建前上の小姓
「お待たせ致しました」
私は、静かに襖を開ける。
「どや? 綺麗でっしゃろ?」
雛菊さんは、満面の笑みで男達を見渡した。
「ほう……本当に良く似合っているなぁ。さすが雛菊、見立てるのも上手いな。雛菊は美しさ、桜サンは可愛らしさ……こりゃあ、新選組がより一層華やかになったなぁ」
「勇はんたら……いややわぁ」
頬を赤らめる雛菊サンもまた美しい。
私が腰を下ろすなり、総司さんが私に飛び掛かる。
「わぁ……可愛い! やっぱり桜ちゃんは、僕の小姓にしたい! 冷徹な土方さんなんかには、絶対に渡せないですよ。……近藤さぁん、お願いします!」
小姓??
小姓って……あの小姓?
私が?
誰の?
「総司、それはさっきも説明しただろう?」
一人の男が総司さんをたしなめる。
「その話の前に……まずは、幹部の紹介からしよう。話はそれからだ……な、総司」
近藤さんは相変わらず、気持ちの良い笑顔だ。
総司さんは納得こそはしていない表情だったが、おとなしく近藤さんの言葉に従った。
「まずは……山南君の隣から、原田君に永倉君、斎藤君に藤堂君だ」
近藤さんの紹介に引き続き、それぞれが思い思いに口を開く。
「いやぁ、可愛らしいなぁ。こりゃあ島原のお職にも見劣りしねぇ。……なぁ、新ぱっつぁん?」
「良いね、良いねぇ。屯所が華やかになると、その分士気が上がるってモンよ」
原田さんと永倉さんは、嬉しそうな表情で私を眺めている。
「原田さん、永倉さん……島原の遊女などと比べるなど、彼女に失礼ですよ」
斎藤さんは、静かに二人をたしなめた。
「相変わらず、ハジメは頭が固いなぁ。あっ! 俺は藤堂平助。平助って呼んでくれ。まぁ何だ、上手い事は言えねぇが……とにかく、よろしくなっ!」
「よ、よろしくね……平助くん」
私たちのやり取りを見ていた総司さんの頬が、一瞬にして膨れる。
「あー、平助だけズルイ! 僕も名前で呼ばれたいなぁ……」
「えっと……総司……さん?」
「うん! 今はまぁ、それで良いや。上出来!」
私に名前で呼ばれるなり、総司さんに笑顔が戻る。
「さて、総司。続けても良いだろうか?」
近藤さんは、困ったような笑顔で尋ねた。
「トシの隣から、山崎君に井上君だ。まだまだ他にも副長助勤や大勢の隊士が居るが……それぞれ隊務もあるからなぁ、その内紹介しよう」
「よろしくお願いします」
山崎さんと井上さん、そして私の三人は互いに頭を下げた。
「紹介が終わった所で本題だが……」
「局長、私から説明しましょう」
近藤さんの言葉に、山南さんが割って入る。
「ああ……山南君、頼んだ」
その一言に、山南さんは微笑んだ。
「知っての通り、ここは男所帯です。貴女の安全と、隊の士気を保つためにも……貴女には幹部の小姓となって頂く事となりました。幹部格の小姓であれば、隊士たちも気安く手出し出来ないでしょうからね。……とはいえ、実際は平隊士たちにそう思わせる事こそが目的ですので……あくまで名目上、なのですが」
山南さんは、真剣な表情で言った。
「しかしながら、誰の……というところで、やけに立候補者が多くて……些か揉めましてね。そこで……最終的には、土方君に頼むということで話が纏まりました。まぁ……彼の小姓という事であれば、色々な意味で一番安全ですからねぇ」
私は土方さんをチラリと見た。
土方さんは、本当は嫌だったのだろう。
山南さん辺りにでも上手く言いくるめられたかのようで、より一層不機嫌な表情をしている。
「うちには、女中が居ますので雑用事をする必要はありません。ハッキリ言ってしまえば、貴女や雛菊さんは特別です。貴女は貴女のやり方で医術を学んで頂き、その技術を我々に還元する……それが私たちの考え出した、此処での貴女の仕事です。当然、その働きや活躍に応じて、それに見合うだけの給金も出しますよ?」
それだけ言うと、山南さんはニッコリと微笑んだ。
この人たちは、どう考えても怪しげな私をすんなり受け入れてくれ、住まわせてくれるどころか仕事まで与えてくれた。
もしも、ここで追い出されてしまっていたら……私の悲惨な末路は想像するに容易い。
近藤さん達の優しさに……感謝の気持ちで、今にも涙が溢れそうだ。
「ありがとうございます! 必ず……このご恩に報いるだけの働きはしてみせます。ですから……その……よろしくお願いします」
私は、これまでに無いくらい深々と頭を下げた。
「さて、こんなところで宜しいですか? 局長?」
「山南君、いつもすまないな。……トシ、夕餉までしばらく時間がある。早速だが、桜さんに屯所内や京の街を案内してやってくれ」
近藤さんの言葉を受けた土方さんは、総司さんの首根っこを掴むと、私から無理矢理引き剥がした。
「総司! てめぇはさっさと仕事に戻れ。それから……。おい、山崎……例の件、俺が出掛けている間に済ませておけ。良いか、頼んだぞ?」
土方さんは、そう言うなり私の手を掴む。
その掴み方は荒々しく、この人から優しさというものは微塵も感じられなかった。
苦手なタイプ……
それが、土方さんの第一印象だった。
「行くぞ!」
土方さんはそう一言だけ呟くと、私を引っ張ったまま部屋を出た。
「あの嬢ちゃんも、土方さん相手じゃ苦労するな。あの人は、興味の無い奴には特に冷てぇからなぁ……」
「一体、何日持つかなぁ? 可愛らしい娘なだけに、もったいねぇなぁ」
部屋を出る際、原田さんと永倉さんが発した言葉が、やけに耳に残った。




