元号の改元
2月20日……西暦の暦でいう3月27日。
この日、元号は改元となった。
文久4年
改め
元治元年となる。
冬の寒さも和らぎ、桜の花が咲くのを待ちわびる季節となった。
この年から、歴史は目まぐるしく動き出す。
新選組側にも、倒幕を目論む者たち側にも……今までとは比べ物にならない程の負傷者や死者が出る事だろう。
いつか、晋作が言っていた言葉が耳から離れない。
「革命に血は付きモンだ……そりゃ仕方ねぇ事だろう?」
それでも
私は助けたい。
新選組は勿論、新選組と対立する人々の事も……
だが実際は、どうして良いのか皆目検討もつかなかった。
此処に居る限り、新選組の人々しか助けられないだろう。
日本の未来の為に戦う
それは、どちらも同じ事なのに……何故、同じ日本人が血を流さなければならないのだろうか。
そんな事を考えながら、窓の外に今もまだ少しだけ咲き残っていた梅の花を眺める。
梅の花
一輪咲いても
梅は梅
豊玉発句集の一句をふと思い出し、思わずクスリと笑った。
そういえば……豊玉発句集って本当にあるのかなぁ?
土方サンが句を詠む所って、見たことないや。
「桜サンっ! すみませんが木内の手当てをお願いします!!」
平隊士の笹塚サンが、負傷した木内サンを担いで医務室にやって来た。
「刀……傷? とりあえず、そこに横にさせて下さい」
笹塚サンに木内サンを横に寝かせてもらい、私は木内サンの血に汚れた羽織を脱がせた。
脇腹の辺りには、大きな刀傷が付いていた。
深さはさほどでは無いが、縫合するには傷が広範囲すぎる為、痛みに耐えられるか心配だった。
現に、痛みの為か木内サンは玉の様な汗を流している。
普段は、小さな傷であれば冷しながら手早く縫合してしまうが、広範囲の傷であったり本人が痛みに強いかどうか等によっては麻酔を使う様にしていた。
木内サンに麻酔を滴下してから暫くすると、徐々に麻酔が効いてきた様で意識が無くなる。
「笹塚サン。木内サンはこんな昼間から刀傷など……一体どうしたんですか?」
私は、木内サンの傷口を消毒しながら尋ねた。
「それが……巡察中に、人気の無い路地に入った途端……不逞浪士に囲まれたのです」
「不逞浪士に囲まれた?」
「こちらは私と木内に宿院の三名でした。ですが浪士は7~8人程居たかと思います。私と宿院は無事でしたが……木内は」
笹塚サンは口をつぐんだ。
「木内サンは別段、命に別状はありませんよ? 安心して下さい。ところで……宿院サンはどちらに?」
私は、せっせと縫合しながら尋ねた。
「宿院は局長に報告に行きました。何せ……その不逞浪士達は、長州者の様でしたから」
「長……州?」
笹塚サンの言葉に、心が抉られる様な思いがした。
長州藩邸に滞在した10日間。
あの時に、私が会った藩士だろうか?
あの時に、私が話した藩士だろうか?
あの時に、私が助けた藩士だろうか?
長州の藩士も個人単位では良い人ばかりだった。
しかし
長州藩士とって新選組は敵だ。
「長州藩邸での事は一切お忘れなさい!」
山南サンの言葉の意味が、今ようやく本当に理解できたのかもしれない。
歴史上において、相反する2つの組織を護り抜く事などやはり不可能なのか……
私が助けた新選組隊士が長州藩士を斬るかもしれない。
逆に
私が助けた藩士が新選組隊士を斬るかもしれない。
縫合をどんどん進めながらも、私の頭の中は不毛な考えで一杯だった。
「終わりましたよ」
「木内は……目覚めますよね?」
笹塚サンは心配そうな表情で尋ねる。
「大丈夫です。麻酔と言って、痛みを感じなくさせると共に眠った様になる作用の薬を使用しました。ですが、薬の効力が切れればすぐに目を覚ましますよ」
私がそう言うと、笹塚サンはホッとした表情を浮かべた。
その後夕餉の時刻の前までに、5人の隊士の治療を行った。
いずれも刀傷であり……笹塚サンの証言同様、人気の無い路地に入った途端、複数の不逞浪士に囲まれ負傷したと言うものだった。
しかし、平隊士ばかりを狙うのは何故だろうか?
気持ちは晴れないながらも、私はせかせかと片付けを行った。
倒幕に向け、刻の歯車はこく一刻と回り始めている……
そう思わずには居られない出来事だった。




