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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
第11章 師弟関係 ― 医術を深める ―
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別れの刻


 気付けば長州藩邸に来てからもうすぐ、約束の10日が経とうとしていた。


 明日の朝には屯所に戻らねばならない。


 あの晩、白刃に伏した久坂サンも処置後に発熱はあったものの、今ではすっかり回復していた。


 この10日此処で得たものは多く、確実に私の力となっていた。


 麻酔をはじめ、外科的な技術を得ることが出来た。




 晋作に桂サンに久坂サン……そして所サン。


 関われば関わるほど親近感を増し、この先の時代の流れの中で、不本意にも敵対しなければならない事実への迷いと葛藤があった。



 私は土方サンが好き……



 しかし、長州や土佐の人々を嫌いになることはできない。


 とは言え、異なる思想の者達が相容れる事は決して叶わず、血を血で洗う御代はすぐそこまで迫っていた。





「何湿気た面ぁしてやがんだ?」


 突然、声を掛けられ飛び上がる。


 振り返ると、晋作がキセルをくわえ立っていた。


「晋作!?」


「湿気た面ぁしやがって……明日、壬生浪に帰ぇるのが嫌んなったのか?」


「…………」


 答えに迷い、俯いた。


 屯所に帰りたくないのではない。


 だが、此処を去るのも後ろ髪がひかれる思いだった。


「沈黙は……肯定か?」


 晋作は私の顎を掴むと、自分に向かせた。


「お前……此処に住まねぇか?」


 晋作は真剣な表情で尋ねた。


「新しい時代を造るのは俺達だ。消え行く運命の壬生浪に居たところで、犬死にするだけじゃねぇか。俺ぁなぁ……おめぇを死なせたくねぇんだよ」


 いつもの軽いノリ等ではなく、本心から言っている事は、すぐにわかった。


 頷いてしまいそうな自分を必死に抑え込む。


「そんなの……出来ない……よ」


 消え入りそうな程小さな声で呟いた。


「何故だ?」


「確かに……新選組は消え行くよ。最期の戦いで土方サンも戦死する」


「ならば!!」


 晋作の言葉を打ち消すように、今度はハッキリと言った。


「だからと言って、私達は新選組から離れない! 土方サンから離れたくないの!!」


 気付けば涙が溢れていた。



「おめぇに……そんなに想ってもらえるなんざ、鬼副長も幸せモンだな」



 晋作は寂しそうに言った。


「晋……作?」


「たが……あの男に飽きたら、いつでも俺んトコに来い。そん時ぁ、おめぇに新しい時代を見せてやる」


「ありがとう」


 そう言うと、晋作は私の元から去っていった。




 土方サンと晋作はどことなく似ている……そんな気がした。


 素直でないところや、冷たい様でいて本当は人一倍、人間味に溢れているところ。



 私が初めに飛ばされたのが長州藩邸だったとしたら……


 私は晋作を好きになって居たのだろうか?


 そんな思いが頭を巡った。




 今夜が藩邸で過ごす最後の夜……と言う事で、桂サンは宴を開いてくれた。


「残念だが……彼女は明日この藩邸を去る。所と供に大勢の藩士を助けた功績は高い。本当に惜しい存在だが……致し方あるまい。今宵は最後の夜。皆、彼女に礼を尽くしてくれ」


 桂サンがそう言うと、宴は始まった。


 藩邸に来た日の夜、藩士たちと仲良くなれるか不安だった。


 しかし、そんな思いをよそに藩士たちは皆気さくな人たちで、随分良くしてもらった。


「桜チャン……帰っちゃうの? 寂しいなぁ」


「桜チャンが居てくれて良かったよ。ほら傷もすっかり良くなった!」


 藩士たちは次々に声をかけてくれた。


 それだけで、涙が出そうだった。




「世話に……なったな」


 久坂サンが私の隣に腰を下ろした。


「お前が居なかったら……私は死んで居ただろうな。お前を見ていたら、私もまた医術を学びたくなってしまったよ」


「あれは……所サンの技術のお蔭です」


「そんな事はない……それと、以前島原で会った時はすまなかったな。いつか謝ろうと思っていたのだが……今になってしまった」


「気にしてませんよ。それに……この10日間で、久坂サンが良い人だって分かりましたから」


「そうか。……新選組に戻っても、達者でな。また遊びに来ると良い。お前の事は私も皆も、気に入っているからな」


 久坂サンはそう言うと、私から離れた。




 久坂サンが席を立つと、今度は所サンが隣に来た。


「10日間、御苦労だった。お前の様な弟子を手放すのは口惜しいが……これも運命、か」


「所サンには大変お世話になりました。感謝してもしきれません。……晋作の薬の件、よろしくお願いします。新しい時代にとってきっと、晋作は必要な人ですから」


「心得た。高杉の事は任せてくれ。お前はいつまでも俺の弟子だ。お前なら立派な医者として、この時代に功績を残せる……誇りを持て!」


「ありがとう……ございます」


 所サンの言葉に、我慢していた涙が溢れた。


「おい、おい。最後に泣く奴があるか!? これが今生の別れではあるまい。また……いつか会おう」


「はい」





「所~。俺の女ぁ勝手に泣かしてんじゃねぇよ! 桜……こっち来い!!」


 晋作は言った。


「私……晋作の女……じゃないし!」


 そう言いつつも、高杉の隣に座った。


 晋作は着物の袖で私の涙を拭う。


「おめぇは……よく泣くなぁ?」


「だって……」


「所じゃねぇが、今生の別れでもあるまいよ?」


 晋作は笑いながら言った。


「私ね……初めて飛ばされたのが長州藩邸だったら……きっと晋作の事を好きになってたと思う」


 私は、晋作にこっそりと耳打ちする。


「そりゃ嬉しいねぇ。ならば、俺ぁ……神様とやらを恨むとするか」


 晋作は満足そうな笑顔で言った。




 時間とは残酷な物で、どんなに願っても一定に過ぎて行く。




 気付けばお開きの時間になっていた。




「今宵は月も綺麗だ。縁側で少し呑み直すか?」


 晋作は尋ねた。


 返事の代わりにコクりと頷くと、後を追った。




「月……本当に綺麗だね」


「そうだな……」


 自然と口数が少なくなる。


 何か話そうとすればする程涙が溢れそうだった。


「泣きたきゃ泣きゃあ良い……我慢するな」


 晋作の一言に関を切ったかの様に涙が流れた。


「晋作の……馬鹿。我慢……してたのに」


 晋作はクスリと笑うとキセルを置き、私を優しく抱き締めた。


「晋……作?」


「振りほどくんじゃねぇよ……今くれぇ許せ」


 ぶっきらぼうに言った。


 ひとしきり泣くと、気持ちが晴れるようだった。


「すっきりしたか?」


 コクりと頷く。


「本当に……お前を、鬼副長に渡すのは惜しいモンさなぁ」


 晋作は呟くと、私から離れた。


 この晩は深夜まで、二人で月を眺めながら呑んでいた。



 別れを惜しむかの様に……






 翌朝



 晋作や桂サン達だけでなく、藩邸に居た藩士たちまでもが見送りに出てきてくれた。


「本当に……お世話になりました」


「晋作……本当にありがとう」


「桂サンも、久坂サンも、所サンも……藩邸の皆さんも、ありがとうございました!」



 溢れそうな涙をこらえ、満面の笑みで言った。



「達者でな」


「また遊びに来い」



 皆の言葉に後ろ髪がひかれる思いで、私は藩邸を後にした。











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