密談 ― 長州 ―
池田屋の騒動から箔がつき、幕府直参の話まで出た新選組。
一方
仲間を殺傷・捕縛された事に対する怒りの念が渦巻く長州藩。
元々長州は京への復帰を目指し活動していたのだが、その活動の中でも長州藩士は思想が二分化していた。
「急進派」と「保守派」
「急進派」とは、「武力をもって京に乗り込み、長州の無実を訴える」という思想で、来島又兵衛らがこれに当たる。
対して
「保守派」とは、「もう少し慎重に様子を伺い、絶好の機会が来るまで待つべきだ」という思想で、現時点では高杉晋作や桂小五郎、久坂玄瑞らがこれに当たる。
長州の藩士たちは連日連夜、会合を秘密裏に行っていた。
「池田屋での一件以来、我らの同士となる者が急激に増えている。今が絶好の機会ではないのか?」
来島が皆に問い掛ける。
「だが……高杉らは未だに、かような武力行使に反対の意を唱えているが、これは如何する?」
この場にいる皆が急進派とは言えども、同じ長州藩士である保守派を蔑ろにする事も出来ない。
「以前の高杉は確かに豪傑な男であった。だが、どうだ? 今の高杉なぞ脱藩の罪で投獄される身。かようの者は単なる腰抜けだ! 恐るるに足らん」
「……しかし」
「今こそ我等が同士達の敵を打ち、先の政変における藩主の冤罪を雪ごうではないか!!」
連日の会合により、上洛出兵の方向で長州藩士達の意向も日に日に固まっていった。
激派から保守派へと転向していた久坂も、最終的にはこれに加わる事となる。
久坂の運命の歯車も、静かに動き始めていた。
「桜……私はどの道、己の運命を変える事は出来そうにないよ。此処で果てる事が私の使命であるというならば……私は、受け入れよう」
久坂は、月を見上げ呟いた。
あの日、桜から聞いた世の流れ。
そして……自分の末路。
此度の戦いは無駄な事なのかもしれない。
しかし
その一つ一つが積み重なり、歴史を紡いでいくのだ。
そう考えると、一見して無駄と思われる出来事も、有用な事なのだ。
「私の死が、先の世を造る礎となるならば……世の為、私は喜んで逝く事でしょう」
久坂は手にしていた杯を一気に飲み干した。
「あの日、折角助けてもらった命なのだが……な」
久坂は、桜との出逢いや長州藩邸で共に過ごした日々を懐かしみ、ふと笑みを溢した。
「桜……貴女は生きなさい。私の分まで……いつまでも、いつまでも」
7月18日、夜
長州勢はついに、御所を目指して進軍した。




