歓迎の宴
「高杉ぃぃっっ!」
突然襖が勢い良く開く。
振り返ると、桂サンと久坂サンが立っていた。
桂サンは私の姿を見るなり、晋作を責め立てる。
「お前は……また彼女を拐ってきたのか!? 何度言ったらわかるんだ!」
「ち……違っ」
私の否定の言葉など桂サンには届かず、桂サンは晋作を殴り飛ばした。
「……っ」
「晋作っ!!」
私は晋作に駆け寄ると、切れた口角を手拭いで拭った。
桂サンはその姿を見て困惑している。
「まさか……高杉が無理矢理連れてきたのではないのか?」
「おめぇはいつも人の話を聞かねぇなぁ……」
晋作は体勢を起こしながら言った。
「桂サン! 違うんです。私が勝手に来たんです!」
「な……に?」
「所サンから医術を学びたくて……頼み込んだんです! 悪いのは私です!!」
私は必死に訴えた。
「お嬢さんは……新選組なのだろう?」
「……はい」
「ならば!!」
桂サンは声を荒げた。
「壬生浪だろうが関係ねぇよ」
晋作は桂サンを睨むと言った。
「関係ない訳がないだろう? これが新選組に知れたら……お嬢さんもただでは済まないだろうに」
「それは大丈夫です! きちんと許可は頂いていま。」
「だが……」
桂サンが納得が行かないのは当然の事だろう。
女とはいえ、藩邸に敵対する組織の者が居るのだ。
「桂ぁ……おめぇは、女みてぇな奴だな」
晋作は鼻で笑った。
「なっ……!?」
晋作の、火に油を注ぐ様な言動に桂サンは憤り、晋作に掴みかかろうとした。
「桂サン!!」
久坂サンは必死に桂サンを止めた。
「こいつとは利害が一致した。だから、こいつの願いも叶えてやる。……それだけだ」
「利害とは何だ!?」
「こいつは所から医術を学びてぇ。所は先の世の医術の知識を学びてぇ。……そして、俺らはこれからの日の本の動向を知りてぇ。こいつに医術を学ばせるだけで、それだけの膨大な情報を得られるなら……こいつが壬生浪だろうが、んな事ぁ問題にすらならねぇ。違うか?」
晋作の言葉に、桂サンは押し黙った。
晋作の言う事は最もであり、正論だった。
張り詰めた空気の中、沈黙を破ったのは久坂サンだった。
「あの……彼女は新選組なんですよね? 先の世のから来たと言うのは、どういう事ですか?」
久坂サンは首をかしげる。
「そのままの意味だ。彼女は150年も先の未来から来た……と言う事だ」
桂サンは静かに言った。
「いや……何言ってるんですか? そんなお伽噺みたいな事、有り得ないですよ!!」
久坂サンは混乱する。
「桜ぁ……お前の持ち物を何か見せてやれ」
晋作は私に促した。
「えっと……何を見せたら良いのかなぁ」
戸惑いながらも色々な物を出した。
「これは……何だ?」
私の筆箱から三色ボールペンを取り出すと、久坂サンは不思議そうに尋ねた。
「これはですねぇ、この時代の筆と墨の様な物ですよ。私の時代では筆を使うのはごく一部で、大抵はこういった物を使います」
ノートにサラサラと字を書きながら説明した。
「何と! 素晴らしい!! それと……これは、この国の言葉では無いな」
久坂サンは教科書に乗っていた英語を指差し尋ねた。
「これは……英語、いえこの時代で言うイギリスやアメリカの言葉ですね」
「貴女は、英吉利の言葉を話せるのか?」
「少しなら。……私の時代では、必ず学ばなければならない言語ですから」
久坂サンの表情が曇る。
「先の世は……異国に乗っ取られてしまって居るのか?」
「いえ……私の時代は長州・薩摩の皆さん、そしてその二つの藩を繋げた坂本龍馬が作った世の中です。天皇は居ますが……幕府はありませんよ。戦も無くとても平和な世です」
久坂サンは少し考えてから言う。
「だが、長州が薩摩と手を取り合うなど有り得ないと思うが……」
「でも、歴史上の事実ですから」
そう言い切った。
「興味深い!! 私はお前が欲しくなった」
久坂サンは私に飛び付いた。
その瞬間
久坂サンの体が宙に浮く。
「久坂ぁ……俺のモンに勝手な事をしてんじゃねぇよ。次やったら、斬るぞ?」
晋作は、私から久坂サンを引き剥がすと、鋭い目付きでキッパリと言った。
「私……晋作のモノじゃないんですけど!」
私は頬を膨らませた。
「高杉も久坂も……いい加減にしないか!」
桂サンは二人をたしなめた。
「そういえば、新選組から許可を受けて此処に居ると言ったが……鬼と名高い副長が良く許したものだ」
桂サンはしみじみと呟いた。
「いえ……土方サンには言っていません」
「なっ……!?」
桂サンは焦る。
「土方サンは上洛警護に向かったので……半月は戻りません。ですから、局長代理に許可を頂きました」
「ハッ……てめぇの男が側に居ねぇから、寂しくなって此処に来たのか?」
「……ち、違っ!!」
「違わねぇよ。まぁ……俺ぁそれでも構わねぇがな?」
晋作は不敵な笑みを浮かべた。
「まぁ……事情は把握した。所サンが承諾したなら仕方がない。それから、私も久坂も藩医の生まれ……多少は医術の心得もある。何かあれば言ってくれれば良い。」
桂さんは笑顔で言った。
「言っておくが彼女は客人だ。高杉も久坂も……彼女を口説こうなど、くれぐれも勝手な事をするなよ!!」
晋作と久坂サンに向き直ると、桂サンは二人に釘をさした。
「さて、今宵は宴でも開こうか。10日間此処に滞在するのだ。皆にも紹介せねばな。だが……皆には、貴女が新選組である事は伏せて欲しい」
「わかりました。10日間、お世話になりますが……よろしくお願いします」
桂サンが優しい表情に戻ったのを見て、安心した。
夕餉の時刻となった。
広間には大勢の長州藩士と……何故か龍馬サンが居た。
宴の前に、桂サンが皆に話す。
「明日より10日間、客人を迎える事となった。彼女は、所郁太郎殿の元にて医術を学ぶ。長州の者が粗野だと思われんように振る舞うよう心掛けて欲しい」
「桜と申します。10日間ですが……よろしくお願い致します」
挨拶をすると歓声が上がる。
私の紹介が終わると宴が始まり、大勢の芸妓が現れた。
晋作が手招きしていたので、私は晋作の隣に座った。
「私……此処で良いの? 晋作の隣にも芸妓サンが来るでしょう?」
ふと尋ねた。
「んなモン……今日は必要ねぇさ」
そう言うと、盃を差し出してきたので酒を注いだ。
「桜さぁん! 久しぶりじゃき~。まっこと、はちきんぜよ~」
「は……はちきん? 何ですかそれは。それよりも、龍っ……梅サンは何故ここに居るのですか? そういや、以蔵は今日は居ないんですね」
「今日は偽名でなくて良いきに」
「何だ、おめぇは坂本に会った事あんのか? それに以蔵とも知り合いか? ……全く、おめぇは交遊関係が広ぇなぁ」
晋作は笑った。
「高杉こそ、桜サンと知り合いち知らんかったぜよ。今日は、桂さんにちくっと用があって寄ったんじゃが……宴を開いてたきに、お邪魔したんじゃ」
「あ。龍馬サンもどうぞ」
龍馬サンの盃にも、酒を注いだ。
「こいつの酌なんざしなくて良いんだよ!」
晋作は私の肩を抱くと、龍馬サンから私を離した。
「なんじゃ、高杉。独占欲の強い所は変わっちょらんのぉ?」
龍馬サンは笑いながら言った。
「そんなんじゃねぇ」
「相変わらず、隠すのも下手じゃき!」
「てめぇ……斬られてぇのか!?」
刀に手を掛け立ち上がる晋作を、私は必死に抑えた。
「晋作! こんな所で刀なんか抜かないでって!! 私に返り血が付いちゃうでしょ!?」
そう言うと、晋作はおとなしく座った。
「すまん、すまん。いやぁ……まっこと、からかい甲斐がある男じゃ。それにしても、桜サンは凄いのぉ……こんな獣を手懐けるち、中々できんがじ。」
「もうっ! 龍馬サンも晋作をからかい過ぎです!!」
龍馬サンはひとしきり笑うと、そろそろ戻ると言い、藩邸から去って行った。
宴はまだ続いており、皆それぞれ美女たちに寄り添われ、楽しそうに呑んで居た。
そんな様子を見ながら、私も一口また一口と美酒を口に運ぶ。
「ねぇ……どうして、同じ日本人同士で争うのかなぁ?」
「そうさな……革命には血は付き物だからなぁ。それは、致し方のねぇ事なんじゃねぇのか?」
「でもね。長州の皆も、土佐の龍馬サン達も、新選組も……皆それぞれ良い人ばかりなんだよ? だから、私は新選組も助けたいけど……晋作達も助けたい。これってイケナイ事?」
ほろ酔い気分になって来た私は、晋作の着物の裾を掴むと、真剣な表情で尋ねた。
「別に悪かぁねぇよ……それが、おめぇらしさだろう? 俺ぁなぁ、てめぇの信念曲げてまで生き永らえたかぁねぇよ。おめぇも……そうじゃねぇのか?」
「でも、土方サンはきっとそうは言ってくれないと思う。同じ日本人だろうが、敵は敵って言うと思う」
晋作はキセルをふす。
「んなつまんねぇ野郎なんか……止めちまえ」
そう、ぶっきらぼうに言った。
「それは……無理。だって、好きだもん」
俯きながら言った。
「そうかい、そうかい。なら……待ってやる。いつか壬生浪に愛想が尽きたなら、そん時は俺んトコに来りゃあ良いさ」
晋作は私から視線を外すと、気恥ずかしそうに呟いた。
「ありがとう」
そんな晋作を見つめ、満面の笑みでそう言った。
気付けば、初めて逢った時の晋作に対する悪印象はすっかり消え去っていた。




