年越しの夜
「おい。支度はできたか?」
土方サンはおもむろに私の部屋の襖を開けた。
「なっ!? ……悪ぃ」
土方サンは慌てて襖を閉じる。
着替えの最中だったのだ。
「で? ……何で、部屋の中に入っているんですか!?」
「あ……つい入っちまった。まぁ、良いじゃねぇか。今更隠すモンでもねぇだろ?」
「隠します! もうっ! 早く出ていって下さい!」
「チッ……邪魔したな。廊下で待ってる」
土方サンは面白くなさそうにそう呟くと、部屋を出た。
「土方サン、覗きは切腹モンじゃねぇですか?」
総司サンがニヤニヤしながら近付いてきた。
「……あらぁ事故だ」
その言葉に土方サンは眉間にシワを寄せる。
「部屋から追い出されてたクセに~」
そこに原田サンや永倉サンたちが現れた。
「あれ? 土方サンに総司……こんな所で何やってんですか?」
「あぁ、お前らか。今桜を……」
土方サンが説明している側から総司サンが口を挟む。
「土方サンたら……副長のクセに桜チャンの着替えを覗いてたんですよ!」
「なっ!? 総司、てめぇ!」
「だって本当の事でしょ~?」
総司サンはからかうように言った。
「まぁ。覗こうが覗かまいが、今更なんじゃねぇのか?」
永倉サンは笑いながら言った。
「襖を開けたらたまたま着替えてたっつーだけで、別に覗いちゃいねぇが……。んなモンは今更だろうと言ったら怒らちまった。全く……女っつーモンは訳が分からねぇ」
土方サンは真剣に悩む。
その姿に原田サンと永倉サンはつい吹き出した。
「土方サンがそんな事で悩むなんて似合わねぇ!」
「やっぱ。嬢チャンはすげぇや!」
二人は腹を抱えて笑う。
「うるせぇ!」
土方サンは顔を赤くして怒鳴った。
「お待たせしました!……あれ? 何か面白い事でもあったんですか?」
原田サンと永倉サンを見て尋ねた。
「何でもねぇ! ……行くぞ!!」
土方サンは私の手を取ると、足早にその場を去った。
島原に着く。
今日は、島原でも最上級の見世で宴を開くらしい。
「これはこれは、土方様。ようお越し下さいました」
見世の男が出迎える。
禿に連れられ、私たちは広間に通された。
以前行った見世も綺麗だったが、この店は流石は最上級……造りが全く違っており、まさに豪華絢爛と言える内装だった。
料理も豪華で、見ているだけで涎が出そうだった。
「さて、皆揃ったようだな。今日は久々に幹部が全員参加する事ができた。総司も病が完治し、年明けから隊務に復帰する。今宵は存分に楽しんで欲しい」
近藤サンの挨拶と、乾杯の音頭で宴が始まった。
「なぁなぁ。嬢チャン! 今日は遊女の衣装を着てくんねぇのか?」
原田サンがニヤニヤしながら言った。
「着ませんよーだ!」
私は舌を出して答える。
「何、何? 遊女の衣装って何の話?」
総司サンが興味深そうに尋ねた。
原田サンが以前の見世での事を話すと
「僕も見たい! みんなばっかりズルいよ!!」
と総司サンが駄々をこねた。
総司サンは近藤サンに何やら話し、戻って来る。
「桜チャン! 着替えてきて? 局長命令なら逆らえないもんね?」
総司サンは満面の笑みで言った。
禿が私を呼びに来る。
別室に通され、前回の様に着付けや髪結いをしてもらった。
前回と違うのは、この見世の着物や髪飾りは前回と比較にならない程に豪華……というか、きらびやかだったことだ。
「お待たせしました」
緊張しながら広間に戻る。
「わぁ! すっごく綺麗!!」
総司サンは嬉しそうな表情を浮かべる。
「こんな遊女なら、大枚叩いてでも水揚げしちゃう!」
「総司サン……恥ずかしいから、そんなにおだてないで下さい」
私はその言葉に、頬を染めた。
「良いモンが見られたなぁ」
総司サンは上機嫌だ。
しばらく、総司サンの隣で会話をした。
「さて。僕は満足したから、土方サンの所に帰って良いよ?」
総司サンの意外な言葉に、そこに居た皆が驚いた。
今まで、何度となく私の事で土方に食って掛かってばかりいた。
あの手この手を使って、私を土方サンから離そうとしていた。
その総司サンが、私を土方サンに返すなど……誰もが思いもしなかった。
「総司……どんな心境の変化だ?あんなに嬢チャンに固執してやがったのに」
皆の考えを代弁するかのように、原田サンが尋ねた。
「うーん。……新年ですからね! 仕方がないから、二人の事を認めてあげようかなぁって」
「……そうか」
原田サンはどこか納得のいかないような表情で、小さく呟いた。
そう。
お菓子の宴を開いてくれたあの日、総司サンの心境が変化したのだった。
土方サンの幸せを願ってあげよう……と。
二人が仲良さそうに笑い合う姿を見ると少し胸が痛むが、いい加減諦めなくてはならないと思ったのだ。
「只今戻りました!」
私は土方サンの隣に腰を下ろした。
「ああ」
土方サンは小さく返事をした。
「また、こんな格好させられちゃいました」
「まぁ……似合ってんだから良いじゃねぇか。それにしても……また遊女の格好をするたぁ、お前も懲りねぇなぁ?」
土方サンは笑いながら言った。
その言葉にこの前の一件を思い出し、一気に紅潮する。
「なぁに赤くなってんだよ……この前の事でも思い出しちまったのか?」
土方サンは私の耳元で意地悪く囁いた。
「なっ!?」
更に真っ赤になる。
「あー。そこ! これ見よがしにイチャ付かないでもらえます?」
総司サンは隣に居る遊女の肩を抱くと、私達を指差して言った。
「なっ!?」
返す言葉もない。
「さて。そろそろ、お開きとしようか?」
近藤サンが皆に声をかける。
「それでは、私は屯所に戻りましょうかねぇ」
山南サンは立ち上がる。
「山南サンは、泊まりじゃねぇの?」
平助クンが尋ねた。
「私は遊郭は苦手ですから……」
「山南サン、俺も行きます」
山南サンの言葉に、斎藤サンも立ち上がった。
「なんだ。ハジメも帰るのかぁ?」
「酒が飲めたから俺は満足だ」
「ハジメも山南サンも、絶対泊まらねぇよなぁ。総司も帰るのか?」
山南サン、斎藤サン、総司サンは宴が終るといつも帰るので、平助クンは総司サンにも尋ねた。
「んー。僕は帰らないよ?」
その言葉に再び、皆が驚いた。
「この妓、気に入ったから今日は泊まってく」
総司サンが泊まり……それは本当に意外な事だった。
「じゃあね」
驚きの表情の皆を残し、総司サンは部屋を後にした。
原田サンと永倉サンは顔を見合わせる。
「総司の奴……一体どうしちまったんだ?」
「でも……あの妓、どことなく嬢チャンに似てたな」
「だから……なのか?」
二人は首をかしげる。
「佐之サンと新ぱっつぁんは? 泊まりか?」
平助クンが尋ねた。
「おう! 当ったり前よ!!」
二人は声を揃えて言った。
「だよなぁ」
平助クンは笑う。
「お先に失礼します!」
と言い、三人はそれぞれ芸妓を連れ部屋を後にした。
「近藤サン」
「何だ? トシ」
「近藤サンは今日は屯所に戻るのか?」
土方サンが尋ねた。
「そうだなぁ。今日は雛菊の所に帰ってやろうかと思う。トシは帰るのだろう?」
「そうしてぇが……こいつがこの格好だからなぁ。もう少し飲んでから帰る事にするよ。……こいつが酔い潰れなかったら、だがな」
土方サンは頭を掻きながら言った。
「せっかく綺麗な格好をしているんだ。帰りが明日になろうが構わん。ゆっくり楽しんで帰ると良い」
「なっ!?」
私は近藤サンの言葉につい反応してしまい、真っ赤になる。
「お前は何想像してやがんだ!? ……近藤サンはゆっくり飲んで来いって言ってんだよ!」
土方サンは私の鼻をつまんで言った。
近藤サンは、そんな私達を見て、腹を抱えて笑っていた。
皆が去ったので、私たちは二階に部屋を取り、飲みなおす事にした。
「乾杯!!」
「まったく……せっかく綺麗な格好してんのに、もっと淑やかにできねぇのか?」
「土方サンは遊女みたいなのが好きなんですか?」
土方サンをチラリと見て尋ねた。
「俺ぁ遊女は好かねぇなぁ。ああ言う女にゃ本気になれねぇよ」
「でも。皆さん頻繁に通って大金を貢いでいますよ?」
「そらぁ、外に本気で好いた女が居ねぇからだろ?」
「そんなものですかねぇ?」
杯に口をつける。
外から鐘の音が聞こえてきた。
「お。除夜の鐘か?」
「今年も終わりですね」
「そうだな」
「来年も……その先もずっと、一緒に居て下さいね?」
「……どうだかな」
土方サンは笑いながら言った。
「ひっどーい! 土方サンなんて、もう知りませんっ!!」
頬を膨らます。
「悪ぃ、悪ぃ……」
土方サンは私を後ろからそっと抱き締めた。
「お前が真剣な面で可愛らしい事言いやがるから……つい、からかっちまった」
そう言うと
静かに口付けた。
気付けば既に年が明けていた……




