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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
第14章 池田屋事件
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夜明け


「……っ」



 私は、重い瞼を開く。


 此処は……何処だろう?




「やっと……目を覚ましたか」


 土方サンが私の顔を覗き込む。


「土方……サン、どうして泣いてるんですか?」


「お前……が、馬鹿過ぎるからだ!」


 土方サンは着物の袖で顔を拭うと、そう言った。


「馬鹿だなんて……酷いなぁ。それより、私。あの時確かに斬られたはずなんですけど……どなたが手当てをしてくれたのですか?」


 私は土方サンに尋ねる。


 土方は所の事を告げるべきか迷ったが、しばらく考え込むと口を開いた。


「長州の……医者が手当てしてくれたんだ」


「もしかして……所サン? でも、どうして所サンが?」


「才谷……と言っていたが、多分アイツは坂本龍馬だったのだろうな。奴がその先生を長州藩邸から連れてきてくれたんだ」


「龍馬サンが……そうでしたか」


「お前には聞きたい事が山ほどあるが……今日は此処でゆっくり休め」


 土方サンはそう言ってくれたが、私は早く屯所に戻りたかった。


「いえ、屯所に……帰りたいです」


「何故だ? まだ起き上がれねぇだろうが」


「屯所に……薬があるんです。痛みがあるので……出来ればそれを飲みたいから」


 自分の体は自分が一番良く分かる。


 傷のせいか体温が上がって来ている様だった事と、痛みが強い事からすぐにでも薬を飲みたかった。


 屯所に戻れば、ボルタレンがある。


 ボルタレンとは、鎮痛剤の中でも強い薬だ。


 病院好きな私は、弱い物から強い物まで様々な種類の鎮痛剤を常に持っている。


 痛みの度合いにより、薬を飲み分けたい性分だからだ。


 通院する度に欲しい薬品名を指定し、医師に処方してもらっては薬を貯め込むきらいもあった。


 医者もよほど症状にそぐわない様な薬でない限りは、何も言わずに指定した薬を出してくれる。


 元より心配性な私は「薬を常備している」というだけでも、かなり安心できるのだ。



 それが……こんな所で、それが役に立つとは。




「そういう事なら仕方がねぇな……屯所に帰るか」



 土方サンはそう言うと、私を抱えた。


「土方サン!? 重いから駄目ですっ!」


「自分で歩けねぇ奴が何言ってやがんだ! 良いからおとなしくしてろ」


「ありがとう……ございます」


 私は仕方なく土方サンの好意に甘えることにした。


 宿から出ると、登り始めた朝日がやけに眩しく感じた。






 屯所に戻るなり自室に向かい、鞄から取り出した薬を服薬し、布団に横になる。


 が……


 痛い。


 とにかく……痛い。


 右肩を少し動かしただけでも傷口に響き、痛みで身体中に汗が滲む。


 そんな姿を土方サンには見せたくなかったので、屯所に戻ってからは、部屋でゆっくり休みたいから一人にして欲しいと申し出た。


 私の辛そうな姿を見せてしまったら、きっと土方サンは自分を責めるだろう。


 私が勝手にしてしまった事なのに……





 どれ程眠っただろうか。


 気付けば日が暮れ、夜になっていた。


 まだ痛みはあるが、何とか起き上がれそうだ。


 傷口の消毒をしようと思い付き、部屋を出る。



「土方……サン?」



 私の部屋の前で、土方サンが座り月を眺めて居た。



「目が覚めたか……。腹でも減ったのか?」


「土方サンこそ……こんな所で、どうしたんですか?」


「そろそろお前が起きるかと思って……な」


「いつもなら、勝手に入ってくるくせに?」


「お前がゆっくり休みたいと言ったんだろう?」



 土方サンのその言葉に思わず顔が緩んだ。



「ありがとうございます」


「何で礼なんか言うんだ?」



 土方サンは訝しげな表情をする。



「何となく……です。それより、背中の消毒をお願い出来ますか?」


「はぁ!? 医術なんざできねぇよ。山崎に頼め!」


「消毒薬を付けた布で拭いてくれれば良いんです。だって……山崎サンの前で着物を脱ぐのは嫌です」



 私は、土方サンをチラリと見て言った。



「……そりゃあ、そうだな」



 土方サンは呟く。



「消毒薬と布を持ってきます!」



 私は、医務室に向かった。






「持ってきました! 私の部屋で良いですか?」


「あぁ」


 私は布を消毒薬で湿らせると、土方サンに手渡した。



「そっと……ですよ? 優ぁしくお願いしますっ!」



 患部だけが見えるように着物をはだけさせ、土方サンに背を向ける。



「お前にこんな傷を付けちまって……俺は何やってんだろうな」



 土方サンは傷口に布を当てながら呟いた。



「土方サン、これは私が勝手にやった事です! 土方サンを守れて……私は後悔なんてしていません。土方サンの為なら、傷が増えようと構いません!!」


「だがな……お前は、嫁入り前の娘だ」



 土方サンの一言に、私は思わず吹き出す。



「嫁入り前の娘って何ですか!? 土方サンったら……真面目な顔して何言ってるんですか~」


「なっ!? 本当の事だろうが!!」



 私は、土方サンの方に向き直る。



「じゃあ。土方サンに責任とってもらいます!」


「はぁ!?」


「……嫌、ですか?」



 私は、首をかしげ尋ねた。



「嫌……じゃねぇよ。だが……」


「知ってます。士気に関わる……でしょ?」


「そうだ。だから今すぐは無理だ」


「それなら待ちます! いつか……泰平の世が来るまで」



 私は、笑顔で言った。



「何年掛かるか分かんねぇぞ?」


「何年掛かっても構いません」


「そうか」



 土方サンは満足そうな表情で、そう一言だけ呟いた。





 泰平の世が来るという事は、徳川の世ではなくなっているという事だ。



 そこには新選組はおろか、土方サンの姿も無い。



 それどころか、私がいつ元の時代に戻されてしまうかも分からない。



 実際は叶わぬ夢だと分かっては居るが、願わずには居られなかった。



 土方サンに最期まで添い遂げる事を……


















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