謹賀新年
年が明け、西暦1864年文久4年となった。
2月20日に改元となるので、この年は元治元年とも言えるかもしれない。
昨夜は結局、島原に泊まる事となった。
私は、朝早くに起こされまだ眠い目をこする。
「あれ? ……土方サン、もう起きたんですか?」
「まぁな。すまねぇがすぐに屯所に戻らなければなんねぇ」
「何か問題でもあったんですか?」
「いや……そうじゃねぇよ。お前には言っていなかったが、明日から家茂公が上洛するもんでな。その警護につかなきゃなんねぇんだ」
「家茂公……って、将軍様!?」
突然の言葉に驚く。
「それでな……しばらく屯所を離れなきゃならねぇんだ」
「しばらくって……どのくらいですか?」
恐る恐る尋ねた。
「まぁ……早くても、半月くれぇは戻れねぇかなぁ」
「は……半月も!?」
私は、ガクリと肩を落とした。
「お前も連れて行きてぇところだが……女のお前は俺達のようには歩けねぇもんなぁ」
土方サンは困ったような表情で言った。
そう。
この時代の人々は歩く距離が半端ないのだ。
成人男性であれば、1日に30~40キロは歩くらしい。
「……寂しいけど、お留守番します」
「クク……そりゃそうだ」
「無事に戻って下さいね!」
「わかっている」
屯所に戻ると、将軍の警護に向かう幹部や隊士たちは支度を整えていた。
大坂城まで行くとの事で、警護に当たる隊士も多く、その支度も大掛かりなものだった。
今回は30~40名は出立するのだろうか、とにかく屯所内は慌ただしかった。
私も、隊士たちに持たせる医療用具を支度するため、医務室内を駆け回っていた。
昼過ぎになり、少し落ち着く。
そこで、1月1日の今日は斎藤サンの誕生日だと気付いた。
誕生日と言えばケーキ!
そう思い、飯場に急ぐ。
現代の様に、生クリームたっぷりのケーキは作れないが、何とか用意する事ができた。
斎藤サンは支度を終え自室に居るようで、作りたてのケーキを持ち斎藤の部屋へと急いだ。
「斎藤サン! 失礼します」
部屋の外から声を掛けた。
「ああ、お前か。どうした?」
襖を開け、部屋から顔を出す。
「斎藤サン。お誕生日おめでとうございます!!」
「たん……じょうび?」
斎藤サンは首をかしげる。
「誕生日っていう概念がないのかなぁ? えっと……今日は斎藤サンの生まれた日なんですよね? お祝いをと思ってケーキを焼きました!」
「ああ。そうだが……俺の生まれた日をお前に話した事があったか?」
「いいえ。でも、私の時代の資料にはそう載ってましたよ?」
「お前は……本当に不思議な奴だな。立ち話もなんだ、部屋に入ると良い」
「失礼します」
斎藤サンは私が持っている物に目を留めた。
「それは、以前の宴で出たものだな」
「はい。ケーキです! 私の時代では、毎年生まれた日にケーキを食べるんですよ。だから、焼いてきました」
「そうか。では、遠慮なく頂こう。一人では食べきれないようだな……お前も一緒に食べると良。」
その言葉に、ケーキを半分に切って渡した。
「これは、旨いな」
「お口に合うようで、嬉しいです。斎藤サンも明日から下坂されるのですね?」
「そうだなぁ……屯所が手薄になるのは些か不安だが、将軍様の警護なぞ非常に名誉な事だからな。近藤サンを始め、皆張り切っている」
「そうなんですかぁ。でも……少し寂しいです」
斎藤サンは微笑んだ。
「副長も居なくなるからなぁ」
「ち、違いますよ! そういう意味でなく……。」
「隠さずとも良い」
「もう! 斎藤サンには敵わないなぁ……」
ケーキを食べ終ると、斎藤の部屋を後にした。
今日は流石に島原に行く者は居なかったので、久しぶりに夕餉の席では皆が揃っていた。
「明朝より、将軍家茂公が上洛される。我々は将軍様の警護という大変名誉ある任務を仰せ遣った。命に変えても将軍様をお守りする所存で隊務に当たって欲しい。以上だ」
近藤サンは感慨深そうに言った。
名誉ある任務に、皆は喜ばし気な表情をしている。
しかし、私の気分は沈みきっていた。
半月も土方サンと会えないどころか、幹部達も山南サン以外は居なくなってしまう。
原田サンや永倉サンなどは、居たら居たで騒がしいが、実際に居なくなってしまうのは少しだけ寂しく感じた。
「湿気た面ぁしてんなよ」
私の気持ちを察したのか、土方サンがそう言った。
「だって……」
「お前がそんな泣きそうな面ぁしてたら、俺も行きにくくなるだろうが」
「ごめんなさい」
私は、いつの間にか泣きそうな表情をしていたらしい。
「今まで、女のそういうのが面倒だと思っていたがな……不思議な事に、お前なら悪かぁねぇ」
土方サンは笑いながら言った。
「土方サン……今日は、部屋に行っても良いですか?」
しばらく会えない寂しさに耐えきれず尋ねた。
「そりゃあ構わねぇが……明日は早ぇからな。その……相手はしてやれねぇぞ?」
土方サンは少し驚いた様な表情で、ポツリと言った。
「あ、相手って何ですかっ!? 私が言いたいのは、そういう意味じゃなくてですねぇ……ただ単に一緒に居たいだけですっ!」
顔を真っ赤にして答えた。
「お前にそんな可愛らしい事を言われちゃあ、相手してやんなきゃなんねぇなぁ?」
土方サンはひとしきり笑うと、からかうように言った。
「け、け、結構ですっ!!」
恥ずかしさのあまり、土方サンから顔を背ける。
「クク……冗談だ」
翌朝
ついに皆が出立する時が来た。
「昨夜も十分に話したが、此度の任務は非常に名誉ある事だ。皆、心して隊務に当たって欲しい」
近藤サンは大勢の隊士たちに向け、声高に言った。
「土方サン……」
出立前に土方サンに話し掛ける。
「必ず……無事に戻って下さいね?」
泣きそうな気持ちを必死で抑え、精一杯の笑顔で言った。
「ああ、約束する。お前も……良い子にしてろよ?」
そう答えると、私の頭を撫でた。
私は名残惜しそうに、屯所から出ていく皆の背中をいつまでも見送っていた。




