久坂玄瑞と鷹司邸
長州勢は幕府軍の前に次々に倒れて行き、久坂らは帝に謁見するどころか、御所にさえ近付けずに居た。
「もはや……これまで……か」
万策尽きたかと思われたその時
「鷹司邸だ! あそこならば、裏から御所へ入る事ができる。帝に謁見できるよう交渉しよう」
久坂はそう思い付き、寺島忠三郎や入江九一らと共に鷹司邸へと向かった。
鷹司邸に着くと、鷹司父子はこれから帝の元へ向かうと言う。
「我等も……是非ともご一緒させて下さい! かくなる上は、帝に謁見し直接、昨年の政変での我が藩主の汚名を晴らすより他はありません」
久坂は鷹司父子に懇願した。
「ならん、ならん! お主らは自分が何をしたか解っておらぬのか? お主らの行為こそが、自らの主君の名を汚したのだ! 長州はもはや朝敵。即刻立ち去るが良い!!」
その言葉に、久坂らは肩を落とす。
厳しい戦況と、あてにしていた策が崩れた事。
それらは、久坂らの士気を喪失させるには十分すぎた。
「私は……何て愚かなのだろう」
久坂は唇を噛み締めた。
桜の話を聞いて居ながら……
守ろうとしていた藩主の名を、更に汚してしまったのだ。
全てを悟った時には、もう既に遅すぎた。
「私達には……もう戻る場所は無い」
久坂の言葉に、寺島は小さく頷いた。
「入江……お前は此処を去れ。必ず生き延びて……藩主に全てを伝えて欲しい」
久坂は、なかば無理矢理に入江を館から立ち去らせると、最後の時を惜しむかの様に中島に話し掛けた。
「中島……お前は天女に会った事があるか?」
「いや……無いが」
「私はあるんだよ。以前、とある娘に命を助けられてね……その愛らしさは、まさに天女の様だった。最期に会いたいと願う相手が……妻ではなく、その娘だなんて……笑えるだろう?」
「久坂、お前も悪い男だな」
久坂と中島は顔を見合わせて笑った。
「さて、そろそろ……だな」
「ああ。先の世の礎となると信じて……逝こうか」
二人は、刀を握りしめた。




