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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
第14章 池田屋事件
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池田屋事件 ― 前夜 ―


 元治元年6月5日


 現代で言う7月8日


 明日は、この京に新選組の名を一躍有名にした事件が起こる。



 そう




 池田屋事件だ。




 この騒動は8日の早朝に、幹部の一人である武田観柳斎が古高俊太郎を捕縛する事から始まる。


 明日の事を思うと、私は気が気ではなかった。



 土方サンにだけは……伝えたい。



 そう思い立ち、夜分遅く土方サンの部屋に向かった。





「土方サン……まだ起きていますか?」


「ああ……何だ? 入れ」


「失礼します」


「眠れねぇのか?」


 土方サンは笑いながら言った。


「取り急ぎ……報告したい事がありまして」


 私の緊迫した様子に、土方サンの表情も陰りを見せる。


「何だ?言ってみろ」



 私は小さく深呼吸をすると口を開いた。



「明日……武田さんが一人の男を捕縛すると思います」


「男?」


「名を古高俊太郎……長州の縁者であり、尊皇攘夷派の支援をしている者です。彼は、長州藩と有栖川宮家が尊皇攘夷活動をするのを仲立ちする程、重要な人物なのです」


「それで?」


「彼を捕縛した際……その、土方サンが酷い尋問に掛け……重大な情報を得る、と私の時代に伝えられています」


 私は土方サンを見据えると、更に続けた。



「ですが、彼を尋問に掛けるのは……止めて欲しいんです。彼が話す情報なら私が全て話します! 彼を斬るなとは言いません……しかし、苦しめて殺すくらいなら……いっそ、一思いに……と。それに……土方サンにそんな事をさせたくありません!」



 土方サンは私の話を聞くと、溜め息を一つ付いた。



「お前は……その者を知っているのか?」


「いいえ……会ったことも無ければ、話した事もありません」


「なら俺が尋問に掛けようが、お前は苦にならないはずだろう?」



 私には、古高サンが受けた尋問の壮絶さから来る古高サンへの同情心と、そんな汚れ仕事を土方サンにさせたくない……と言う強い思いがあった。



「どうしても尋問に掛けると言うのなら……私が尋問を行います!」



 私は、とにかく土方サンに折れさせようと必死だった。


「わかった、わかった。尋問は行わねぇ……奴はその後奉行所に引き渡す。だが、奉行所に引き渡すという事は、斬首もあり得るという事だ。……これで良いか?」


「ありがとうございます」


「で? 奴に自白させた情報ってのは何だ?」



 私は、土方サンに一つ一つ説明する。



「長州をはじめ、肥後や土佐を脱藩した尊皇攘夷派の過激派の浪士達が密かに京に集まり、倒幕の計画を企てている事は……既にご存知かと思います」


「まぁ……その辺は山崎や島田らに追わせているからなぁ」


「その計画とはこうです。数日後、強風の日に京に火を放ち、京に混乱を起こさせます。その際、幕府に味方する中川宮を幽閉し……容保公を殺害。更には、天皇を長州に連れ去ろう、というものです」


「な……んだと!?」



 これには土方サンも驚きを隠せない様だった。



「不逞浪士達は……明日、捕縛された古高の奪還の為、池田屋で会合を開きます。その際に、新選組の屯所を焼き払い……隊士を皆殺しにしようと企てるのです」


 私は、一呼吸置く。


「これを新選組が未然に防ぎ、不逞浪士達を一網打尽にしたのが……私の時代に伝えられている、池田屋事件です」


「…………」


「信じて頂けますか?」


 私は、心配そうに尋ねた。



「お前は……監察方としても有能だな。これから、幹部を集める。奴等の前でもう一度……説明してやってくれ」



 土方サンは頭を下げると、急いで近藤や幹部に声を掛けた。






 深夜だが、緊急との事で幹部全員が広間に集められた。


 皆が揃うと土方サンは私に、先程の話を説明するよう促す。


 コクりと頷くと、土方サンに話した事を皆に説明した。


 皆、驚きを隠せない様だ。


 それもその筈だ。


 明日起こり得る事を聞かされたのだ。


 私の素性を頭では理解しているつもりでも、心がついていかないのだろう。



「俺は嬢ちゃんを信じるぜ!」



 沈黙を最初に破ったのは原田サンだった。


「僕も信じますよ。桜チャンは……僕を死病から救ってくれたんだから!」


 総司サンも賛同する。


「俺だって信じるさ! 嬢ちゃんの先読みは当たるもんな?」


「俺も、俺も! 桜を信じるに決まってんだろ!」


 永倉サンと平助クンもそう言うと、いつもの笑顔を見せる。


「私も……貴女に賭けてみようと思います。貴女が先の世から来たという事は、その情報も歴史的事実でしょう」


 山南サンは呟いた。


 井上サンと斎藤サンも、山南サンの言葉に頷いている。


「それにしても……私がその重要人物を捕縛するとは、たいそうなお役目ですねぇ。明日は気合いを入れて隊務に当たらねばなりませんね」


 武田サンは笑顔で言った。



「近藤サン! あんたはどう思う? 俺達は近藤サンに従うまでだ」



 土方サンは近藤サンに意見を求めた。



「桜サンを疑う事はできん……彼女は新選組の為によくやってくれている。彼女が先の世から来たという事も、今は理解しているつもりだ。トシ……明日の隊士達の配置を練っておいてくれ!」


「わかった」


「それにしても……天子様を略奪しようなど、赦せぬ所業だ!」



 近藤サンは憤りをみせた。



「最後にいくつか……よろしいですか?」


「何かな?」


 近藤サンが笑顔で答える。



「総司サンは労咳が完治しているので問題はありませんが……平助クンがちょっと」



「えっ? 俺!? なに、なに!?」



 私の言葉に平助クンが不安そうな表情になる。


「この騒動で、額に深い傷を負う……と書物にあったのを思い出しまして」



「えっ!? 俺だけ?」



 平助クンは困った表情をする。



「さっすが魁先生! 池田屋でも特攻しちまうのかよ~」


 原田サンの言葉に、皆が笑った。


「うっわ、佐之サンまで……ひでぇよ!!」


 平助クンは頬を膨らませながら言った。


「平助、とにかく明日は気を付けて隊務に当たれ」


 土方サンがそう言うと、平助クンは小さく返事をした。




「それと、明日は会津藩が援軍に来たとしても……新選組のみで池田屋での隊務に当たって下さい」


「何故だ?」


 近藤サンは不思議そうに尋ねた。



「新選組の手柄にする為です。この一件、新選組のみで隊務に当たれば……新選組の名は瞬く間に轟きます。しかし、会津藩の手を借りれば……新選組の手柄にはなりません」



「そこまで考えるたぁ……さすがは俺が選んだ女だな」


 土方サンは満足そうな表情で言った。


 その後すぐに会議はお開きになった。


 寝付けない私は、土方サンの部屋に泊まらせてもらう事にした。


 ぼんやりと天井を眺め、考える。





 一見、歴史通りに進んでいる様に見えるが……総司サンの事と言い、私が少しずつ歴史を変えてしまっているのも事実だ。




 いつか……




 歴史の歪みで、私の知っている歴史と異なる出来事に出くわす事になるのだろうか?



 不安は当然あるが、今は土方サンの事……いや、新選組の事を考えるだけで、精一杯だった。



 私は徳川の世を続かせたい訳ではない。



 ただ……



 新選組が



 各々の最期の、その瞬間まで



 武士として誇り高く生きて欲しい

 



 そう願うだけ……




 隣で眠る土方サンの手をギュッと握ると、私も眠りに付いた。













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