出逢い茶屋
下坂の隊務から戻って早一週間。
あの日、山南サンにアドバイスされた通り、葵チャンは暇を見つけては屯所に遊びに来るようになっていた。
「総司はんっ!」
「げっ……葵!?」
「お久しぶりどす」
「いや……昨日も会ったけど?」
これがここ最近の定番のやり取りになっていた。
「で? 何で毎日、毎日、僕に会いに来るの?」
「迷惑どすか?」
葵チャンは泣きそうな顔で尋ねた。
「迷惑……じゃないけどさぁ。僕なんかに付きまとうだなんて……相当な物好きだなぁって」
「ええ、物好きどす。うちは総司はんと仲良うなりたいんや」
「はい、はい。そうですか~。葵……今日は店休みなの?」
「今日は休みどす」
総司サンは少し考えると
「じゃあ。何処か行く?」
と葵チャンに言った。
「総司はんと出掛けられるなんて……夢みたいやわぁ」
葵チャンは目を輝かせている。
「……大袈裟な奴」
「あれぇ? 何処か出掛けるんですか?」
土方サンと縁側に座って居た私は、総司サンと葵チャンの姿を見付け尋ねた。
「まぁねぇ。ちょっと葵と出逢い茶屋にね!」
総司サンはニヤリと笑うと、そう言った。
「なっ!?」
土方サンは口にしていたお茶を思わず吹き出す。
「出逢い……茶屋?」
聞き慣れない言葉に首をかしげる私を横目に、総司サンと葵チャンは手を取り合い屯所を後にした。
「土方サン……出逢い茶屋って何ですか?」
残された私は、土方サンに尋ねる。
「まぁ……男女が遊びに行くような茶店だ!」
土方サンは平然を装っては居るが、明らかに動揺していた。
「茶店? 美味しい物がいっぱいありますか?」
私は目を輝かせながら言う。
「ん? ……そうだなぁ。行った事がねぇからわかんねぇなぁ」
土方サンは、はぐらかすように呟いた。
出逢い茶屋とはきっと、カップル向けのレストランやカフェの様な物なのだろう。
だから、土方サンは行った事がない。
そう思った。
「私も行ってみたいです! 出逢い茶屋!!」
「はぁ?」
「だって、男女が遊びに行くって事はデートスポットなんでしょう? だったら私……土方サンと行きたいです!!」
私は、土方サンの両手を取ると必死に頼んだ。
「でぇ……と? 何だそりゃ?」
「デートって言うのは、お付き合いしている男女が一緒に遊びに行く事です。で、デートスポットって言うのは、二人が遊びに行く場所の事ですよ!」
「よくわからねぇが……出逢い茶屋には行かねぇよ。」
土方サンはハッキリと言った。
「えぇ!? ……つまんないの~。」
私はガックリと肩を落とす。
「じゃあ。良いや……土方サンが行きたがらないなら、原田サンか永倉サンでも誘ってみます! きっと、美味しい物が待ってますから!!」
土方サンにそう告げると立ち上がり、その場を後にする。
「待て!」
「何ですか?」
「佐之介や新八は駄目だ!」
「? ……どうして?」
「いや……その、奴らはああいう所に行きたがらねぇだろうからな!」
土方サンは必死に言った。
「でも、誘ってみないと分からないですよぉ。それに、二人が駄目なら誰か適当に声かけて捕まえますって」
私の言葉に、土方サンは溜め息を付いた。
「分かった、分かった……俺の負けだ。連れてってやる!」
「えっ!? 本当ですか?? やったぁ♪」
「仕方がねぇから連れて行ってやる! その代わり……後悔すんじゃねぇぞ?」
後悔?
その意味がよく分からなかったが、カップル向けのお洒落なカフェを想像していた私は、土方サンの言葉の意味を全く気にしていなかった。
「着いたぞ? 此処が出逢い茶屋だ。」
お洒落なカフェ?
何処をどう見ても、ただの料亭の様だった。
それもそうか。
今は幕末だもんね……デートスポットって言っても、料亭とか甘味屋だよね。
少しガッカリしたものの、以前山南サンと行った料亭の華やかな料理を思い浮かべると、楽しみで仕方がなかった。
「土方サン、美味しい料理が出ますかねぇ?」
「お前……腹ぁ減ってんのか?」
土方サンは苦笑いで尋ねた。
「そういう訳じゃ無いんですけどね……私、美味しい料理ならいくらでも食べられちゃいますから!」
「色気のねぇ奴!」
「土方サンったら酷い!」
頬を膨らませた。
入り口前でじゃれあっていると、若い男女が次々に店へ入って行った。
「やっぱりデートスポットなんだぁ! 江戸時代のデートスポットに行けるなんてスゴい!!」
「で、入んのか? 入んねぇのか?」
「行きます、行きます!!」
店に入ると、個室へと案内される。
個室なんて……さすがはデートスポットだと感心する。
部屋の前に着き、襖を開けた瞬間……
想像と違う部屋に思わず固まってしまった。
「な……なんで?」
「お前がどんな所を想像してたか知らねぇが……これが出逢い茶屋だよ」
土方サンは部屋に入り後ろ手で襖を閉めると、そう言った。
「デート……スポットは? いや、確かにデートスポットっちゃデートスポットだけれども!! これは、最終形態でしょうが!?」
頭の中が完全に混乱しきっていた。
それもその筈
部屋には何故か、布団が一組敷かれていたのだから……
「土方……サン? これがこの時代の男女が遊びに行く場所……ですか?」
「そうだ」
「総司サンと葵チャンが行くって言っていた出逢い茶屋と同じ物ですか?」
「まぁ……場所が違やぁ造りは多少変わるだろうが、同じだろうなぁ?」
土方サンの言葉に、思わず絶句した。
「お前が誘ったんだろ?」
土方サンは笑いながら言う。
「だって! こんな所だって知らなかったから……」
こんな所に来たがって、土方サンを必死に誘っていた事。
それどころか、原田サンや永倉サンを誘おうとしていた事。
それらを思い出し、全身が一気に紅潮する。
「今更、何赤くなってやがんだ?」
土方サンは不敵な笑みを浮かべる。
「さて、出逢い茶屋がどんな物か分かった事だし……そろそろ屯所に帰りましょうか!!」
平然を装い、襖を開けようとする。
「待てよ。……折角、お前に誘われたんだもんなぁ。据え膳食わぬは何とやら……と言うだろう?」
「だ、だから私はっ!」
答える間もなく、手首を掴まれ引き寄せられる。
よろけた私は、布団に崩れ落ちた。
「さて……楽しむとするか。」
土方サンは耳元でそっと囁いた。
今後
分からない事は、ちゃんと自分で調べるようにしよう……
そう、心に決めるきっかけとなった出来事だった。
ちなみに、総司サンと葵チャンは普通に甘味屋に行っただけであり、実際は出逢い茶屋などには行って居なかった……と言うのは、余談。




