花見の宴
3月3日
現代で言う4月8日
京都所司代、稲葉長門守正邦より、新選組は従来通り、松平肥後守支配との達しを受ける。
京では桜が咲き乱れ、屯所内の桜も例外ではなかった。
私がこの時代に飛ばされたあの日、私の傍らに立っていた桜の木は……他のそれとは比べ物にならない程、美しかった。
あの日……現代では入学式だった。
元の時代が急に懐かしく感じ、例の桜の木に寄り添う。
「お前……こんな所に居やがったか」
土方サンは私を探していたそうだ。
「あれ……土方サン?」
「あれ? じゃねぇよ。何でこんな所に一人で居るんだ?」
土方サンは訝しげに尋ねた。
「土方サン……覚えて居ますか? 初めて会った時……この木の所だったんですよ」
「あぁ。覚えてるさ」
「私がこの時代に飛ばされたあの日、私の時代では入学式でした」
「入学式? ……何だ、そりゃ?」
土方サンは聞き慣れない言葉に、首をかしげる。
「入学式はですねぇ。学校、いえこの時代で言う寺子屋みたいな施設に新しく入る生徒を集めて、歓迎の式典をやるんです」
「……そうか」
「私の学校にあった桜の木は……きっと、この木なんでしょうね」
私は立ち上がると、桜の木に懐かしそうに手をあてた。
「お前……元の時代に帰りてぇのか?」
土方サンは少し寂しそうな表情で言う。
「そうですねぇ……来たばかりの頃は、そりゃあ帰りたかったですよ? ……でも」
「……でも?」
「今は、土方サンと一緒に居たいから……帰りたくありません!」
私がそうハッキリと言うと、土方サンは優しい表情になる。
「……そうか。それにしても、お前は不思議な奴だな。見知らぬ所でも生きていく事ができる……何てぇか、芯の強さがあるな。そういう女は嫌いじゃねぇ」
「それも、これも……土方サンのお蔭ですよ」
土方サンは微笑んだ。
土方サンのその綺麗な笑顔と咲き乱れる桜の花に、思わず見とれてしまった。
「そういや……土方サン、私に用があったのでは?」
「ああ。すっかり忘れていた。今宵は花見を行うと近藤サンが言っていた。それを伝えに来たんだ」
「わかりました。わざわざ、ありがとうございました」
女中たちは忙しなく屯所内とこの庭を行き来し、着々と宴の支度をしていた。
今日の宴は花見の宴。
美しい桜と並べるよう、私も身支度を整える事にした。
今日の着物は淡いピンクの、桜の柄の入った物にした。
髪を横で上にしばり、化粧を施す。
最後に、初めて京の街に土方サンに出た時、土方サンに買ってもらった簪をさした。
「桜は~ん!」
「葵チャン?」
良いタイミングで葵チャンがやって来た。
「葵チャン……どうしたの?」
「今日は屯所で花見の宴が開かれますんやろ?」
「どうしてそれを?」
「総司はんに聞きましたんや。総司はんが誘ってくれはりましたんで……それに桜はんにも、お会いしたくて」
葵チャンの呼び方が『沖田』から『総司』に変わっていた事に少し驚きつつも、微笑ましくなる。
「葵チャン、今日はいつにも増して可愛いね! 総司サンも喜ぶよ!」
「いややわぁ」
照れる葵チャンに表情がほころびつつも、『護ってあげたくなるような可愛らしい女の子』に憧れ、葵チャンが少し羨ましくなる。
土方サンも……こういう可愛らしい女の子が好きなのかなぁ?
「おい……支度は出来たか?」
土方サンが部屋の外から声を掛けてきた。
「あっ。今行きます!」
部屋から出た。
土方サンは私と葵を見比べる。
「随分と気合い入れてんじゃねぇか。……近藤サンも待っている。行くぞ!」
中庭に着くと、既に隊士たちは集まっていた。
葵チャンは、総司サンを見付けるなり駆け寄った。
その後を追うようにして、私と土方サンも同じ席に着く。
近藤サンと雛菊サン、土方サンと私、総司サンと葵チャン、他の幹部たち……それに山南サンと見掛けた事のない女性が居た。
山南サンとその女性は、とても親しそうな様子だ。
私達が腰を下ろすと山南サンがその女性を紹介した。
「桜サンは初めてでしたね? ……こちらは、明里と言います」
明里サンはとても美しい女性で、つい見惚れてしまいそうになる。
「よろしゅう」
「あっ。こちらこそ、よろしくお願いします!」
宴が始まり、皆楽しそうに酒を酌み交わす。
雛菊サンは大人の色香漂う、美しい女性。
明里サンは気品があり聡明そうで、綺麗な女性。
葵チャンは柔らかい雰囲気を持つ、可愛いらしい女性。
この中に居ると、女として自分が一番劣って居ると感じ、何だかいたたまれない気持ちになる。
「何だ? お前……浮かない面してんな」
「別に……何でもありませんよ」
「そうは見えねぇんだがな」
土方サンは呟くと、杯をあおる。
「土方サンは……どういう女性が好みですか? 例えば……雛菊サンや明里サン、それに葵チャン。この中ならどの方が良いですか?」
土方サンを横目でチラリと見る。
「そん中にお前は居ねぇのかよ……」
「居ませんよ。この三人の中で選んで下さい」
土方サンはしばらく悩むと、ようやく口を開いた。
「……居ねぇ」
「もぉ、答えになっていませんよ~」
「仕方ねぇだろ……居ねぇモンは居ねぇよ」
「みんな美人なのにどうして?」
「そうだなぁ……まず葵みてぇな女は無理だな。ああいう女々しい雰囲気の女は面倒臭ぇ」
「総司サンにはピッタリだと思いますけど……ほら、何だかんだで仲良くやってるみたいだし」
私と土方サンは、総司サンと葵チャンに目を移す。
二人はまるで恋人同士の様な雰囲気だった。
「まぁ……総司には、ああいう女が似合う様だな。あとは、雛菊サンか……ありゃ良い女だが、年上の女はあまり得意じゃねぇんだよ」
「じゃあ……明里サンは?」
「一番ありえねぇな」
「どうして?」
聡明そうな美しさを持つ明里サン、土方サンが好みそうな女性だった為、私は不思議に感じた。
「そりゃそうだ。あの偏屈な山南サンを好む女だぞ? ……相当変わった性格の女に違いねぇ」
土方サンは眉間にシワを寄せた。
「人の好みはそれぞれ……ですねぇ」
私は、首をかしげた。
「当たり前だ。じゃあ、逆に聞くが……お前の好みは?」
「好み……ですか? そうですねぇ……土方サンみたいな人です!!」
必死に考え真剣に答えた私に、土方サンは思わず吹き出した。
「何だそりゃあ。答えになってねぇじゃねぇか」
「なってますよ~。仕事中の土方サンの厳しい所も好きだし、優しい所とか心配性な所も好きです。あとは、時々可愛い所も好きですよ? 勿論、顔もです!」
「か……可愛い!?」
土方サンは私の言葉に強く反応する。
「土方サンは可愛い所もありますよ~。この前の発句集の時なんて……」
私が言い切らない内に、土方サンは私の頭をグシャグシャと撫でた。
「そーかい、そーかい」
「もうっ! 土方サンてば酷いです!! 折角、髪を結ったのに~」
頬を膨らませながら、髪を整える。
「まぁ、こういうのも……悪かねぇなぁ」
土方サンは空を仰ぐと、呟いた。
このように、ゆったり過ごせる時間はもう殆ど……残っていないのかもしれない。
そう考えると、この刻が果てしなく貴重な時間に感じられた。




