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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
第15章 蛤御門の変
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別れ


 鷹司邸に着いた私は島田サンにお礼を言うと、必ず屯所に戻る事を約束し、屋敷の中へと駆け出した。


 高貴な身分の方のお屋敷に勝手に入る事に多少気は引けたが……この混乱の最中に娘が一人紛れ込もうが、どうという事はないだろうと安易に考える。


 薩摩勢もまだ来ていない様で、屋敷にはすんなり入る事ができた。


 辺りを見渡すも、久坂サンの姿は見当たらない。





「久坂サンっ! 何処に居るんですか!? 久坂サンっ!」


 声を張り上げながら、久坂サンを探す。


 屋敷には人の気配がなく、静まり返っていた。


 久坂サンは史実の様に、この戦には参加しては居ないのだろうか?




「久坂……サン」




 鷹司邸を出ようとしたその時




 聞き覚えのある声に耳を疑う。




「さ……くら?」



 瞬時に振り返ると、そこには久坂サンの姿があった。



「何故……お前が此処に……居る?」



 私は久坂サンに駆け寄った。



「それは……私の台詞です。私……言ったじゃないですか。この戦に出てはならない……と」



 涙を流す私を、久坂サンは抱き止めると困ったような表情をした。



「寺島……すまんが、少しだけ時間をくれまいか?」



 久坂サンの言葉に寺島という男は無言で頷き、部屋を後にした。





「桜……すまないな。お前に助けられたこの命……粗末に扱ってしまう事を赦してくれ」



「そんな……の、嫌です! 私はこんな所で死なせる為に貴方を助けたのでは……ありません」



 ぽろぽろと涙を流しながら、私は久坂サンに訴える。



「私が此処で逝く事は……先の世を造る上で、必要な事なんだよ。いつか、話してくれただろう? お前が生きる世は、私達が造った世であると……聡明なお前ならば分かるはずだ。私の死が、泰平の世を造る礎となる事を……」



 久坂サンはそう言うと、私に笑顔を向ける。



「久坂……サン?」



「私は……もう、逝くよ。最期に桜に会えて良かった……これでもう、思い残す事も無い」



 久坂サンの決意は決して揺るがない程固い事を悟った私は、それ以上何も言い返す事はできなかった。



 久坂サンは自分の髪を切ると、懐刀と共に私に差し出した。



「これを……桂サンに届け、私の代わりに謝っておいて欲しい。それから……この懐刀はお前に授けよう。桜、最期に……お前の笑顔を見せてはもらえぬだろうか?」



 私は、久坂サンから髮と懐刀を受け取る。



「わかりました。必ず桂サンに届けます!それから、この懐刀は……一生大切にします」



 着物の袖で涙を拭うと、満面の笑みで言った。




 久坂サンは私を抱き締めると



「ありがとう。桜……お前と出逢えて……本当に良かった。お前は……私の分まで生き永らえなさい!!いつまでも、いつまでも……」



 と一言呟いた。






「さあ……もう、行きなさい。此処も、じきに幕府軍に包囲されるだろう」




 久坂サンは私をそっと離すと、此処から去るよう促した。



「久坂サン……私も、貴方と出逢えて良かったです」



 そう一言だけ告げると、私は振り返る事なく鷹司邸を去った。






 振り返ってしまえば……






 久坂サンに泣き顔をまた……見せてしまいそうだったから。






 時鳥



    血に鳴く声は 有明の



               月より他に 知る人ぞなき






 私が去った後





 久坂玄瑞は自刃した。




 そう




 史実の通りに……




 享年25歳




 それは、あまりにも若すぎる死であった。



















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