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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
第11章 師弟関係 ― 医術を深める ―
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麻酔薬と縫合技術


 明け六つ



 所サンに言われた通り、医務室に行った。


 明け六つと言うのは、現代で言う午前6時頃だろうか。




 看護師を目指した私が今、幕末で医者の様な存在になろうとしている。


 この時代には看護師という概念が無いので、それは仕方の無い事なのだが……


 現代で言う医師は看護師よりも遥かに膨大な知識と技術を持って居る事を知っているため、医者と名乗るのは気が引ける。


 もっと言ってしまえば、成績優秀であったとはいえ、看護師免許すら持たない学生の私のが、ここまで医療に携わって良いのだろうか?


 所サンは、これ程の知識があるなら医者と名乗って良いと言っていたが、不安は募るばかりであった。


 しかし




 幕末の偉人たちを助けたい!




 この思いは変わるどころか、日に日に強さを増していった。





「失礼します」


 医務室に入ると既に、所サンは医療用具の準備を始めていた。


「今日から、よろしくお願い致します」


「挨拶は良い。時間の無駄だ。」


 所サンは冷たく言った。


「……すみません」


「それで、具体的に貴女は何を学びたいのだ? 10日間では時間が限られている」


「縫合や外科手術……それに伴い麻酔薬についても学びたく思います」


「ほう。しかし……麻酔薬か」


 所サンは首をひねった。


「この時代の麻酔薬と言えば、華岡青州の全身麻酔薬の通仙散が有名です。ですが……これは、副作用で失明するとも学びました」


「よく存じているな。関心だ……だがな、通仙散は門外不出の秘薬だ。弟子にのみ受け継がれるという……だから、私には作り方すら分からないよ」


「通仙散の作り方は存じています。しかし、これは危険な物ですので使用は避けたいと思います。……それと、通仙散よりかは安全性の高い麻酔薬に1つ心当たりのある物があります」



 

 日本に限らず、麻酔薬の歴史は古くからある。


 古代、海外では既に頭蓋内の手術も行われていたという。


 それも、術後の生存率が六割もあったと言うから驚きだ。


 しかし、この江戸時代では抜歯ですら麻酔無しで実施していた記録もある。


 虫歯治療ですら麻酔無しでは恐ろしいのに……この時代の人々の我慢強さには感服する。




 話はそれてしまったが、先程述べた華岡青州の全身麻酔薬というのはナス科植物などから抽出されるアルカロイドを用いている。


 これらには、致死性の高い植物も含まれるので危険が伴うのは必至であった。



 本来、縫合であれば局所麻酔が理想的だが、この時代と私ごときの技術や知識では、リドカインなどを作り出すことは不可能だ。



 とすれば……



 ジエチルエーテルしかない。


 これは、導入や覚醒が遅い事が難点だが、呼吸や心筋の抑制が少なく、心筋アドレナリンの感受性も増加しないという利点がある。


 一方で、気道の刺激性が強い事・嘔吐が起きる事・代謝性アシドーシスや血糖上昇になるなどの欠点もあった。





「心当たりとは?」


 所サンが尋ねる。


「今から言うものを揃えられれば……理論的には作る事が可能です」


 必要な原料を所サンに伝えた。


「それなら、造作も無い」


 そう言うと、入手に向けて取り急ぎ手配した。


「麻酔薬に関しては、原料が届いてから取りかかろう」


 所サンは初めて笑った。






「さて。縫合の技術か……知識があるとは言え、いきなり人で試させる訳にはいかんなぁ。……少し待っていてくれ」


 所サンはそう言うと、飯場に向かった。


 戻ってきた所が手にしている物は



 蒟蒻



 だった。


「3日はこれで鍛練する事。その間は私の縫合を見て学べ」


 そう言うと、所サンは蒟蒻を裂きまずは縫合の手本を見せた。


 手際が良く、速い。


 出来上がった縫合箇所は、蒟蒻だと言うのに継ぎ目に盛り上がりはなく、とても綺麗な物だった。


「すご……い」


「此処は侍ばかりだ。毎晩の様に刀傷を縫合していれば、自然と慣れてくる。4日目からは、お前にもやってもらうから、そのつもりで居るように」


「精進します」


 そう答えた。





 私は黙々と蒟蒻を縫い合わせる。


 所サンが私の手つきを無言で見ている為、緊張の為か……かなりやりにくい。


「出来上がりました」


「ほう。中々良いではないか?」


「ありがとうございます」


「しかし、刀傷とはいえ様々な傷がある。切り口を変え、練習する事も大切だ」


 そう言うと、所サンは蒟蒻に次々に切れ目を入れた。


 所サンは、医務室の畳に座り私の教科書を読みふける。


 私はその傍らで何度も何度も、蒟蒻の縫合を行っていた。

















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