捕縛 ― 桝屋 喜右左衛門 ―
昨夜、寝付いたのは深夜だったというのに、私は夜が明けきる前に目が覚めてしまった。
隣で眠る土方サンを起こさないよう、部屋を出る。
当然、辺りはまだ薄暗く、屯所内は静まり返っている。
物音を立てないよう、細心の注意を払いつつ医務室に向かった。
医務室に着くなり、治療に必要な物品を準備する。
今夜、起こるであろう事件に備えて……
昨夜私が情報を与えた事で、新選組の隊士達は浪士を探し回る必要がなく、池田屋に全部隊が直接向かえる。
それは、新選組を優位に立たせると同時に、怪我をする隊士や、この事件で命を落とす筈だった隊士を救う事に繋がるかもしれない。
しかし
同時に、長州を
私を大切に扱ってくれた晋作達を
裏切る形になる。
土方サンを、新選組の皆を大切に想う心に偽りはないし、それは決して揺るぎはしない。
だが、複雑な心持ちであるのもまた事実であった。
「やはり此処だったか」
土方サンが医務室に訪れる。
「今朝、お前の言う通り武田が桝屋喜右左衛門を捕縛した」
「そう……ですか。それで、武器庫から武器は押収しましたか?」
「ああ。それも無事に済ませたようだ。桝屋……いや、古高は今夜の騒動が済み次第、奉行所に引き渡す。これで文句は無いな?」
「はい。ありがとうございます」
「それにしてもお前は有能だな。お前には……当然、俺の死に様も分かってんだろうな」
土方サンの一言に、私は息を飲んだ。
「縁起でも無いことを言わないで下さい! 土方サンは……私が守り抜いてみせます! 例えそれが、歴史の道理に背く行為であったとしても……」
「そうだな……」
土方サンは、泣きそうな表情の私の頭を優しく撫でると、笑顔でそう呟いた。
「それと……これから幹部達の会議がある。お前も参加しろ。」
「えっ!? わ……私が?」
状況が上手く飲み込めず、その場に立ち尽くす。
大切な幹部の会議に、私が参加して良いのだろうか?
「近藤サンや山南サンと決めた事だ。今後、お前にも幹部会議に参加してもらう。肩書は……そうだな、新選組の専属医ってとこか? 要するに、幹部と同等の役職になったっつーこったな!」
土方サンはさらりと告げた。
「え……えーっ!? その、皆さんは反対なさりませんでしたか? 私なんかが……その、急に幹部だなんて!」
「近藤サンの決定は絶対だ!」
「ですが……」
不安そうな表情の私に土方サンは言う。
「皆、お前の功績を認めている。お前程に医術に長けた奴は此処にはいねぇ。ならば、その地位も当然の事だ。良いから、もっと胸を張れ!」
「は……はい!」
私達は揃って広間に向かった。
広間には既に、幹部達が集まっていた。
古高サンは屯所の牢に入れられ、島田サンらが見張りをしているらしい。
「皆、揃ったようだな。それでは会議を始めよう」
近藤サンが口火をきる。
「武田サン、桝屋は何か話しましたか?」
山南サンが武田サンに尋ねた。
「こちらの問いに全く答えず、黙りでしたので……昨夜、桜サンから伺った事を話してみました。すると……非常に驚いた様子で、最終的には放火の画策の件を自白致しました」
「そうですか……それは、ご苦労様でした」
山南サンは武田サンを労った。
「さて……桜サンの先読みは現実の物となりましたね? 古高奪還の為、今宵は池田屋に浪士が集まるのですよね?」
山南サンの言葉に、私は頷いた。
「それで……だ。隊士の配置を練った。これを見てくれ」
土方サンは真ん中に紙を広げた。
「まず、池田屋を取り囲む隊と池田屋に斬り込む隊に分ける」
「はいっ! 僕は斬り込む方の隊に参加しますよ!」
総司サンは手を挙げ言った。
「んな事ぁ当然だろう? 総司……今宵はお前の腕が勝利の鍵を握る。お前には二階を任せる」
「了解ですっ!」
総司サンは満足そうな表情を見せた。
その後も、土方サンは配置について皆に説明する。
「最後に……桜」
「は……はい!?」
剣の扱えない私は当然、屯所で留守番と思っていた為、急に呼ばれ驚いてしまった。
「剣の振るえねぇお前を戦場に連れてくのは気が引けるが……今宵は、一刻を争うような怪我を負う隊士が出るかもしれねぇ。お前には池田屋の前で、負傷者の治療に当たってもらう」
「はい!」
「先程述べた通り、池田屋の周りは大勢の隊士で囲む。更にお前には山南サンを付け、お前の身は山南サンが守る。山南サンはこう見えて腕は確かだからな……お前は安心して治療に専念しろ」
「こう見えて……は余計ですよ? 土方クン。私も、だてに免許皆伝ではありませんからねぇ……貴女の事は、私の命に変えても守り抜きますよ?」
山南サンは笑顔で言った。
「さて……それでは、皆は準備に当たってくれ。平隊士たちには、池田屋に斬り込むと言うのはくれぐれも伏せておくように! 外部に情報が漏れる事は防がねばならんからな」
近藤サンの言葉に、会議は終了となる。
皆は取り急ぎ、準備に向かった。
私も医務室に向かう。
運命の時は……
刻、一刻と迫っていた。




