生と死
「所サンを連れてきたぜよ!」
龍馬が勢い良く襖を開ける。
「桜……」
龍馬の背後に居た所は桜に駆け寄った。
「これは……酷い」
所は即座に持参していた麻酔薬を滴下すると、土方に指示をした。
「貴方は桜を前から抱えていなさい! その間に処置を行う。治療中、桜に呼吸があるかだけ確認するように!」
その言葉で土方は桜の前にまわり、前から抱きかかえる様な体勢をとった。
所は桜の着物の背面を切り取ると、処置を始める。
刀傷は右の肩甲骨の下から15センチ程度であったが、深さが深刻だった。
出血量がそれを物語る。
斬った浪士は文字通り、最期の力を振り絞ったのだろう。
所は黙々と処置を進めた。
「これで……終わりだ」
所が手を止める。
「桜は……助かるのか?」
土方は所に尋ねた。
「処置は滞りなく済んだ。だが……出血量が多い事から今はまだ分からない。最悪、このまま……目覚めないかもしれん」
「……そうか。先生、わざわざ悪かったな」
土方は桜を横にさせると、俯きながら呟いた。
「桜は私の大事な弟子だ。それに……彼女には恩がある。当然の事をしたまでだ」
「それにしても……先生。あんた、よく此処に来られたな」
「それは、わしの交渉力の賜物じゃき!」
龍馬が胸を張る。
「確かにそれもあるな。それと、本音を言えば……桜を藩邸に連れて行きたいと、私も高杉クンも思っている。新選組など……女が生きて行くには危険が多すぎる」
所は土方を見据えて言った。
「だが、何故それをしないか……わかるか?」
「…………」
土方は無言で所を見上げた。
「それは、貴方が居るから……だ」
「俺……が居るからだと?」
「桜は貴方の側に居たいと強く願っている。私や高杉が彼女に何を与えても、彼女を幸せにする事は出来ないだろう。彼女の幸せは……ただ一つ、貴方の側に居る事なのだから」
所は溜め息をつく。
「だから、もう自分を責めなくて良い。桜も貴方を助けられて……本望だろう」
「先生にも、才谷サンにも……借りができちまったな」
「気にする事はない。私にとっても、彼にとっても……桜は大切な存在だ。私たちはこれで失礼する」
所はそう言うと、部屋を後にした。
残された土方は、桜が目覚めるのを寝ずに待つ。
このまま、本当に目覚めなかったら……
悪い予感ばかりが頭を巡る。
「頼むから……目覚めてくれ」
何人もの浪士を殺めておいて都合の良すぎる話だが、土方は必死で祈った。




