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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
第14章 池田屋事件
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池田屋事件


 夜が訪れる。

 

 平隊士たちには、近頃不逞浪士が増えている為今夜は大掛かりな巡察を行う……という事になっている。


 今宵、池田屋に斬り込む事はギリギリまで伏せておくことで、情報が外部に漏れるのを防ごうという算段だ。


 屯所を出る寸前で、近藤サンが真の目的を話す手筈になっていた。


 門の前に続々と隊士たちが集まる。





「皆、集まったようだな? これより、我等は池田屋に御用改めに入る! 池田屋では多くの不逞浪士が集まっているとの情報を得た。浪士達を捕縛する事を最優先とするが、死闘は避けられないだろう……歯向かう者は斬れ!」


 近藤サンが演説すると平隊士は一時ざわめいたが、すぐに静かになる。


「それでは、出陣っ!!」


 総勢30名ほどが屯所を後にした。


 池田屋では15名が周囲を囲み、15名が中に入る作戦だった。


 史実では隊を分散していた為に最初に斬り込む人数が少なかったが、これなら新選組の被害は少なく済みそうだと思った。





 池田屋に着くと早速周囲を取り囲んだ。



 私も、山崎サンや山南サンらと共に池田屋の前で準備を整える。


 近藤サンの合図で、近藤隊や土方隊、井上隊が池田屋内に向かった。


 その三部隊の中に、幹部では斎藤サンや総司サンらも居た。


 従って、山南サンは私の護衛。


 原田サンや永倉サン、平助クンは外に逃げて来た浪士を捕縛する役目となった。


 武田サンは、屯所にて古高サンの見張り役だそうだ。



「御用改めである!!」



 近藤サンの声に、隊士達は次々に二階へと上がって行く。


 突然の来訪者に池田屋の者達は慌てふためいた。



 外で待つ私は、土方サンや皆の無事を祈る。



「副長なら……大丈夫だ」



 不安そうな表情の私に、山崎サンが声を掛ける。


「そうですよね……」


 服の裾をギュッと握り締め呟いた。


「そんなに泣きそうな顔をなさらないで下さい。うちは剣豪揃いですよ?そう簡単には斬られません」


 山南サンが笑顔で言った。



 男達の怒声が外にいる私達のところまで聞こえてくる。


 どれが誰の声か判別できず、不安になる。



 土方サン……どうか、無事で居て。



 何度も何度も、心の中で繰り返した。



 池田屋の裏口や隠し扉から逃げてきた浪士を、原田サン達は次々に捕縛していた。


 幸い新選組にはまだ怪我人は居ない様だ。



「山南サン! ……捕縛された浪士の手当てをさせて頂けませんか?」


「なんですって!?」


「折角生きて捕縛したのに……途中で死なれたら、尋問もできません。私に応急処置をさせて下さい!」



 本心では、出来る事なら誰も死なせたくない……と思い手当てをしたいと考えたのだが、山南サンを納得させる為にも、わざと最もらしい説明をした。


「わかりました……許可しましょう。山崎クン、原田クン達に伝えて来て下さい」


「御意」



 裂傷の酷い浪士達を集め、私は黙々と処置に取り組んだ。


「何故助ける?」


 処置の最中、何人もの浪士にそう尋ねられた。


 奉行所に引き渡した後は……浪士達は、獄死や処刑は免れないだろう。


 私がしている事は無駄である事など、私自身が一番良く分かっていた。


 しかし



 助けずには居られなかったのだ。





 目の前にある、その命を……





 どれ程の時が経っただろう。


 浪士達は続々と捕縛され、隊士達と共に池田屋の外に出てくる。


 近藤サンを筆頭に、幹部達は皆外に出てきた。



 だが……



 そこには、土方サンの姿だけが無かった。



「土方……サン?」



 私は居ても立っても居られず、走り出す。



「何処に行くつもりだ!?」



 山崎サンに手首を掴まれ制止される。



「離して!! 何で……土方サンだけ出てこないの?」



 山崎サンを振り切ろうとするが、その力の強さに敵わなかった。



「副長なら……大丈夫だ」



「何が大丈夫なんですか!? 私……総司サンに聞いてきます! だから、離して下さい」




 私がそう言うと、山崎サンは渋々手を離した。





「総司サンっ! 土方サンは!?」


「あれ? 出てきてない?おかしいなぁ、僕が一番最後だった筈だけど……」



 総司サンの言葉に、一気に血の気が引く。



 気付けば、池田屋の中へと走り出していた。



「ちょ……ちょっと! 桜チャン!?」



 総司サンは慌てて私を追った。





 私が……歴史を変えてしまったから?





 死ぬ筈だった隊士や、怪我を負うはずだった平助達を助けてしまったから?




 だから、その代わりに……




 土方サン……が?





 そんな悪い考えが頭をよぎった。






 池田屋の中に入ると、辺りは一面血の海……独特な鉄臭い香りに満ちていて、それだけで戦闘の凄惨さが見てとれた。


 更に、至るところに不逞浪士であろう遺体が転がっている。


 私は必死に土方サンを探しながら、二階を目指した。



「土方サンっ!! 何処ですか!?」



 必死に叫ぶも、返事が無い。


 最悪の事態が想定され、自然と涙が溢れた。



 二階に上がると、何処からか剣が重なり合う音が聞こえた。


 そこに土方サンが居ると確信した私は、脇目もふらず一心不乱に走る。



「土方……サン」



 音のする方を辿ると、土方サンは一人の浪士と剣を交えていた。


 その姿に思わず立ち尽くす。


 土方サンは、私の存在に気付いて居ない様だった。


 いつの間にか総司サンと斎藤サンが私に追いついており、私の背後に立っている。


 土方サンの姿を見ると、総司サンと斎藤サンは刀に手を掛け、加勢しようと近づく。




 その時




 土方サンの側に倒れていた血塗れの浪士が最期の力を振り絞り、土方サンを背後から狙って斬りかかった。




「危ないっ!!」




 頭より先に、私の体は動き出していた。





 一瞬、何が起きたのか理解出来なかった。





 ただ分かるのは、背中に走る火傷のような激しい痛みだけ……




「桜チャン!?」




 総司サンの声が遠く聞こえた。




 斎藤サンが血塗れの浪士を、総司サンが土方と対峙していた浪士を鮮やかに斬る様を見たのを最後に、私はその場に崩れ落ちる。





 歴史を変えたその歪みは





 私自身に返って来たのだ……





 それでも





 土方サンが……無事で……良かっ……た






 薄れゆく意識の中、そう思った。




「桜!?」



 土方サンは振り返ると私を抱きかかえ、何度も何度も呼び掛けるが、既にその声は私には届かなかった。














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