夜明け
「……っ」
私は、重い瞼を開く。
此処は……何処だろう?
「やっと……目を覚ましたか」
土方サンが私の顔を覗き込む。
「土方……サン、どうして泣いてるんですか?」
「お前……が、馬鹿過ぎるからだ!」
土方サンは着物の袖で顔を拭うと、そう言った。
「馬鹿だなんて……酷いなぁ。それより、私。あの時確かに斬られたはずなんですけど……どなたが手当てをしてくれたのですか?」
私は土方サンに尋ねる。
土方は所の事を告げるべきか迷ったが、しばらく考え込むと口を開いた。
「長州の……医者が手当てしてくれたんだ」
「もしかして……所サン? でも、どうして所サンが?」
「才谷……と言っていたが、多分アイツは坂本龍馬だったのだろうな。奴がその先生を長州藩邸から連れてきてくれたんだ」
「龍馬サンが……そうでしたか」
「お前には聞きたい事が山ほどあるが……今日は此処でゆっくり休め」
土方サンはそう言ってくれたが、私は早く屯所に戻りたかった。
「いえ、屯所に……帰りたいです」
「何故だ? まだ起き上がれねぇだろうが」
「屯所に……薬があるんです。痛みがあるので……出来ればそれを飲みたいから」
自分の体は自分が一番良く分かる。
傷のせいか体温が上がって来ている様だった事と、痛みが強い事からすぐにでも薬を飲みたかった。
屯所に戻れば、ボルタレンがある。
ボルタレンとは、鎮痛剤の中でも強い薬だ。
病院好きな私は、弱い物から強い物まで様々な種類の鎮痛剤を常に持っている。
痛みの度合いにより、薬を飲み分けたい性分だからだ。
通院する度に欲しい薬品名を指定し、医師に処方してもらっては薬を貯め込むきらいもあった。
医者もよほど症状にそぐわない様な薬でない限りは、何も言わずに指定した薬を出してくれる。
元より心配性な私は「薬を常備している」というだけでも、かなり安心できるのだ。
それが……こんな所で、それが役に立つとは。
「そういう事なら仕方がねぇな……屯所に帰るか」
土方サンはそう言うと、私を抱えた。
「土方サン!? 重いから駄目ですっ!」
「自分で歩けねぇ奴が何言ってやがんだ! 良いからおとなしくしてろ」
「ありがとう……ございます」
私は仕方なく土方サンの好意に甘えることにした。
宿から出ると、登り始めた朝日がやけに眩しく感じた。
屯所に戻るなり自室に向かい、鞄から取り出した薬を服薬し、布団に横になる。
が……
痛い。
とにかく……痛い。
右肩を少し動かしただけでも傷口に響き、痛みで身体中に汗が滲む。
そんな姿を土方サンには見せたくなかったので、屯所に戻ってからは、部屋でゆっくり休みたいから一人にして欲しいと申し出た。
私の辛そうな姿を見せてしまったら、きっと土方サンは自分を責めるだろう。
私が勝手にしてしまった事なのに……
どれ程眠っただろうか。
気付けば日が暮れ、夜になっていた。
まだ痛みはあるが、何とか起き上がれそうだ。
傷口の消毒をしようと思い付き、部屋を出る。
「土方……サン?」
私の部屋の前で、土方サンが座り月を眺めて居た。
「目が覚めたか……。腹でも減ったのか?」
「土方サンこそ……こんな所で、どうしたんですか?」
「そろそろお前が起きるかと思って……な」
「いつもなら、勝手に入ってくるくせに?」
「お前がゆっくり休みたいと言ったんだろう?」
土方サンのその言葉に思わず顔が緩んだ。
「ありがとうございます」
「何で礼なんか言うんだ?」
土方サンは訝しげな表情をする。
「何となく……です。それより、背中の消毒をお願い出来ますか?」
「はぁ!? 医術なんざできねぇよ。山崎に頼め!」
「消毒薬を付けた布で拭いてくれれば良いんです。だって……山崎サンの前で着物を脱ぐのは嫌です」
私は、土方サンをチラリと見て言った。
「……そりゃあ、そうだな」
土方サンは呟く。
「消毒薬と布を持ってきます!」
私は、医務室に向かった。
「持ってきました! 私の部屋で良いですか?」
「あぁ」
私は布を消毒薬で湿らせると、土方サンに手渡した。
「そっと……ですよ? 優ぁしくお願いしますっ!」
患部だけが見えるように着物をはだけさせ、土方サンに背を向ける。
「お前にこんな傷を付けちまって……俺は何やってんだろうな」
土方サンは傷口に布を当てながら呟いた。
「土方サン、これは私が勝手にやった事です! 土方サンを守れて……私は後悔なんてしていません。土方サンの為なら、傷が増えようと構いません!!」
「だがな……お前は、嫁入り前の娘だ」
土方サンの一言に、私は思わず吹き出す。
「嫁入り前の娘って何ですか!? 土方サンったら……真面目な顔して何言ってるんですか~」
「なっ!? 本当の事だろうが!!」
私は、土方サンの方に向き直る。
「じゃあ。土方サンに責任とってもらいます!」
「はぁ!?」
「……嫌、ですか?」
私は、首をかしげ尋ねた。
「嫌……じゃねぇよ。だが……」
「知ってます。士気に関わる……でしょ?」
「そうだ。だから今すぐは無理だ」
「それなら待ちます! いつか……泰平の世が来るまで」
私は、笑顔で言った。
「何年掛かるか分かんねぇぞ?」
「何年掛かっても構いません」
「そうか」
土方サンは満足そうな表情で、そう一言だけ呟いた。
泰平の世が来るという事は、徳川の世ではなくなっているという事だ。
そこには新選組はおろか、土方サンの姿も無い。
それどころか、私がいつ元の時代に戻されてしまうかも分からない。
実際は叶わぬ夢だと分かっては居るが、願わずには居られなかった。
土方サンに最期まで添い遂げる事を……




