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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
第13章 変わらない物と変わりゆく物
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宵闇の月


 あれから半月程経つと言うのに……その後も負傷する隊士は増えていた。


 しかし


 不思議な事に何故か平隊士のみが狙われ、更にその刀傷はどれも浅い物であった。


 これはある意味、警告の様な物なのではないか?


 そう思わずには居られなかった。





「クソッ……何故こうも平隊士のみが狙われる!?」


 土方サンは苛立ちを込めて呟いた。


 土方サンの部屋に居た私は、そっと寄り添った。


「お前……いきなりどうした?」


「土方サンが辛そうな顔をしてたから……ちょっとでも、癒せないかなぁと思いまして」


 そう言うと、土方サンは私の肩を抱いた。


「ハッ……。お前にみっともねぇ所を見せちまったな……気ぃ遣わせて悪ぃな」


「そんな事はありませんよ?私としては、出来ればもっと頼って欲しいくらいです」


「そう……か」


 土方サンは呟いた。





「副長……失礼致します」


「あぁ、山崎か。入れ」


 部屋に入った山崎サンは、土方サンと私を見比べる。


「お取り込み中……申し訳ありませんでした。取り急ぎ、報告すべき事柄がありまして」


「取り込んでなんざねぇさ。で……何か分かったのか?」



 土方サンに肩を抱かれている状態の私は、身動きが取れず……仕方が無いのでその場でおとなしくしている事にした。



「八月の政変以来、入京を禁じられて居た長州の者どもは……その政変以降も相変わらず、藩邸を中心に集まって居る、という事は既に周知の事実なのでしょうが……」


「あぁ……そうだな。そりゃあ皆、勘づいているさ。何より、こいつが高杉に連れ去られた件もあるからなぁ。で、山崎……それと今日の報告に、何の関係があるんだ?」


「今までは、我々も……長州者の方が特に騒動でも起こさない限りは、多少は目をつぶってきました……しかし、そうも言って居られない状況の様です」


「な……に?」


 土方サンは鋭い目付きで、険しい表情になる。


「昨今、集まって居る長州藩士たちは過激派の者が大半の様で、此度の件もその過激派の者共の仕業の様です。新選組に対する牽制の意味合いだろうかと……」


「そうか……それだけ分かりゃあ上等だ。まずは平隊士の巡察について検討しなきゃなんねぇな?」


「それが得策かと存じます。」


 山崎サンは土方サンの意向に同意する。


「後は……その過激派とやらを捕縛しねぇとなぁ」


 土方サンは考え込む。



「それと……今回の件には関わりは無いとは思いますが、このところ岡山藩の方でも不穏な動きがあるとの報せを受けました」


「岡山藩……か。ならばそちらにも、密偵を潜らせるか」


 岡山……藩。


 何だろう、この胸騒ぎは。


 必死に記憶を辿る。


「もう少し情報を集め、疑惑がより確実になりましたら松山幾之助を向かわせようかと思っています。早くても、翌月になってしまう見込みですが……」



 その名前に、私の頭の中で絡まっていた記憶の糸がほどける。




「ダメ!! その人を岡山に行かせちゃダメっ!!」




 私は、必死に声を張り上げた。




「おい……急にどうした? 松山に肩入れでもあんのか?」


 土方サンは訝しげに尋ねた。


「違うの。その人を岡山に行かせたら……密偵だと露見して斬殺されちゃうの!!」


「な……に?」


「行かせれば、情報も得られないばかりか……彼を犬死にさせてしまう」


 私の言葉に、土方サンと山崎サンは顔を見合わせる。



「お前がそう言うなら……その通りなのだろうな? 山崎、岡山の件に関しては保留だ。此処で集められる情報のみをまずは集めてくれ」



「御意」



 そう言うと、山崎サンは部屋を後にした。



 時代はかの有名な出来事、池田屋事件に向けて動き出していた。






 夕餉が済み土方サンたちと縁側で過ごす。


 今夜は月が綺麗だからと縁側で月見酒だ。


「土方サン……一つ聞いて良いですか?」


「何だ?」


「豊玉発句集……見せて下さい」


 土方サンにこっそり耳打ちする。



「お……お前、何で知ってやがんだ!?」



 土方サンは驚きのあまり、大声を上げた。


「え~? 何、何?」


 総司サンは興味深そうに尋ねた。


「実はですねぇ……」


「お、おい! ちょっと待て!!」


 土方サンは慌てて私の口を塞ぐ。


「怪しいなぁ~」


 総司サンは楽しそうに言った。


「何だ、何だ? 随分楽しそうじゃねぇか? 俺らも混ぜてくれよ~」


 原田サンと永倉サンはニヤニヤしている。



「あらぁ……江戸に置いてきた」



 土方サンは私の口から手を離すと、呟いた。



「梅の花~一輪咲いても?」


 土方サンの反応からそれは嘘だと感じ、私はおもむろに土方サンの句を詠む。


 土方サンは思わず、酒を吹き出した。


「あれ? それって……土方サンの句じゃない?」



 総司サンはキョトンとした顔で尋ねる。



「そ、総司……何故お前が知ってる!?」



 総司サンは懐をまさぐる。



「これですよ! この前、ちょっと借りました!」


「なっ!?」


「あー! それ、見せて下さい!」


 何故か総司サンが持っていた私の目的の物をねだった。


「いやぁ……これ、眠れない夜には丁度良いんだよね」


 総司サンは私に発句集を渡そうと差し出した。



「総司! さっさと返しやがれ!!」



 土方サンは総司サンに飛びかかる。


 総司サンはそれをヒラリとかわすと、土方サンから逃げながら句を詠み始めた。



「さっきのは……これだ、これ! 梅の花~。一輪咲いても梅は梅!」


「総司っ! それ以上詠むんじゃねぇ!!」


「嫌ですよ~。あれ? 何でこれだけ丸が付いてんですかい?」



 総司サンの身軽さに、土方サンは捕まえられないでいる。



「しれば迷い~。しなければ迷わぬ~」


「てめぇ……」



 その時


 斎藤サンが総司サンの手から発句集を取り上げた。



「副長を困らせるのは、あまり感心しないな」



 そう呟くと、発句集を土方サンに渡した。



「もぅ! 良いところだったのに~」


 総司サンは頬を膨らませる。



「斎藤……助かった。礼を言う」



 土方はそう言うと発句集を懐に仕舞い、腰を下ろすと杯を飲み干した。



「土方サン……さっきの句、最後は何ですか?」


 知っていたが、わざと尋ねた。


「んなモン……忘れちまったよ」


 予想通りの答えが返ってきた。



「じゃあ……その句は、いつ詠んだんですか?」


「……そうだなぁ。少し前だな」


「少し前って……私がこの時代に来てからですか?」


「そうだ……それがどうした?」


「下の句を忘れたのに、いつ詠んだかは覚えてるんですね?」



 その一言に、土方サンは言葉を詰まらせた。





「いつか……見せて下さいね?」





「……気が向いたらな」






 先程の句




 しれば迷い



      しなければ迷わぬ



              恋の道




 私が来てからだと聞き、私との事だと勝手に都合良く解釈した。




 ここ半月の出来事を忘れそうになる程、穏やかな夜だった。














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