表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
第10章 新年― 上洛警護 ―
52/181

大晦日


 今日で今年が終わる。


 この時代に来てから、すでに3ヶ月が経っていた。


 年が明けたら、総司サンも隊務に復帰する予定だったので、やけに浮かれていた。



「桜チャン! 早く診察してよ~」


「隊務が残っているので、もう少し待っていて下さい」



 毎日、私が服薬やバイタルチェック等を行って居たが、最後の診察をしてから隊務に復帰して大丈夫か判断するようにと、近藤サンから言われていた。



 服薬からまだ3ヶ月だが経過は良好だった。



 栄養学の観点から食事にも気を遣っていたため、薬の効きも良かったのだろう。



 本来、複数剤併用で投与するところストレプトマイシン……もどき、1剤でここまで治癒した事自体が奇跡的だった。



 心配していた副作用の聴力障害も無いようで、私は安心した。




 夕餉前になり、総司サンの部屋に行く。


「お待たせしました」


「もう。遅いよ~」


「年末なのでやることが多くて……ごめんなさい」


「今日は島原で大晦日の宴だからね! 早く済ませてよ」


 コクりと頷くと、総司サンに聴診器をあてた。



 3ヶ月前、聞こえていた水泡音はすっかり無くなっていた。



 バイタルにも異常は無い。


 確実……とは言えないが、完治したと言って良いだろう。



「3ヶ月……よく頑張りましたね。来年から隊務に復帰できますよ」


「やった! これで自由の身だ!!」



 総司サンは飛び上がって喜ぶ。


「一度かかって居るので、もうかからないとは思いますが……他の病にかからない為にも、栄養のつく食事は心掛けて下さい。」



 はしゃぐ総司サンに釘をさした。



「うん! 桜チャン……本当に、本当にありがとう!!」


 総司サンは私の手をとると、泣きそうな表情で何度もお礼を言った。


「これが私の使命ですから! さて、今日は大晦日の宴と総司サンの快気祝いになりましたね。近藤サンに報告してきますので、宴に出掛ける用意を整えておいて下さいね」


 そう言うと、部屋を後にした。





 総司サンを助けられた喜びと




 歴史を変えてしまった罪悪感





 この二つが入り交じり……内心では、なんとも言えない心境だった。




 狂わせてしまった歴史の流れ


 


 ……いつか何処かで歪みが出てしまうのだろうか?







「失礼します」


「ああ。桜サンか!まぁ、座ってくれ」


 近藤サンに促され、座布団に腰を下ろした。


「で? 総司はどうだった?」


「この時代には的確な検査方法がありませんので確実とは言えませんが……私の見立てでは、完治したと言って良いと思います」


 その言葉に、近藤サンの表情が晴れる。


「そうか、そうか。本当に良かった。桜サンには何とお礼を言って良いか……」



 近藤サンはそう言いながら、涙を流していた。



「総司はな、子供の時分から面倒見ているせいか特に、他人とは思えんのだよ。それはトシにとっても同じだろう。……さて、桜サンには何か報奨を用意せねばな」


「そんな! これが私の使命ですから……報奨など頂けません。それに、新選組の皆さんは私の命の恩人です!」



 近藤サンを見据えて言った。



「あの時、近藤サンが私を此処に置いてくれなかったら……私は路頭に迷っていました。私に仕事を与えてくれ、毎月給金まで出して頂いて……感謝しているのは私の方です」



 近藤サンは私をじっと見つめると、笑顔で言う。



「こりゃあ、トシが本気で惚れるのも頷けるなぁ」


「!? ……な、なんでそこで土方サンなんですか!」


「桜サンがあまりに良い眼をしていたからなぁ。眼を見れば人格が分かる」


「眼……ですか?」


 その意味がよくわからず、首をかしげる。




 近藤サンはそんな私を見つめ、更に続けた。




「トシはな、他人に自分の心の内を中々見せない奴でな。今まで多くの女性と関係があったが、その内の誰一人として心の底から愛でる事は無かった」



 真剣な表情になる。



「だが、桜サンと居る時のトシは本当に楽しそうな表情をしている。冷静な彼奴が周囲を顧みずに、取り乱す事もあったな。……そんなトシは初めてだった」



「……取り乱す?」



「桜サンが高杉に連れ去られた時だ。あの時は皆に何も言わず、一人で飛び出しやがって追うのも大変だったが……そんな風に自分の危険すら考えられなくなる程に、トシは本当に桜サンが大切なのだろう」



 近藤サンの言葉が嬉しかった。




「祝言を上げても良いんだぞ?」



「なっ!?」



「トシも副長である前に、一人の男だ。所帯を持つには年が行き過ぎだが……守るべきモンがあるのも悪くはない」



「だっ……駄目です!」



「何故だ?」

 


「だって、土方サンが言ってました。今は新選組にとって大切な時期だから士気に影響したら困るって。でも、祝言を上げなくても気持ちは変わらないって……あっ!」



 緊張のあまり、いらない事まで言ってしまった。



 その瞬間、全身が紅潮する。



 近藤サンは一瞬驚いた表情をすると、すぐに腹を抱えて笑った。



「あのトシにそんな台詞を吐かせるとは……桜サンは島原のお職にも勝るなぁ!」



「……今のは聞かなかった事にして下さい」



「勿論だ! これは二人だけの秘密にしておこう。あんな男だが……我々にとっては、かけがえの無い存在だ。これからも宜しく頼む!」



「はいっ!」




 明るく返事をすると、自室に戻った。




 今夜は島原で宴だ。




 私は自室で身支度を整えた。










評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ