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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
第11章 師弟関係 ― 医術を深める ―
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医者


「高杉クン、失礼するよ」


 部屋に所サンが訪れた。


 どう交渉して良いやら考えは纏まらず、気持ちばかりが焦る。


「で、私に何か用かな?」


 所サンは座布団に腰かけるなり尋ねた。


「忙しいところ悪ぃな。実はな、一つ頼みがあんだ」


「頼み……とは?」


「10日間、こいつに医術を学ばせてやってほしい」


 所サンは私を一瞥すると、すぐに高杉に向き直った。


「高杉クン……君も知っての通り、私は弟子をとらない。それに、女性ではないか。話にならん。私は忙しいのだ……失礼するよ」


 所サンはそう言い放つと、立ち上がろうとする。



「お待ち下さい!! 話だけでも聞いては頂けないでしょうか?」



 つい、所サンの着物の裾を掴み引き止めてしまう。


「話くれぇ聞いてやってくれや」


 高杉の言葉に、所サンは訝しげな表情をしつつも座り直した。


「で? お嬢さんは医者なのか?」


「医者……ではありません。ですが、この時代の医術以上の知識はあると自負しております」


「ほう。医者でないのに、医術の知識があるとは妙な事を言いなさる」


 所サンは予想通り、鼻で笑った。


「…………」


 言い返す事も出来なかった。


 しかし、まだ秘策はある。


「こちらをご覧下さい」


 私は持参していた教科書とノートを取り出した。


 所サンはそれらを手に取るとページをめくり、途中で手を止めた。


「こ……これは!?」


「所サンは蘭学の知識もあり、適塾の緒方洪庵サンの元で医術を学んだと伺いました。コレラ……いえ、コロリがどの様に伝播していくか分かりますか? 労咳の治し方が分かりますか? ……この本には、この時代の医学者が解明出来ない事がたくさん書かれています」


「これを……何処で手に入れた?」


「それは……」


 何と説明して良いか分からず、口ごもる。



「先の世だよ」



 私の表情を見て察したのか、高杉が口を挟んだ。


「頭の堅いアンタにゃ信じらんねぇだろうが……こいつは、この時代の人間じゃねぇ」


 所サンは明らかに困惑している。


「高杉クン……いくら何でも、それはお伽噺の様だ。信じられんよ」


「じゃあ、アンタが今見てるモンは何だ? 幻か?」


「…………」


 高杉が助け船を出してくれた事がありがたかった。


「所サン、私に医術を教えて下さい! いくら知識があっても、技術が無ければ意味がありません。今、私に必要なのは技術です」


 必死に頭を下げた。


「君……名前は?」


「桜と申します」


「先の世から来たと言ったが……そこで貴女はどのように医術の知識を身につけたのだ?」


「私の時代は、今から150年は先の未来です。そこでは看護師という職業があり、看護師とは医者の補助をします。看護師になるための養成所があるので、そこで全ての分野の医学的知識を学ぶのです」


「かん……ごし!? それは聞き覚えが無いな。しかし、この時代でこれだけの知識を身に付けていれば、医者と名乗っても何の遜色も無いだろう」


「私の時代では、医者が身に付ける知識はこれより遥か膨大にあります」


 所サンは苦笑いした。


「どうだ、所。面白ぇ女だろう?」


 高杉は得意気に言った。


「面白いどころではない! これは医術界にとって革新的な事態だ!!」


 所サンは興奮しながら言った。


「私が望む事は二つ……10日間で技術を身に付けたい事と、この時代の医術を知りたいという事です。代わりと言ってはなんですが……私が知り得る知識は全て、提供させて頂きます」


 所サンは黙って考える。


「如何ですか?」


 私は、おそるおそる尋ねた。



「明け六つ!! 私の朝は早い。これに遅れずに医務室に来る事。一日でも遅れた場合は、ここから去って頂きますのでそのつもりで」



 所サンはそう言い放つと、部屋を後にした。



「ありがとうございます!」



 去り際に精一杯礼をした。



「良かったじゃねぇか」



 高杉は私を見ると、ニヤリと笑った。



「本当にありがとう! 高杉のお蔭です。」


 高杉にも礼を言った。


「その、高杉ってのは止めねぇか? それに、畏まった物言いも好かねぇ……」


「じゃあ……晋作?」


 必死に考えたが良いあだ名は思い付かなかった。



「ああ……それで良い」



 そう呟くと、キセルをくわえた。







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