下坂
「年明け早々、将軍様の上洛警護に下坂するたぁ、ついてねぇ。
近藤サンは名誉ある任務だと息巻いて居たが……
まぁ、近藤サンが喜ぶ姿を見るのは悪かぁねぇがな。
それより、あいつは半月もの間、独りでやって行けるのかねぇ?
屯所に残る山南サンに頭下げたから、大丈夫だろうが……」
土方は頭の中でそう呟いた。
「土方サン、何でそんなに難しい顔してるんですか? ひょっとして……もう寂しくなったとか?」
総司は土方にからかうように尋ねた。
「……」
「何で無視するんですかぁ? 半月もの間、桜チャンを放っておいたら……土方サン捨てられちゃったりして!? 桜チャン可愛いからなぁ」
答えない土方に、総司は更に話し続けた。
「うるせぇ! お前は黙って歩けねぇのか!?」
土方は、総司に怒鳴った。
「土方サンが怒ったぁ!!」
総司は楽しそうに言う。
「総司、あまりトシをからかうな」
近藤が戒めた。
「……はぁい」
道中、宿場に何泊かしやっとの事で大坂に着く。
大坂では、皆は交代制で警護に付くこととなっていた。
大坂での初日の晩は盛大に宴が行われた。
「さて、上様の身にも我々にも何事も無く目的の大坂に着く事が出来、まずは皆に礼を言う。今宵は、斎藤クンらが警護に当たっている為、宴には参加できんが……皆は存分に楽しんでくれ!」
近藤の挨拶で宴が始まる。
同時に、大坂の芸妓達が入って来た。
「いやぁ、大坂の女も良いねぇ! なぁ、新ぱっつぁん?」
「京とは違う華やかさがある!」
原田と永倉は満足そうな表情を浮かべる。
「新ぱっつぁんも佐之サンも、鼻の下伸びすぎー!」
平助が笑いながら言う。
「平助~。近藤サンを見てみろ! あの芸妓が気に入ったみてぇだぜ?」
「本当だ! 佐之サン以上に鼻の下が伸びてらぁ!」
三人は顔を見合わせ笑った。
「それにしても、土方サンは不機嫌そうな顔をしてんなぁ」
原田は呟いた。
「桜チャンにしばらく会えないからって……土方サンもホント女々しいですよねぇ?」
「おっ!? 総司!! いつの間に来やがったんだ?」
「やだなぁ、ずっと居ましたよ? そんなに隙だらけだと……簡単に斬られちゃいますよ~?」
突然現れた総司に、三人は驚いた。
「副長サン……で合ってますやろか?」
「ああ」
「ほな、副長サンのお隣に失礼しまひょ」
芸妓は土方の隣に腰を下ろした。
「副長サンは此処では偉い方なんやろ?」
「ああ」
芸妓が何を話しても、土方は素っ気ない返事をするのみだった。
「副長サンは連れないなぁ? そんなんじゃ、女にはモテんさかい」
「俺はモテなくて結構」
「何や、副長サンには心に決めた方でも居るん? あんたみたいな色男に好いてもらえる女は幸せやなぁ」
「そんなモンなのかねぇ?」
「そや。その方に何かお土産を買うてったらええ! 大坂は商人の街や。ええ品ばかりやで?」
芸妓の言葉に、土方は反応する。
「土産……か。そうだな! 半月も独りにしておくんだ……何か買ってやらなきゃなんねぇな。だが、何をやれば良いやら。」
土方は考え込む。
「副長サンは明日はお暇ですか?」
「まぁ……明日は非番だが?」
「せやったら、お土産選び手伝います!」
土方は少し考えると
「そりゃありがてぇ……世話になる。ところで、お前……名は?」
「茜、言います。よろしゅう」
「そうか」
翌日
非番の平助を連れて行くことにした。
「何だトシに平助……何処か出掛けるのか?」
昨日の芸妓、深雪と共に居た近藤に呼び止められた。
「あぁ……桜への土産を買いに行ってくる。昨日の芸妓が土産屋を案内してくれるモンでな」
「そうか、なら 俺も行こう。折角だ、深雪にも何か買ってやらねばな?」
「ええんですか? ほんま、嬉しいわぁ」
深雪は近藤に寄り添った。
「妹分も呼んでええやろか? 年の頃は、そこの彼と合う思いますのやけど……」
「構わん、構わん! 呼んで来ると良い」
近藤の女好きに、土方も平助も溜め息を付いた。
「副長サン! 待ちましたやろか?」
「あぁ……大丈夫だ。お前も付き合わせちまって、すまねぇな」
皆が揃うと、宿を後にした。
「さて、何が良いかねぇ?」
「そやなぁ。どんな感じの方ですか? 娘さん? それとも色気のある方?」
「……色気はねぇな」
土方は、即答する。
「土方サン、ひでぇ! まぁ確かに色気はねぇよなぁ」
平助は腹を抱えて笑った。
「お前が言うんじゃねぇ! ……確かに普段は色気はねぇが、あれはあれで色気のある時もあんだよ!」
土方は照れ臭そうに呟いた。
「副長サンたら、嫌やわぁ。ほんま、好いとるんやね? 羨ましわぁ。せやったら、娘さん向けの着物も置いてある呉服屋にでも行きまひょか?」
「あぁ……頼む」
そう言うと、呉服屋に向かった。
「色々ありますやろ?」
「そうだな……何が何だかよくわからねぇ」
様々な着物を前にして、土方は悩む。
「深雪、お前も好きなものを選ぶと良い。妹分にも好きなものを選ばせなさい」
「ほんま? 嬉しいわぁ」
近藤と深雪の様子を横目に、土方は桜への着物を選ぶ。
「この色……あいつに似合いそうだ」
薄紫色の着物を手に取る。
「副長サンはこういうのが好みなんですの? 確かに綺麗やね。梅の花がこれからの時分に合うやろね」
「これを一つ貰う」
「へぇ。おおきに!」
「すまねぇが……先程の着物に見合う下駄と小物を見繕ってくれねぇか?」
店の旦那に包ませている間に、土方は茜に頼んだ。
「これは、大仕事やね!」
茜は笑顔を向けると、早速見合う品を物色する。
近藤たちは楽しそうに着物選びをしていた。
「茜にも何か礼をしなきゃなぁ」
土方は山吹色の着物を選ぶと、店の旦那にそれも別に包むよう耳打ちした。
「副長サン! これはどうやろか?」
茜は、櫛と簪に下駄・巾着や帯留めを抱えてやって来た。
「あぁ……それで良い。旦那、これもその藤色の着物と一緒に包んでくれ」
呉服屋での買い物を済ませると、次は干菓子屋に行き、可愛らしい見た目のお菓子を大量に購入した。
さすがは大坂……とでも言うべきか、京に比べ店の数も多く、目に留まる物をつい買い漁ってしまう。
宿場に戻る頃には、荷物持ちに頼む程の量になってしまっていた。
「トシ……いくら何でも買いすぎだろう?」
「副長サン、えらい買うてしまいましたなぁ? せやけど、きっと娘さんも喜びますわ」
茜は笑顔で行った。
「ほな、うちは帰ります」
「おい、ちょっと待て。今日はすまなかったな……その、本当に助かった。これで、あいつも喜ぶ。……こりゃ礼の代わりだ」
土方は包みを一つ茜に差し出した。
「おおきに! 副長サンも娘さんと幸せになるんやで!」
茜はそう言うと、宿場を後にした。
「あいつの顔……早く見てぇなぁ」
茜を見送りながら土方は呟いた。
その後も土産は増え続け、屯所に戻る頃には葛籠一つ分にもなっていた。
一番苦労したのは、荷物持ちの役目をさせられた平隊士だったのは、言うまでもない。




