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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
第14章 池田屋事件
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池田屋事件 ― 其の弐 ―



「な……んで、お前がこんな所に居やがる!?」



 意識を失った桜を抱きかかえると、土方は唇を噛み締めた。


 総司と斎藤が駆け寄る。


「副長……彼女は出血が酷い! 一刻も早く手当てせねば命に関わります!!」


 放心状態の土方に、斎藤は強く言った。


「土方サン!! 取り敢えず出ますよ!!」


 立ち上がろうとしない土方に苛立った総司は、桜を連れ出そうと手を伸ばす。



「触んじゃねぇ!!」



 土方の声に、総司は一瞬怯んだ。



「土方サンは、桜チャンを死なせる気ですか!?」



 総司の一言に、土方は我に返る。



「……すまねぇ。総司に斎藤! 近藤サンの所に戻るぞ!!」





 総司と斎藤に続き、桜を抱えた土方が外に出る。



 桜の姿を見た皆は思わず息を飲んだ。



 出血のせいか、桜の頬には血の気が感じられなかったからだ。



「トシ!!」



 近藤や山南らが駆け寄る。



「これは……一体!?」



 山南は口をつぐんだ。



「こいつぁ……本当に馬鹿な奴だよ、近藤サン。俺なんぞを守ろうとして……白刃の元に飛び込んできやがった。そのお蔭で……このザマだ」



 土方は声を絞り出す様に言った。



「とにかく……止血しなければなりません!!」



 山崎はそう言うと、手際良く桜の背中にサラシをきつく巻いた。



「しかし……この傷。縫合せねば、もたないだろうな。だが……新選組には、こいつの様に医術を使える者は……居ない」



 山崎は悔しそうに呟く。



 そうしている間にも、背中を流れる血は当て布を湿らせ始めていた。



 桜に残された時間は少ないだろう。




「……長州、藩邸」




 山南が何か思い付いたかの様に呟いた。



「長州がどうした? 山南サン。」



 原田が尋ねる。



「桜サンが……師と仰ぐ名医が居るんですよ。長州藩邸に!! 此処は藩邸とは目と鼻の先です。急げば……助かるかもしれない」



 山南の言葉に、皆は驚く。



「だが……たった今まで長州の者を斬っていたその足で、長州藩邸に行くなど出来る筈がない!!」



 近藤のその言葉は最もだった。




 長州藩邸に行けば、桜は助けてもらえるかもしれないが……連れて行った者は間違いなく斬られるだろう。



 誰も妙案が浮かばず、口を閉ざす。






「何じゃ! わしゃ不逞浪士じゃなか!! 離せっちゅーとるがじゃ!!」


 離れた場所から聞き慣れない声がする。


「なんだ……騒がしい」


 土方は眉間にシワを寄せる。


「局長! 付近をうろついていた不審な男を捕まえましたが……如何しましょうか?」


 平隊士に一人の男が連れられてやって来た。


「才谷……サン?」


 男を見るなり、山南が反応した。


「何じゃ、山南サンか?」


 才谷こと坂本龍馬と山南は、顔見知りの様だった。


「才谷サン、一つ頼みがあります」


「頼みっちゅうのは何じゃ?」


「貴方なら……長州藩士とも知り合いの貴方であれば、長藩邸にも出入りできる!! どうか、桜サンを助けて下さい!!」


 山南の一言に、龍馬は桜へと目をうつす。



「こがぁ……一体どうなっちゅうがじゃ? 何故、桜チャンが血塗れになっちゅう!?」



龍馬は取り乱す。


「……何でお前が桜を知ってやがる?」


 土方は龍馬を睨んだ。


「土方クン! 今はそんな事を言っている場合ではない!! ……才谷サン。彼女が師と仰ぐ長州の医者をご存知ですか?」


 山南は尋ねた。


「知らん事も無いが……」


 龍馬は口ごもる。


「お願いします! 彼女を……その医者に診せてもらいたいのです」


「ほんじゃが……桜チャンを藩邸に連れてくっちゅうのは出来ん。こんな姿を見れば……あの男はきっと、こん子を手元に置こうとするき。命は助かるかもしれんが、二度と……おまんらの所には戻れんじゃろうよ?」


 その言葉に、山南は戸惑った。


 再び沈黙が訪れる。




「それでも……良い!!」




 その沈黙を破ったのは、土方だった。



「命が……助かるなら。会えなくなろうが、んな事ぁどうでも良い!! だから……こいつを助けて……くれ」



「っ……トシ」



 近藤は土方の辛そうな表情に、何も言えなかった。



「ええ事を思い付いたき!! 所サンを連れて来れば、ええがじゃ! そうと決まれば……おんしら、そこの宿で待っとれ!! ちくっと行って来るき」



 龍馬はそう言うと、足早に去って行った。




 近藤らは後始末を済ませ、京の街を凱旋して屯所まで戻った。




 土方は桜を連れ、龍馬に言われた宿で待つ。




「お前が居なくなっちまったら……俺はどうすりゃ良いんだよ」




 玉の様な汗を流す桜の額を拭いながら、土方はぼそりと呟いた……



















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