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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
第12章 新選組屯所 ― 桜の帰還 ―
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帰還の宴


「この半月……皆、本当に良くやってくれた。家茂公からも有難い事に、感謝の意を頂戴した。これは、我ら新選組にとってまたとない名誉だ! 我々が留守の間、屯所や京を護ってくれた山南クンや残った隊士達にも礼を言う。今宵は存分に楽しんでくれ!」



 近藤サンの言葉を皮切りに、宴が始まる。


 今宵は盛大な宴。


 華やかな芸妓達も大勢呼んでいた。




 芸妓達は一人一人にあてがわれ、広間はかなりの大人数となっていた。


「副長はん……どう」


「ああ……すまない」


 当然の様に、土方サンの隣にも芸妓が付き、酌をする。


 斎藤サンの隣に居る私は、土方サンからは遠い席だった。


 モヤモヤする感情を抑え、今日は特別な宴だからと自分に言い聞かせる。


「斎藤はん、お隣ええどすか?」


 芸妓が斎藤サンに話し掛けた。


「俺は良い……静かに呑みたいタチだからな。申し訳無いが、他の者に付いてくれ」


「そら、残念どす」


 芸妓はそう言うと、土方サンの元に向かった。


 きっと、ハナっから土方サンを狙って居たのだろう。


 楽しそうな土方サンと芸妓を見ると嫌な感情が沸々と沸き上がる。


 気を紛らわせるかのように、私は食事を黙々と口に運んだ。



「副長の所に行かなくて良いのか?」


 斎藤サンは私に耳打ちした。


「別に! だいたい両手に花状態で、何処に私の座る席があるんですか?」


「……そうだな。」


 斎藤サンは困った様な表情を浮かべた。


「土方サンたら何ですか。鼻の下伸ばしちゃって! てっきり斎藤サンみたいに断るかと思ってたのに! まったく……晋作とは大違い!! ……っ……あ!」



 長州藩邸に滞在していた間にも酒宴の席は何度かあったが、晋作は私が居るからと芸妓を自分の元には寄越さなかった。



 その事を思い出していた私は、つい口を滑らせてしまったのだ。



 斎藤サンは私の言葉を聞き逃さなかった。



「晋……作? それは誰だ?」


「いえ……誰でもない……です」


「お前は嘘が吐ける程器用ではない。晋作とは……長州の高杉晋作ではないのか? 奴が何故、追われた筈の京に居る?」



 斎藤サンに普段の様な柔らかい雰囲気は無く、鋭い目付きで私を見据えて居た。



「……っ。ごめんなさい!」


 そう言うと、居ても立っても居られず広間を飛び出した。




 私……斬られるかも。




 焦りと不安で涙が溢れる。


 屯所の中庭にまで来た時、不意に手首を掴まれた。


 恐る恐る振り返る。


 そこには斎藤サンの姿があった。



「お前は……逃げ足だけは速いな」



 斎藤サンは溜め息を付いた。



 手首を掴まれたまま、人気の無い方へと連れて行かれる。




 こんな人気の無い場所に連れて行かれるなんて……私、本当に斬られるかもしれない。




 そう思うと、恐怖で涙が止まらなかった。





「まぁ……座れ」


「……っ」


 座るよう促されたものの、立ったまま泣き続ける私に斎藤サンは困惑の表情を浮かべた。


「一体、どうしたら泣き止むんだ? ……お前は何か誤解して居ないか?」


 答える事の出来ない私に戸惑った斎藤サンは、そっと抱き締め背中を擦った。


「言っておくが……お前を斬るつもりはない。怖がらせてしまったなら、すまなかった。だから、頼む! ……泣き止んでくれ」


「ごめん……なさい」


 私が少しずつ落ち着いて来たのを確認すると、斎藤サンはそっと離れた。


 誰も居ない隊士たちの部屋側の縁側に腰を下ろす。




「話が出来そうか?」


 私はコクりと頷いた。


「晋作とは……やはり、高杉晋作なのか?」


「は……い」


 斎藤サンの様子を伺う様に、小さく答える。


「お前は以前、高杉に連れ去られた事があったなぁ……その時から高杉と通じて居たのか?」


「いえ。通じてなどいません」



 ハッキリ否定した。



「ならば何故……!?」



 連れ去られた後、島原にて再会した事。



 この10日間、長州藩邸の名医の元で医術の修行を積んだ事。



 それらを一つ一つ説明した。



「そう……か。それにしても、やけに親しそうな呼び方だが。そこで高杉と親しくなったのか? よもや……高杉に手込めにされたのではあるまいな!?」


「ち、違います! 晋作は私に指一本触れてはいません!!」


「……それを聞いて安心した。だが、あの時副長を見て高杉とは大違いだと言ったな? ……あれはどういう事だ?」



 斎藤サンは更に尋ねた。



「あれは……長州藩邸でも何度か宴を開いて頂いたのですが、晋作は私が居るからと自分には芸妓を付けなかったんです。それを思い出して……つい」


「高杉は……お前を好いていたのか?」


「……それは、わかりません。桂サンはそう言って居ましたが……。ですが、晋作は大切に扱ってくれました。私が土方サンを好きだと言っても……それなら、私が飽きるまで待つ……と」


「飽きるのか?」


「ま、まさか! 飽きる事などありません。土方サンの方は……分かりませんけど」


 斎藤サンはやっと、いつもの笑顔を見せる。


「副長は……きっと、大丈夫だ」





 私と斎藤サンは、夜空を見上げた。


 空には下弦の月が闇夜を照らしていた。



「お前……こんな所に居たのか。それに……斎藤も?」



 現れた土方サンは、息を切らせて居た。


「突然居なくなるから……必死で探しちまったじゃねぇか!」


 土方サンは不機嫌そうな表情で言った。


「土方サンだって……私なんかに構って無いで、芸妓サン達と楽しく飲んだら如何ですか? ……私は斎藤サンに付き合って頂いて居るから大丈夫です!」


 つい、可愛いげの無い事を言ってしまう。


「副長……こいつは芸妓に囲まれて楽しそうな副長の姿を見て、嫉妬して飛び出したんですよ。……では、俺はこれで失礼します」


「っ……な、な!?」



 斎藤サンの言葉に、私は口をパクパクさせる。



「ほう……そうか、そうか。妬いてやがったのか?」



 土方サンは満足そうな表情で言った。



「妬いてなんか……」



 言い切る間もなく、私は土方サンに手首を掴まれ引き寄せられた。


 気付けば、土方サンの腕の中に居た。




「妬く必要なんざ……ねぇよ。俺はお前以外の女なんざ要らねぇんだからな」




 そう、耳元で囁くと抱き締める力を更に強めた。












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