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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
第11章 師弟関係 ― 医術を深める ―
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突然の実践


 夕餉も終わり、医務室にて後片付けを済ませる。


 さすがは長州藩……と言うべきか。


 日中に頼んだ原料は既に届いていた。


 しかし、麻酔薬の調合は明日にしようと言う事になり、原料は棚に保管した。




 一日、所サンの元に付いていて思ったこと。


 新選組では稽古による打撲や擦り傷等が多かったが、この長州藩邸では圧倒的に刀傷が多かった。


 所サンの外科的な技術が上達する事も頷けた。



 必死に私の教科書を読み解く所をよそに、私は縫合の練習をする。


 集中するあまり、所サンが背後に居ることすら気付いていなかった。



「中々、筋が良いな……3日はと言ったがこれならば明日より人体での縫合を任せられるな」


 所サンの言葉に素直に喜んだ。


「ありがとうございます!」


 所サンは私の隣に腰を下ろした。


「お前は、医者とは何だと思う?」


「そうですねぇ……ありきたりですが、人の命を救う者だと思います」


 縫合の手を止め言った。


「模範解答……だな。だが、それが基本だ。その気持ちをいつまでも忘れてはならない」


「はい。……1つ伺っても宜しいですか?」


「何だ?」


「所サンは腕がたつお医者様です……なのに何故お弟子さんを取らないのですか?」


 気になっていた事を尋ねてみた。


「理由など考えてなかったな……今まで大勢の医者が弟子にと訪ねてきたが、断り続ける内に、弟子を取らないと言う噂が広まったのだろう」


「断り続ける理由はあったのですか?」


「それは……にわか医者ばかりだったからだ」


「にわか……医者?」


 聞き覚え無い言葉に首をかしげた。


「にわか医者と言うのはな。自分の腕を金に変えようとする者だ。そういう輩は、自分の腕を世の中の為に使おうなぞ思わん。……そんな者共を輩出するなぞ、医者の名折れだ」


 所サンが医学について深く考えている事に感心した。


「お前は、にわか医者とは違う」


「違……う?」


「お前は……金や名誉でなく、ただ一心に人を救いたいという純粋な気持ちがある」


 所サンは笑顔で言った。


「そういう人間は……嫌いでない」


「ありがとうございます」


「お前は……高杉の言う通り、面白い女だ。この時代の人間でない事も今なら頷けるな」


 所サンは真剣な表情で言った。


「だが、お前は高杉のお気に入りだからなぁ。下手に口説くと、私の首が飛ぶ。」


「く、口説く!?」


 所サンは照れ臭そうに言うと、私の頭を撫でた。


「……冗談だ」






「所、失礼する!!」


 桂サンが血相をかいて部屋に飛び込んで来た。


 負傷した藩士を三名連れてきた。


 いずれも刀傷だ。


 その中には……久坂サンの姿があった。


 三名の内、一人は軽症で消毒程度で問題ない様で、もう一人は命に別状は無い程度の傷だが縫合が必要であった。


 当の久坂サンは……かなりの重傷であった。


「私は久坂を診る! 貴女はこの二人の縫合と処置を!」


 所サンは私に指示する。


 心の準備をする間もなく、実戦となってしまった。


 私の不安を見抜いたのか、所サンは


「大丈夫だ! 貴女なら出来る。私の弟子ではないか!!」


 と笑顔で言った。





 斬られた男は、左鎖骨下から20センチ程に渡り傷を負っていた。


 アルコールで消毒を行い、氷で冷やす事で多少の感覚を鈍らせながら、傷口の小石等を素早く取り除く。


 局所麻酔が無い中での縫合……その痛みは計り知れない。


 氷で冷やし感覚を鈍らせるやり方は、強い痛みの前では、気休めにしかならないだろう。


 手早く済ませる事に専念した。


「……っ!」


 藩士は顔を歪ませる。


 この時代の人間は……本当に我慢強い。


 現代人であれば麻酔無しの縫合など、ショック死してしまうのではないかと思った。


「終わりました」


 私がそう告げると、藩士は笑顔で礼を言った。


 その後、軽症の藩士の処置も無事終えた。




「桜! こっちを手伝ってくれ!!」


 所サンの言葉に、すぐに駆け寄った。


 久坂サンは、刀傷による裂傷ばかりでなく、腹部に刀が貫通した跡もあった。


 位置的には内臓を傷付けるような場所では無かったが、これらの処置を行うには麻酔無しでは不可能な様子だ。


 ただでさえ、出血がある。


 ここに更なる痛みを加えたら……ショック症状が起こるだろう。



「この状態での処置は危険です! 麻酔を使いましょう!!」


 所サンは出血部を抑えながら頷いた。


「これから調合します。揮発性が高いので引火の恐れがあります……行灯を消して下さい。それから、桂さん。これを持って私の手元を照らして!」


 桂サンに私の電子辞書を持たせた。


 調合が済み久坂サンにまず一滴、滴下した。


 どの程度の量を与えれば良いかわからない……ならばなるべく少量で行うに越した事はない。



 少しすると、久坂サンの意識は遠のいた様だ。


 傷にわざと爪を立てる。


 反応は無い。


「効い……た? 所さん、処置はお任せ致します。私は久坂サンの様子を観察します」


「わかった」


 行灯の灯りを再度灯した。



 呼吸はしている。


 脈も問題ない。



「桂サン!」


 私は桂サンを呼んだ。


「桂サン。ここを抑えて下さい。拍動がわかりますか?」


「ああ……」


「処置が終わるまでここを抑えて、拍動にばらつきが出るなどしたらすぐに教えて下さい。時々、息をしているかも見て下さいね」


「わかった」


 桂サンの返事に笑顔を向けた。


「所サン、手伝います」


「すまない……他の傷の縫合を頼む」


「わかりました」


 早速取り掛かった。


 それにしても、傷が多い。


 滅多斬りにされ、最後に腹部を突かれたのだろう。


 1つ1つ傷の処置を済ませていく。



「終わった。……桜の方はどうだ?」



 所サンは溜め息を付くと、私を見た。



「今……終わりました」



 私の言葉に、桂サンも所サンも安堵の表情を浮かべる。


「お前は……凄いな。こんなに肝の座った女は珍しい。久坂が命拾いしたのは、お前のお蔭だ」


「いえ、所サンの腕の良さあってこそです!」


 私と所サンは顔を見合わせて笑った。



「二人とも……良くやってくれた。礼を言う」


 桂サンは深々と頭を下げた。


「これが私の選んだ道ですから! 当然の事をしたまでです」






「……っ」


 久坂サンが目覚めたようで、私達は慌てて駆け寄った。


「こ……こは?」


「医務室です」


「貴女が……助けてくれたのか?」


 久坂サンは私の頬に手伸ばすと言った。


「痛み……ますか?」


「大……丈夫だ」


 久坂サンは力なく微笑んだ。


「久坂! 分かるか?」


「桂サン……何て面ぁしてるんですか? 男が泣くなんてみっともないですよ」


「……久坂。お前って奴は」


 ぽつり、ぽつりと会話をすると久坂サンは眠りに付いた。



 その間に、血に汚れた久坂サンの身体を清拭し、着替えさせた。



 その夜は、私は寝ずに久坂サンの様子を観察した。



 目覚めた時、痛みに苦しむだろう久坂サンをどうすべきか考えながら……









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