が作法を知らぬのは無理のない事。それに、今日は余が無理を言って来てもらったのだからな……いわば余の客人だ」


 容保候はそう言うと笑顔を浮かべ、私に手を差し出した。


「余と庭を少し歩かないか?」


「……はい」


 思わず、容保公の手を取る。


「殿っ。いけません!」


 家臣が制止するが、容保公は気にも留めず、私を連れて庭に出た。


 会津藩のお殿様が隣に居る……耐え難い重圧に負けそうだった。



「そう気負わずとも良い。とはいっても、急には難しいか……。ところで、名を聞いていなかったな?」


「桜……と申します」


「良い名前だ」


 容保候は庭園まで来ると、長椅子に腰掛けた。


 どうして良いか分からず戸惑って居ると、容保候から隣に座るよう促される。


「あまり畏まるな。普段通りで良い」


「ありがとうございます……上様? お殿様? ……えっと、会津候?」


「容保で良い」


 私が容保候の呼び方で混乱していると、容保は笑いながら言った。


「では、容保様で宜しいですか?」


「良い、良い」


 幕末の三大美男子と語り継がれる容保様の笑顔はとても美しく、その人柄の良さにも惹かれた。



「急に呼び立てしてしまってすまなかったな」


「いえ……滅相もございません」


「呼び立てしたのは他でもない……」


 容保様は静かに言った。



「余の元に来ぬか?」



 その言葉に耳を疑った。



「どの様な意味ですか?」


「あぁ……側室とか、そういう話ではないのだ。ただ、その知識を持って余の元で医術を学んでみてはどうかと思ってな」


「容保様の元で……ですか?」


「幕府には多くの医者が居る。その者らから医術を学び、それを生かし会津やご公儀の為に働く……そなた次第では、幕臣への取り立てもあるやもしれぬ。そなたにも悪い話では無いとは思うが?」

 

「新選組を離れる……という事ですか?」


「その様になるな。何か不都合でも?」


 容保様は尋ねた。


「おそれながら……申し上げます」


「申してみよ」


「医術を学びたい気持ちも確かですが……新選組を離れる事は出来ません」


「何故……だ?」


「それは……」


 私は言葉に詰まる。

 


「まあ良い。今すぐに答えを出さずとも良いのだ。余はそなたが気に入った! 次は屯所にでも出向くとしようか。その時にでも、答えを聞かせてもらおう」


 容保様はそう言うと、私達は皆の所へと戻った。





 近藤サンと土方サンとの帰り道。


 先程の容保様の言葉が頭を巡る。



 新選組を離れたくはない。



 しかし



 医術を学びたい。



 二律背反に心を砕く。




「……くら。おい! 桜!!」


「は……はいっ!?」


「お前、呆けやがって……一体どうした?」


 土方サンの声が届かない程、考え事に集中してしまっていた様だ。



「何でも……何でもないですよ!」



 わざと明るく言った。



「それなら良いが……」


 

 土方サンは納得のいかない様な表情をしていた。



 その後、近藤サンらと料亭にて昼餉を済ませ、屯所へと戻った。




 新選組を離れる事なく、医術を深める方法を模索しながら……











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