帰還の宴
「この半月……皆、本当に良くやってくれた。家茂公からも有難い事に、感謝の意を頂戴した。これは、我ら新選組にとってまたとない名誉だ! 我々が留守の間、屯所や京を護ってくれた山南クンや残った隊士達にも礼を言う。今宵は存分に楽しんでくれ!」
近藤サンの言葉を皮切りに、宴が始まる。
今宵は盛大な宴。
華やかな芸妓達も大勢呼んでいた。
芸妓達は一人一人にあてがわれ、広間はかなりの大人数となっていた。
「副長はん……どう」
「ああ……すまない」
当然の様に、土方サンの隣にも芸妓が付き、酌をする。
斎藤サンの隣に居る私は、土方サンからは遠い席だった。
モヤモヤする感情を抑え、今日は特別な宴だからと自分に言い聞かせる。
「斎藤はん、お隣ええどすか?」
芸妓が斎藤サンに話し掛けた。
「俺は良い……静かに呑みたいタチだからな。申し訳無いが、他の者に付いてくれ」
「そら、残念どす」
芸妓はそう言うと、土方サンの元に向かった。
きっと、ハナっから土方サンを狙って居たのだろう。
楽しそうな土方サンと芸妓を見ると嫌な感情が沸々と沸き上がる。
気を紛らわせるかのように、私は食事を黙々と口に運んだ。
「副長の所に行かなくて良いのか?」
斎藤サンは私に耳打ちした。
「別に! だいたい両手に花状態で、何処に私の座る席があるんですか?」
「……そうだな。」
斎藤サンは困った様な表情を浮かべた。
「土方サンたら何ですか。鼻の下伸ばしちゃって! てっきり斎藤サンみたいに断るかと思ってたのに! まったく……晋作とは大違い!! ……っ……あ!」
長州藩邸に滞在していた間にも酒宴の席は何度かあったが、晋作は私が居るからと芸妓を自分の元には寄越さなかった。
その事を思い出していた私は、つい口を滑らせてしまったのだ。
斎藤サンは私の言葉を聞き逃さなかった。
「晋……作? それは誰だ?」
「いえ……誰でもない……です」
「お前は嘘が吐ける程器用ではない。晋作とは……長州の高杉晋作ではないのか? 奴が何故、追われた筈の京に居る?」
斎藤サンに普段の様な柔らかい雰囲気は無く、鋭い目付きで私を見据えて居た。
「……っ。ごめんなさい!」
そう言うと、居ても立っても居られず広間を飛び出した。
私……斬られるかも。
焦りと不安で涙が溢れる。
屯所の中庭にまで来た時、不意に手首を掴まれた。
恐る恐る振り返る。
そこには斎藤サンの姿があった。
「お前は……逃げ足だけは速いな」
斎藤サンは溜め息を付いた。
手首を掴まれたまま、人気の無い方へと連れて行かれる。
こんな人気の無い場所に連れて行かれるなんて……私、本当に斬られるかもしれない。
そう思うと、恐怖で涙が止まらなかった。
「まぁ……座れ」
「……っ」
座るよう促されたものの、立ったまま泣き続ける私に斎藤サンは困惑の表情を浮かべた。
「一体、どうしたら泣き止むんだ? ……お前は何か誤解して居ないか?」
答える事の出来ない私に戸惑った斎藤サンは、そっと抱き締め背中を擦った。
「言っておくが……お前を斬るつもりはない。怖がらせてしまったなら、すまなかった。だから、頼む! ……泣き止んでくれ」
「ごめん……なさい」
私が少しずつ落ち着いて来たのを確認すると、斎藤サンはそっと離れた。
誰も居ない隊士たちの部屋側の縁側に腰を下ろす。
「話が出来そうか?」
私はコクりと頷いた。
「晋作とは……やはり、高杉晋作なのか?」
「は……い」
斎藤サンの様子を伺う様に、小さく答える。
「お前は以前、高杉に連れ去られた事があったなぁ……その時から高杉と通じて居たのか?」
「いえ。通じてなどいません」
ハッキリ否定した。
「ならば何故……!?」
連れ去られた後、島原にて再会した事。
この10日間、長州藩邸の名医の元で医術の修行を積んだ事。
それらを一つ一つ説明した。
「そう……か。それにしても、やけに親しそうな呼び方だが。そこで高杉と親しくなったのか? よもや……高杉に手込めにされたのではあるまいな!?」
「ち、違います! 晋作は私に指一本触れてはいません!!」
「……それを聞いて安心した。だが、あの時副長を見て高杉とは大違いだと言ったな? ……あれはどういう事だ?」
斎藤サンは更に尋ねた。
「あれは……長州藩邸でも何度か宴を開いて頂いたのですが、晋作は私が居るからと自分には芸妓を付けなかったんです。それを思い出して……つい」
「高杉は……お前を好いていたのか?」
「……それは、わかりません。桂サンはそう言って居ましたが……。ですが、晋作は大切に扱ってくれました。私が土方サンを好きだと言っても……それなら、私が飽きるまで待つ……と」
「飽きるのか?」
「ま、まさか! 飽きる事などありません。土方サンの方は……分かりませんけど」
斎藤サンはやっと、いつもの笑顔を見せる。
「副長は……きっと、大丈夫だ」
私と斎藤サンは、夜空を見上げた。
空には下弦の月が闇夜を照らしていた。
「お前……こんな所に居たのか。それに……斎藤も?」
現れた土方サンは、息を切らせて居た。
「突然居なくなるから……必死で探しちまったじゃねぇか!」
土方サンは不機嫌そうな表情で言った。
「土方サンだって……私なんかに構って無いで、芸妓サン達と楽しく飲んだら如何ですか? ……私は斎藤サンに付き合って頂いて居るから大丈夫です!」
つい、可愛いげの無い事を言ってしまう。
「副長……こいつは芸妓に囲まれて楽しそうな副長の姿を見て、嫉妬して飛び出したんですよ。……では、俺はこれで失礼します」
「っ……な、な!?」
斎藤サンの言葉に、私は口をパクパクさせる。
「ほう……そうか、そうか。妬いてやがったのか?」
土方サンは満足そうな表情で言った。
「妬いてなんか……」
言い切る間もなく、私は土方サンに手首を掴まれ引き寄せられた。
気付けば、土方サンの腕の中に居た。
「妬く必要なんざ……ねぇよ。俺はお前以外の女なんざ要らねぇんだからな」
そう、耳元で囁くと抱き締める力を更に強めた。




