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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
第11章 師弟関係 ― 医術を深める ―
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留守番


 土方サン達を見送ると、私は小さく溜め息をついた。


「おやおや、もう寂しくなったのですか?」


 山南サンは私達の肩に手を置くと笑顔で言った。


「少し……だけ」


 俯き呟いた。


「土方クンは幸せですね。しかし、今日から半月……今からこの様子では、心が持ちませんよ? そこで一つ、今日は私に付き合って頂けませんか?」


 山南サンが尋ねる。


「でも……隊務が」


「今日からしばらく、近藤サンは居ません。私が局長代理です。ですから、心配なさらずとも大丈夫ですよ?」


 私は、山南サンのほのぼのした雰囲気が好きだった。


 土方サンは、山南サンの笑顔が嘘臭いと言っていたが、山南サンの頭の良さは認めており、機会があれば話してみると良いと言っていた。


「それでは……山南サン、今日はよろしくお願いします」


「はい、頼まれました」


 そう微笑むと、私達は屯所を出た。





「そろそろ昼時ですねぇ。祇園に良い料亭があるんです。今日はそちらに行きましょう」


 そう言うと、山南サンのお勧めの料亭へと向かった。


 その料亭は見るからに高級そうな雰囲気で、圧倒される。


 やっぱ、副長ともなるとお金持ちなのかなぁ。


 そういや土方サンも一緒に出掛けると、いつも高級なお店に行くもんなぁ。


 店の門前で思いを巡らす。


「お気に召しませんでしたか?」


 山南サンは心配そうに尋ねた。


「い、いえ……高級そうなお店なので、躊躇しただけです!」


 山南サンはクスリと笑う。


「おや? 土方クンはいつも、この程度の店に連れて行くものだと思っていましたが……意外と庶民派でしたか?」


 私が上手く答えられずに居ると


「可愛い隊士に代金を請求する様な野暮はしませんよ。随分とお腹が空いてきました。そろそろ入りましょうか」


 笑顔で告げると、私の手を引き店に入った。




「これは、これは。よういらっしゃいました。今日は可愛らしい娘はんも一緒とは……山南はんも隅に置けまへんなぁ」


 料亭の女将が挨拶をする。


「今日はこの子に美味しい料理を食べさせてあげたくてですねぇ。旬の料理を見繕って出して頂けますか?」


 山南サンは女将に頼んだ。


「承知しはりました。どうぞ、こちらへ」




 私達が通されたのは庭園が一望できる個室だった。


 内装も上品で、よくドラマで出てくる政治家の会合のシーンを思い出した。



「素敵な所ですね」


「気に入って頂けたなら良かった。私はこの庭園が好きでね……時々こうして訪れるんですよ」


 庭園と山南サンを交互に見る。


「やっぱり、山南サンは他の皆さんとは違いますね」


「違う?」


 山南サンは首をかしげた。


「山南サンには品があります。上手く言えないけど……優雅な雰囲気と言うか」


「そう褒められると、照れてしまうなぁ」


 山南サンは頭を掻きながら言った。


「優雅とは少し違うが……私は幼い時分より、書物や勉学が大好きでね。時折、剣を振るうより勉学の方が性に合っているのかもしれないと思うことがある位なんですよ」


「そうなんですかぁ。でも、剣術も免許皆伝だし勉学もできるなんて……まさに文武両道ですよね」


「こらこら、あまりおだてると有頂天になってしまいますよ」


 山南サンは照れ臭そうに言った。




 料理が運ばれて来る。


 どれも旬の食材を使っているとの事で、更に見た目も可愛らしかった。


 早速頂く。


 流石は高級料理!


 庶民として現代を生きていた私には、こういった高級料理店とは無縁だったので、この時代に飛ばされた事を感謝してしまう程の味だった。


「美味しそうに召し上がりますね」


「あっ! すみません……あまりに美味しかったのでつい」


「謝らないで下さい。美味しそうに召し上がる方と食事をする方が、私は好きですよ。こちらも連れてきた甲斐があります」


 山南サンは嬉しそうに言った。




 食事が終わり、口直しの甘味と抹茶を頂きながら山南サンと会話をする。


 山南サンに尋ねようか決め兼ねていた事を、思いきって聞いてみた。


「山南サン……質問をしても良いですか?」


「どうぞ?」


「えっと……土方サンは勿論、他の方にも聞けなかった事で、怒らないで聞いて頂きたいのですが」


「何か言いにくい事なのですか?」


 山南サンは優しく尋ねた。


 私はコクりと頷く。


「怒る事も他言する事もしませんよ? 安心して話してごらんなさい」


 山南サンの穏やかな表情に安心する。



「新選組である私が……長州の者と通じる事はいけない事ですか?」



 その質問に山南サンは驚きを隠せない表情をした。


「それは、どういった意味ですか? 諜報という意味でしたら……私達は貴女を斬らなければならなくなる」


「ち、違うんです! 諜報とかそんな物騒な話ではありませんっ!! 勿論私は新選組の一員であって、皆さんが大好きだし……土方サンの事もあります」


「諜報でないとはいえ、長州の者は過激な思想の若者が多い。そんな彼等と通じる事はあまり良い事とは言えませんね。……何か理由があるのですか?」


 山南サンの言葉に、真剣な表情で答えた。



「医術です! 私は、この半月で医術を更に深めたいと思っています。その為には、この時代の医術も頭に入れ、更に技術を会得しなければなりません。もっと高度な知識と技術を持って、土方サンや皆さんのお役に立ちたいのです」


 山南サンは私の話を静かに聞いている。


「そこで、所郁太郎という方の元で学びたいと考えました。……ですが、彼は長州藩邸の方。土方サンに相談しても、きっと取り合ってはくれないでしょう」


 そこまで話すと、私は俯いた。


「貴女の思いは分かりました。しかし……その方とはお知り合いなのですか?」


「……いいえ」


「それでは、どうにもなりませんね」


「ですが! 高杉なら……きっと彼に取り次いでくれるはずで。」


 山南サンは溜め息をついた。


「良いですか、桜サン。貴女は自分が言っている事が分かっていますか?」


 山南サンは更に続ける。


「貴女は以前、高杉に連れ去られました。その際に随分と怖い思いをなさったのではありませんか? そんな貴女が自分から藩邸に赴けば……高杉の良いようにされてしまう事は明確です」


 山南サンから笑顔は消えていた。


「私は大丈夫です! それに……高杉は案外悪い奴ではありません。実は……永倉サン達に島原に連れていかれた日、広間の外で涼んでいた時に偶然にも高杉に会ったんです」


「何……と!?」


「ですが、以前の様な事は全く無く……藩邸にいつでも来いと言っていました。だからきっと、頼めば所郁太郎に取り次いでくれるはずです」


 山南サンはしばらく考え込んでいた。



「私はね、土方クンから貴女の事を頼まれているのですよ? 普段なら決して頭を下げない彼が、必死に私に頭を下げてまで、アイツを護ってやってくれ……と」


 私は山南サンの言葉を黙って聞く。


「ですが、彼はこうも言っていました。貴女は一度言い出したら聞かない性格だと。……まったく、私はどう判断したら良いのでしょうね?」



「……すみません」




「貴女の思いは、変わらないのですか?」




「はい」




 山南サンは深く溜め息をついた。



「与える時間は10日です! それを過ぎてはいけません。藩邸に泊まるのであれば、それはそれで構いません。新選組の機密は貴女は知らないので、漏らす事はないでしょうが……」



 山南サンの意外な言葉に驚いた。



「10日過ぎても戻らなかった場合は……長州に寝返ったと見なし、貴女を斬らなければならなくなりますからね」



 山南サンは釘をさす。



「残った者達には、貴女は実家が恋しくなり、他の幹部には内緒で実家に帰った事にしましょう。幸い幹部は私のみですから、隊士達には他の者に広言せぬよう言い聞かせておきます」




「山南サン! ありがとうございます♪……必ずや、皆さんに還元できるだけの技術を身に付けて戻ります!!」




 私は満面の笑みで、山南サンにお礼を言った。






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