表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
第10章 新年― 上洛警護 ―
53/181

年越しの夜


「おい。支度はできたか?」


 土方サンはおもむろに私の部屋の襖を開けた。


「なっ!? ……悪ぃ」


 土方サンは慌てて襖を閉じる。


 着替えの最中だったのだ。




「で? ……何で、部屋の中に入っているんですか!?」


「あ……つい入っちまった。まぁ、良いじゃねぇか。今更隠すモンでもねぇだろ?」


「隠します! もうっ! 早く出ていって下さい!」


「チッ……邪魔したな。廊下で待ってる」


 土方サンは面白くなさそうにそう呟くと、部屋を出た。




「土方サン、覗きは切腹モンじゃねぇですか?」


 総司サンがニヤニヤしながら近付いてきた。


「……あらぁ事故だ」


 その言葉に土方サンは眉間にシワを寄せる。


「部屋から追い出されてたクセに~」


 そこに原田サンや永倉サンたちが現れた。


「あれ? 土方サンに総司……こんな所で何やってんですか?」


「あぁ、お前らか。今桜を……」


 土方サンが説明している側から総司サンが口を挟む。


「土方サンたら……副長のクセに桜チャンの着替えを覗いてたんですよ!」


「なっ!? 総司、てめぇ!」


「だって本当の事でしょ~?」


 総司サンはからかうように言った。



「まぁ。覗こうが覗かまいが、今更なんじゃねぇのか?」



 永倉サンは笑いながら言った。


「襖を開けたらたまたま着替えてたっつーだけで、別に覗いちゃいねぇが……。んなモンは今更だろうと言ったら怒らちまった。全く……女っつーモンは訳が分からねぇ」



 土方サンは真剣に悩む。



 その姿に原田サンと永倉サンはつい吹き出した。


「土方サンがそんな事で悩むなんて似合わねぇ!」


「やっぱ。嬢チャンはすげぇや!」


 二人は腹を抱えて笑う。


「うるせぇ!」


 土方サンは顔を赤くして怒鳴った。





「お待たせしました!……あれ? 何か面白い事でもあったんですか?」


 原田サンと永倉サンを見て尋ねた。


「何でもねぇ! ……行くぞ!!」


 土方サンは私の手を取ると、足早にその場を去った。






 島原に着く。


 今日は、島原でも最上級の見世で宴を開くらしい。


「これはこれは、土方様。ようお越し下さいました」


 見世の男が出迎える。


 禿に連れられ、私たちは広間に通された。


 以前行った見世も綺麗だったが、この店は流石は最上級……造りが全く違っており、まさに豪華絢爛と言える内装だった。


 料理も豪華で、見ているだけで涎が出そうだった。





「さて、皆揃ったようだな。今日は久々に幹部が全員参加する事ができた。総司も病が完治し、年明けから隊務に復帰する。今宵は存分に楽しんで欲しい」


 近藤サンの挨拶と、乾杯の音頭で宴が始まった。




「なぁなぁ。嬢チャン! 今日は遊女の衣装を着てくんねぇのか?」



 原田サンがニヤニヤしながら言った。



「着ませんよーだ!」



 私は舌を出して答える。



「何、何? 遊女の衣装って何の話?」



 総司サンが興味深そうに尋ねた。


 原田サンが以前の見世での事を話すと



「僕も見たい! みんなばっかりズルいよ!!」



 と総司サンが駄々をこねた。



 総司サンは近藤サンに何やら話し、戻って来る。



「桜チャン! 着替えてきて? 局長命令なら逆らえないもんね?」


 総司サンは満面の笑みで言った。


 禿が私を呼びに来る。


 別室に通され、前回の様に着付けや髪結いをしてもらった。


 前回と違うのは、この見世の着物や髪飾りは前回と比較にならない程に豪華……というか、きらびやかだったことだ。






「お待たせしました」


 緊張しながら広間に戻る。


「わぁ! すっごく綺麗!!」



 総司サンは嬉しそうな表情を浮かべる。



「こんな遊女なら、大枚叩いてでも水揚げしちゃう!」


「総司サン……恥ずかしいから、そんなにおだてないで下さい」


 私はその言葉に、頬を染めた。


「良いモンが見られたなぁ」


 総司サンは上機嫌だ。


 しばらく、総司サンの隣で会話をした。



「さて。僕は満足したから、土方サンの所に帰って良いよ?」



 総司サンの意外な言葉に、そこに居た皆が驚いた。




 今まで、何度となく私の事で土方に食って掛かってばかりいた。




 あの手この手を使って、私を土方サンから離そうとしていた。




 その総司サンが、私を土方サンに返すなど……誰もが思いもしなかった。



「総司……どんな心境の変化だ?あんなに嬢チャンに固執してやがったのに」



 皆の考えを代弁するかのように、原田サンが尋ねた。



「うーん。……新年ですからね! 仕方がないから、二人の事を認めてあげようかなぁって」



「……そうか」



 原田サンはどこか納得のいかないような表情で、小さく呟いた。




 そう。




 お菓子の宴を開いてくれたあの日、総司サンの心境が変化したのだった。



 土方サンの幸せを願ってあげよう……と。



 二人が仲良さそうに笑い合う姿を見ると少し胸が痛むが、いい加減諦めなくてはならないと思ったのだ。





「只今戻りました!」


 私は土方サンの隣に腰を下ろした。


「ああ」


 土方サンは小さく返事をした。


「また、こんな格好させられちゃいました」


「まぁ……似合ってんだから良いじゃねぇか。それにしても……また遊女の格好をするたぁ、お前も懲りねぇなぁ?」


 土方サンは笑いながら言った。


 その言葉にこの前の一件を思い出し、一気に紅潮する。


「なぁに赤くなってんだよ……この前の事でも思い出しちまったのか?」


 土方サンは私の耳元で意地悪く囁いた。


「なっ!?」


 更に真っ赤になる。




「あー。そこ! これ見よがしにイチャ付かないでもらえます?」


 総司サンは隣に居る遊女の肩を抱くと、私達を指差して言った。


「なっ!?」


 返す言葉もない。




「さて。そろそろ、お開きとしようか?」


 近藤サンが皆に声をかける。


「それでは、私は屯所に戻りましょうかねぇ」


 山南サンは立ち上がる。


「山南サンは、泊まりじゃねぇの?」


平助クンが尋ねた。


「私は遊郭は苦手ですから……」


「山南サン、俺も行きます」


 山南サンの言葉に、斎藤サンも立ち上がった。


「なんだ。ハジメも帰るのかぁ?」


「酒が飲めたから俺は満足だ」


「ハジメも山南サンも、絶対泊まらねぇよなぁ。総司も帰るのか?」


 山南サン、斎藤サン、総司サンは宴が終るといつも帰るので、平助クンは総司サンにも尋ねた。



「んー。僕は帰らないよ?」



 その言葉に再び、皆が驚いた。


「この妓、気に入ったから今日は泊まってく」


 総司サンが泊まり……それは本当に意外な事だった。


「じゃあね」


 驚きの表情の皆を残し、総司サンは部屋を後にした。




 原田サンと永倉サンは顔を見合わせる。


「総司の奴……一体どうしちまったんだ?」


「でも……あの妓、どことなく嬢チャンに似てたな」


「だから……なのか?」


 二人は首をかしげる。




「佐之サンと新ぱっつぁんは? 泊まりか?」


 平助クンが尋ねた。



「おう! 当ったり前よ!!」


 二人は声を揃えて言った。


「だよなぁ」


 平助クンは笑う。


「お先に失礼します!」


 と言い、三人はそれぞれ芸妓を連れ部屋を後にした。




「近藤サン」


「何だ? トシ」


「近藤サンは今日は屯所に戻るのか?」


 土方サンが尋ねた。


「そうだなぁ。今日は雛菊の所に帰ってやろうかと思う。トシは帰るのだろう?」


「そうしてぇが……こいつがこの格好だからなぁ。もう少し飲んでから帰る事にするよ。……こいつが酔い潰れなかったら、だがな」


 土方サンは頭を掻きながら言った。


「せっかく綺麗な格好をしているんだ。帰りが明日になろうが構わん。ゆっくり楽しんで帰ると良い」


「なっ!?」


 私は近藤サンの言葉につい反応してしまい、真っ赤になる。




「お前は何想像してやがんだ!? ……近藤サンはゆっくり飲んで来いって言ってんだよ!」




 土方サンは私の鼻をつまんで言った。



 近藤サンは、そんな私達を見て、腹を抱えて笑っていた。





 皆が去ったので、私たちは二階に部屋を取り、飲みなおす事にした。



「乾杯!!」


「まったく……せっかく綺麗な格好してんのに、もっと淑やかにできねぇのか?」


「土方サンは遊女みたいなのが好きなんですか?」


 土方サンをチラリと見て尋ねた。


「俺ぁ遊女は好かねぇなぁ。ああ言う女にゃ本気になれねぇよ」


「でも。皆さん頻繁に通って大金を貢いでいますよ?」


「そらぁ、外に本気で好いた女が居ねぇからだろ?」


「そんなものですかねぇ?」


 杯に口をつける。




 外から鐘の音が聞こえてきた。


「お。除夜の鐘か?」


「今年も終わりですね」


「そうだな」


「来年も……その先もずっと、一緒に居て下さいね?」


「……どうだかな」


 土方サンは笑いながら言った。


「ひっどーい! 土方サンなんて、もう知りませんっ!!」


 頬を膨らます。


「悪ぃ、悪ぃ……」


 土方サンは私を後ろからそっと抱き締めた。



「お前が真剣な面で可愛らしい事言いやがるから……つい、からかっちまった」



 そう言うと



 静かに口付けた。





 気付けば既に年が明けていた……


















評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ