剣術指南
今日の隊務も無事に終わった。
隊務が終わったら道場で待っているよう言われていたので、朝に貰った袴に着替えて道場へと向かう。
道場では、何人かの隊士が稽古していた。
「お邪魔しまぁす……」
道場に入る。
「あっ! 桜チャン。袴なんて着てどうしたの?」
「袴姿も可愛いねぇ」
「剣術やるなら、俺が教えてあげようか?」
私は、すぐに隊士たちに取り囲まれてしまう。
「えっと……今日から剣術を習おうかと思って、幹部の皆さんに頼んだんです」
笑顔で答えた。
「お前ら……何やってやがる!?」
土方サンの一声に、隊士たちは蜘蛛の子が散るように私の周りから去っていった。
「土方サン!」
土方サンは私の頭に手を置くと
「お前も隊士達にへつらってんじゃねぇよ」
と言った。
「えっと……今日は土方サンが教えてくれるんですか?」
「まぁな。近藤サンに言ったら、俺が初めに許可したんだから最後まで責任持てって言われちまったよ」
「なんか……すみません」
「良いって良いって……んな事で謝んな。それに、他の奴等に任せんのも心配だしな」
そう言うと、土方サンは竹刀を差し出した。
「とりあえず構えてみろ」
実は、私には剣道の経験があった。
とは言え、高校の体育の授業程度なのだが……
その頃から新選組が大好きだった私は
「私、沖田総司の生まれ変わりだから!」
「じゃあ。私は岡田以蔵ね!」
……等と友達と言い合いながら授業を受けていた。
ちなみに、私が総司サン役だったのは言うまでもない。
文武両道を掲げたうちの高校では、剣道の校内大会もあり、私は剣道部の子達をを抑え準優勝した経験がある。
だから、少しは自信があったのだ。
「ほう……綺麗な構えをするじゃねぇか」
土方サンに褒められ有頂天になる。
「お前、剣術の経験があるのか?」
「剣術と言うか……私の時代では剣道と言うんですけどね。少しだけやった事がありますよ」
「そうか。それなら、俺に打ち込んで来い」
「わかりました」
小さく深呼吸をし、目の前で構えている土方サンに打ち込む。
土方サンと竹刀が重なる。
わざとかわさず、受け止めたのだろう。
土方サンは竹刀を軽く押すと、僅かに体勢が崩れた私の背後に回り、背中に軽く竹刀を当てた。
「悪かぁねぇが……これが竹刀でなく真剣なら、お前は死んでたな」
「うーん。力の差……ですかねぇ?」
「それもあるが、小柄なら小柄なりに闘い方を工夫しねぇとなぁ」
「工夫……かぁ」
私は首を捻った。
小柄、小柄と言われているが……身長は142センチはある。
現代であれば確かに小柄だが、江戸時代の女性と比較すると、平均並みだ。
それでも、土方サンとは25センチ位は差があるのだから、そう言われても仕方がないのだろうか?
「まぁ、速さを出すにしろ、力を出すにしろ……まずは体力作りからだな」
「体力作り?」
「足腰を鍛えなきゃ強くはなれねぇ。毎朝、屯所の庭を走るこったな」
「は……走り込み!?」
高校までバスケ部だったので、その時は走り込みもしていたが……看護学校に進学してからは、運動からは離れていた。
確かに、その頃に比べ体力も瞬発力もかなり落ちただろうと思う。
「わかりました。毎朝、走り込みをします!」
「随分素直じゃねぇか。お前にしちゃあ珍しいな」
「土方サンは私の師匠ですから!何でも言うことを聞きますよ!」
「何でも……ねぇ」
土方サンは不敵な笑みを浮かべた。
今日のところはとりあえず、そのまま土方サンと手合わせをした。
しかし、何度やっても一本取れない。
力の差だけでなく、太刀捌きや速さなど身体の使い方から劣っていた。
「さすがに強いや」
息が上がりきった私は、座り込むと言った。
「ちっと休憩にすっか?」
土方サンは、私を気遣う。
コクりと頷き、道場の端に移動した。
「土方サン、汗すらかいてないですよね? 何でそんなに強いんですか?」
「まぁ、素人相手だからなぁ。お前に負けたら俺の格好がつかねぇだろ? ……とは言え、俺より強い連中がここには居るけどな」
「えー!? 誰ですか?」
「近藤サンは勿論だが、総司や永倉も強ぇなぁ」
「そっかぁ」
総司サンが強いのは、数ある歴史小説でも言われていた事なので知っていたが、永倉サンが強いというのは意外だった。
いつも私をからかうし、遊郭ばっか行くし……
そんな時、道場の扉が突然開いた。
「嬢チャン! やってっか?」
噂をすれば何とやら……
永倉サンと原田サン、斉藤サンに平助クン……総司サンまで居る。
「土方サンが面白い事を始めたって永倉サン達に聞きましたからね。つい、来ちゃいましたよ」
総司サンは笑顔で言った。
「嬢チャン大丈夫かぁ? 冬だっつーのに汗だくじゃねぇか!」
道場の隅でへたばる私を見ると、永倉サンは言った。
「土方サンは容赦ねぇなぁ」
原田サンは笑いながら言う。
「総司サン! 私と手合わせして下さい!」
勢いよく立ち上がると、総司サンに頼んだ。
「嬢チャン! やめとけって……こいつは土方サンより容赦ねぇぞ? 流石に怪我しちまうって」
原田サンが必死に止める。
「やだなぁ、佐之サン。いくら僕だって手加減くらいはしますよ? 隊士が相手じゃないんですからね」
総司サンは笑いながら言った。
「そんな事より、僕は絶対安静なんでしょ?」
総司サンの言葉に、私は少しためらった。
しかし
勝てるはずがないと分かって居ても、一度手合わせしてほしいという気持ちが強かった。
「一本だけなら、許可します! 私とやっても、すぐに勝敗がつくでしょうし」
「よく分かってるね」
総司サンはそう言うと、構えた。
「どっからでも来て良いよ?」
余裕の表情をしている。
「総司! 突きだけは絶対に出すなよ? 強く打つのも禁止だ!!」
土方サンの声に、総司サンは溜め息をつく。
「分かってますって。全く、土方サンは心配性なんだから」
道場内に沈黙が流れる。
総司サンの構えを見た。
左側からなら……行けるかも!
そう思い付くなり、総司サンに向かって踏み込んだ。
総司サンの竹刀と私の竹刀が重なり合う。
「太刀裁きは綺麗だけど……実践向きじゃないね」
そう笑うと、私と距離を取った。
「もう一度向かっておいで?」
その言葉に、私は再度踏み込む。
「うーん。桜チャンの太刀筋って分かりやすいんだよねぇ。それじゃあ、かわされちゃうよ?」
今度はヒラリとかわされ、腹部と背中に軽く竹刀を当てた。
「お腹と背中を斬られて……はい、オシマイ!」
総司サンは楽しそうに言った。
息を切らしている私とは反して、総司サンは土方サンと同様に息が上がるどころか汗すらかかず余裕の表情だ。
「あー。楽しかった! もう少し強くなったらまたやろうね?」
「はい! ありがとうございました!」
歴史に名高い剣士と稽古ができるなんて……
感激で涙が溢れそうだった。
「嬢チャンも初心者とはいえ、筋は良さそうだな。平助もうかうかしてっと、すぐ追い越されちまうぞ?」
「んな事ぁねぇよ! 佐之サンはいつも余計な事を言うんだからなぁ」
原田サンの言葉に、平助クンは頬を膨らませた。
「えー? 平助より桜チャンの方が強いんじゃない?」
総司サンは意地悪く言う。
「平助は稽古を怠る事が多いからな。明日からは稽古を怠れないな」
斉藤サンも一言付け加えた。
「もう! 総司やハジメまで……ホントひでぇなぁ」
道場内には皆の笑い声がいつまでも響いていた。




