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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
ほのぼの番外編
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懐刀


 禁門の変が終結し、早一週間。


 私も徐々に落ち着きを取り戻し、就寝前にあの日を想い涙を流す事も、今ではほとんど無くなってきていた。


 久坂サンの遺品である懐刀は、桂サンに頼まれた通り肌身離さず持っていた。


 今日は非番。


 縁側に座り暇をもて余す。


 懐刀を取り出すと、鞘から刀を抜き眺めた。


 刀は手入れが必要だと聞いたことがあるが、真剣を持った事のない私は、手入れの仕方が分からない。


 誰かに聞こうにも……長州の藩印の入ったこの刀を新選組の者に見せる訳には行かず、戸惑うばかりであった。






「お前……随分と良いものを持ってるじゃねぇか?」


 突然、背後から声がする。


 恐る恐る振り返ると、そこには土方サンが立っていた。


 慌てて鞘に刀を収め、仕舞い込もうとする。


「こんなもん……誰から貰ったんだ?」


 土方サンは私の手首を掴むと、眉間にシワを寄せ尋ねた。


「これは……」


 丁度良い言い訳が見付からず、私は口ごもる。


 土方サンは私から懐刀を奪うと、鞘の藩印に気付き更に表情を険しくさせた。


「長……州か? 誰から貰ったか話せ!」


 誤魔化しはきかないと悟った私は、ぽつりぽつりと話し始める。



「久坂……玄瑞……です」



「久坂……だと!? 先の御所の戦で御所に刃を向けた、大罪人ではないか!! 一体いつだ!? いつ会った!」



 土方サンは私を鋭い眼差しで見据え、尋ねた。



「そんな言い方……止めてくださいよ……。これは……久坂サンが……自刃したその日に、彼から受けとりました」


「あの戦の日……お前は島田と屯所に居たのではなかったのか? 確か、久坂の最期は鷹司邸であったはず……何故お前がそんな所に居た!?」


「私が……私が全て悪いんです! 島田サンは悪くありません!!」


 島田サンに何か処罰があってはならないと思い、私は必死に訴えた。



「そんな事を聞いてるんじゃねぇ! お前が何故、鷹司邸に行ったのかを聞いているんだ!!」



 土方サンは声を荒げた。




「土方君に桜サン……こんな所でどうしましたか? 痴話喧嘩など、他の者に悪影響ですよ? 土方君も少しわきまえて下さい」



 私達の声を聞き付けやって来た山南サンが、間に割って入る。



「チッ……もう良い!!」


 土方サンは小さく舌打ちし懐刀を私に戻すと、その場を去ってしまった。


 私は土方サンの後を追おうとしたが、山南サンに手首を掴まれ引き留められてしまう。



「今は追いかけない方が良いですよ。良ければ私に話して頂けませんか?」



 山南サンは、私の手元に戻された懐刀を一瞥すると、笑顔で言った。


 私はコクりと頷くと、山南サンと部屋へ向かった。






「さて、喧嘩の原因は……その懐刀ですか? 見たところ、長州の藩印が入っていますね。これは、どういう事か説明して頂けますか?」


 山南サンは笑顔のまま言った。


「これは……久坂玄瑞の遺品です。久坂サンが自刃した日……受けとりました」


「という事は、貴女はあの戦の最中に久坂玄瑞に会った……ということですね?」


「……はい」


「島田君を付けていたはずですが……どうしてそんな事に?」


「私が……島田サンに無理を言って、鷹司邸に行かせて頂きました。島田サンは悪くありません。島田サンを処罰しないで下さい!!」


 私は、山南サンに懇願した。


「心配せずとも、島田君の事は悪いようにはしませんよ。ですが……貴女は別です。事と次第によっては……分かりますね?」


「は……い」


 笑顔が消えた山南サンに、私は思わず恐れを抱く。



「何故、鷹司邸へ行ったか……それから話して下さい」



「長州藩邸で医術を学んだ際、私は瀕死の久坂サンを救いました。その件から久坂サンとは親しくなり、彼には先日の戦の事を話しました。史実でも久坂サンはその戦に出て、鷹司邸にて自刃するという末路だったので……その戦に出てはいけないと」



「それで?」



「私……久坂サンがその戦に出ては居ないか心配になり、鷹司邸へ行ってしまいました」



 山南サンは無言で私の話に耳を傾ける。



「悪い予感は当たってしまい……私が鷹司邸に着いた頃には、久坂サンは自刃寸前でした。この懐刀は……その際に遺品として受け取った物です」



 私はその時の事を思い出し、涙を流す。



「そう……でしたか」



 山南サンは小さく呟いた。



「私が以前忠告した事を覚えていますか?」



「……はい」



「あの時確かに、長州藩邸での事は一切忘れるように……と言ったはずです。この先も、長州の者が斬られたり新選組の者が斬られたりする事が度々あるでしょう。……まずは貴女には、己の立場をわきまえて頂きたい」



「己の……立場?」



「貴女は長州の味方ですか? 新選組の味方ですか?」



 山南サンは尋ねた。



「私は、新選組の人間です。ですが……何処の誰であろうと、関わった人は救いたい。……それは、いけない事ですか?」



「では、質問を変えましょう。土方君と高杉晋作……二人が瀕死の状態だったなら、貴女はどちらを救いますか?」



 山南サンは意地の悪い質問を投げ掛ける。



「それは……勿論、土方サン……です」



 その答えに、山南サンは急に笑顔になる。



「この先も、こういった選択を迫られる事があるでしょう。どちらも救いたいという気持ちは、私個人としては良いと思います。ですが……この動乱の世においては、それが叶わない事の方が多いのも事実です」



 私は、コクりと頷いた。



「貴女が土方君に添い遂げたいと願っているのならば……長州の事はお忘れなさい」



「は……い」



 山南サンに気圧され、私は咄嗟に返事をした。



「良いですか? 貴女は今や新選組の幹部です。どっち付かずの態度は他の者に示しがつきません。今回の件での貴女への処罰は……近藤サンや土方君と話し合って決めます。それなりの処分は覚悟しておくように! それと、処罰が決まるまで貴女は自室にて謹慎です。分かりましたか?」



「はい……失礼します」



 山南サンの部屋を出ると、自室へと向かった。



 処罰



 この言葉に恐怖を覚える。



 私は……



 切腹なのだろうか?




 自室に居ると悪い方に考えてしまい、息が詰まる様であった。








「入るぞ」


 土方サンが私の部屋を訪れる。


「山南サンから話は聞いた。お前の処罰だが……」


 処罰という言葉に反応し、土方サンの言葉を遮る。


「土方サン……短い間でしたが、本当にお世話になりました! 私、土方サンを好きになって……土方サンと一緒に過ごせて幸せでした!! 土方サン……私が居なくなっても……どうか、幸せに生きて下さいね?」


 私は涙を流しながら、想いを告げた。



「お前……何言ってやがんだ!?」



 土方サンは困惑の表情を浮かべる。



「だって……私、切腹でしょう?」



 私の一言に、土方サンは腹を抱えて笑った。


「お前……山南サンから何を吹き込まれたか知らねぇが、武士でもねぇ奴が切腹など申し付けられる訳ぁねぇだろ?」


 その言葉に、思わず脱力する。



「では、私の処罰とは……何ですか?」



「謹慎……も考えたが、お前に隊務を離れられるのは困る。剣が扱えねぇ奴に死番もさせられやしねぇ。だから……俺がお前の代わりに腹を切る」



 土方サンの言葉に耳を疑った。




 土方サンが私の代わりに、切腹する!?




「そんなの嫌ですっ!! 土方サンが切腹するなら……私がします!!」



「…………」



 しばらく沈黙が流れる。



 土方サンを見ると……



 笑いを堪えている!?



「お前……騙され易過ぎだ」



 土方サンはそう呟くと、ひとしきり笑った。



「ひ……酷いですよ。本当に……土方サンが切腹しちゃうかと……思ったんですから」



「悪ぃ、悪ぃ」



 涙を流す私の頭を撫でながら土方サンは謝った。



「処罰はなぁ……」



「処罰……は?」



 私は息を飲む。




「一週間、俺の雑用だ!!」




「雑……用!? そんな事で良いんですか?」




 思わず聞き返す。




「言っておくが……これは処罰だ。そんな甘いもんじゃねぇからな。覚悟しておけ!」




 土方サンは不敵な笑みを浮かべ、そう告げた。




「それから……その懐刀だが、所持する事を許可する。大切な……友の遺品、なのだろう?」




 土方サンの意外な言葉に、笑顔になる。




「ありがとうございます!」




「だが……こんな事は今回限りだ! これ以上、長州の遺品が増えたら、かなわねぇからな」




 そう呟くと、土方サンは部屋を後にした。




 処罰……は、果てしなく不安だったが、懐刀を没収されずに済んだ事に安堵した。




 それと同時に




 私の気持ちを汲んでくれた土方サンに、私は心から感謝した。













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