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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
第14章 池田屋事件
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突然の来訪


 池田屋事件から1週間が経った。


 この1週間は色々な事があった。


 昨日は、引責切腹した会津藩士柴司の葬儀に、土方サンや井上サン、武田サンら五人が列席したそうだ。


 葬儀から戻った土方サンはやけに口数が少なく、今回の騒動に対して何か思うところがあったのだろう。


 私は……と言うと予後も良く、今ではすっかり動き回れる程になっていた。


 今日も医務室で隊務をこなす。


 



「失礼します。桜サンに……来客がありますが、お通しして宜しいでしょうか?」



 隊士の中村サンが医務室に訪れ、私に伺いをたてた。



 池田屋の一件以来、幹部格になった私に対する隊士達の態度や言葉遣いには、むず痒さを感じさせ、未だ慣れられずに居た。



「来客……ですか。どなたでしょうか?」


「田所という名の医者だと言っておりますが……私共も初めて見る方ですので何とも言えません」


「田所? 知りませんねぇ……」


「怪しい者ですといけません……知らぬ者なら、追い返しますか?」



 私は、少し考える。



「いえ、お通しして下さい。それと……その前に土方サンに報告して頂けますか?」


「承知致しました」



 そう言うと、中村サンは医務室を後にした。






 その後すぐに土方サンが駆け付ける。


「お前……知らぬ者を通すなど、何を考えている?」


 土方サンはあからさまに不機嫌そうな表情だ。


「すみません……しかし、医者だと言うので何か私に用があるのかとも思いまして」


「まあ良い……そいつを呼ぶ前に俺に報告した事だけは褒めてやる」


 土方サンは眉間にシワを寄せたまま、腰を下ろした。




「何だ、痴話喧嘩の最中だったか?」





 聞き覚えのある声に、私は驚く。



「と……所サンっっ!!」



 もう二度と会えないと思って居た所の突然の来訪に、思わず飛び付いた。



「な……何だ、何だ。急に飛び込んで来る奴があるか!?」



 所サンはそう言いながらも私を抱きとめると、「久しいな」と嬉しそうに言った。



「さて……そろそろ離れてもらわないと、私の首が飛びそうだ」



 所サンの言葉に首をかしげる。



「先刻から、お前の恋人が鬼の形相でこちらを睨んでいる」


「あっ……」



 所サンから離れようとした瞬間、強い力で引っ張られた。



「これはこれは……先日は長州の大先生には、非常に世話になった。その件に関しては、感謝しているさ。だが、その大先生が偽名まで使ってうちに来るたぁ、一体何の用だ? 師だか何だか知らねぇが……今の情勢をアンタも分かってんだろ?」



 土方サンは所サンから私を引き剥がすと、低い声で言った。



「そう勘違いするな。今日は桜を奪いに来たのではない。医者としての役目を果たしに来たのだ」


「役目……だと?」


「手術から1週間……そろそろ抜糸の頃合いだからな」



 所サンの言葉に、土方サンは拍子抜けする。



「アンタ……その為にわざわざ、こんな危険な所まで一人で来たって言うのか?」


「私は長州の者である前に一人の医者だ。患者が何者であれ、治療を途中で放棄など出来ん!当然の事だろう?」


「そうか……そりゃあ、済まなかったな」



 土方サンは申し訳なさそうに頭を下げた。






「傷口も綺麗に塞がったな。毎日欠かさず消毒をしていたようで、何よりだ」


 抜糸を行いながら、所は言った。


「はい。毎日三回この1週間、土方サンが丁寧に消毒してくれましたから!」


「ほぅ? 仲睦まじくて羨ましいなぁ。先程の痴話喧嘩も、仲の良さの表れ……か」


「仲……良いんですかねぇ? 土方サン、どう思います?」


 私は土方サンに話を振った。



「!? ……知るかっ!!」



 急に話を振られた土方サンは、吐き捨てるように呟いた。



「よし……これで完了だ」


「ありがとうございます!! 何かお礼をさせて下さいっ!」


「礼など良い。褒賞金なら先日、そちらの副長サンから秘密裏にたんまり頂いたからな」


「土方サンが?」



 私は、土方サンに視線を向ける。



「うちの幹部の命を救ったんだ。そんくれぇ、当然の事だ! それから……先生、本当に感謝している」



 土方サンの照れ臭そうな表情に、私と所サンは顔を見合わせ笑った。






 所サンの去り際、一つだけ相談をした。



 池田屋事件で負傷した際、考えた事。



 予防接種と抗毒素血清について……



 破傷風という感染症がある。



 以前の三種混合や現在の四種混合にて、私たちも予防接種を行っている為、この名前は耳にした事はあるだろう。



 これは土壌などに居る破傷風菌が原因であるが、これがまた可愛らしい形をしているクセに非常に厄介な菌なのだ。



 主に創傷感染と言って、傷口から感染する。



 この菌は嫌気性菌、つまり酸素の無い条件下で増殖できる菌である。



 深い刺傷の様な場合、この菌にとって有利な状態が作られるので、外毒素という物が産生され破傷風となりやすい。



 私たちの時代では予防接種も抗毒素血清もあるし、ラグビーなど屋外スポーツの選手でなければあまり馴染みがないが、刀を振るうこの時代では多い感染症の一つだったそうだ。



「抗毒素血清がすぐに手に入らない状況下ではどのように対策をすると思いますか?」



 感染の講義で、講師が言っていた。



「答えは……傷口に更に切れ目を入れるんですよ。それこそ、ザクザクと……ね? そうすれば、患部が空気に触れますからね」



 その講師の笑顔と話の内容が何ともミスマッチで、良くも悪くも印象的だった。



 だが、誰でも痛いのは嫌だ。



 だから、行き着いたのは予防接種と抗毒素血清なのだ。




 破傷風のワクチンは、破傷風菌の毒素を無毒化した物が使われる。



 これをトキソイドという。



 ただし、菌を無毒化する為には、ホルムアルデヒドが必要だが今の所、良い案は思い付かない。



 トキソイドとは異なるが、驚くべき事にこの時代には既に予防接種の様な物、種痘が存在していた。



 種痘というのは、天然痘ウィルスの予防法だ。



 ジェンナーという医師が始めた物だが、かの有名な緒形洪庵が大坂に除痘館を開き、種痘に尽力していたという。



 緒形洪庵は既に亡くなってしまって居るが、何か有力な情報が得られないかと考え、所サンに相談したのだ。



「種痘……か。それならば、江戸にある西洋医学所を訪れると良い。緒形先生の後任として、今は松本良順先生が頭取となっているはずだ」



 私の話を聞いた所サンは、そう告げた。



 松本良順……



 ポンペより西洋医術を学び、後に新選組の医師としても活躍した人物だ。



 是非とも学びたい。



 歴史上、何度か新選組の面々は江戸に行く機会がある。



 その際、私も江戸に行きたい。



 そう強く感じた。
























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